14品目
「……ロイックって子、災難だったわね」
「そ、そうですね」
「でも、再三の注意にも関わらず、メビウスの料理を食べたのが悪いわ」
ヒュプノパイソンを討伐してから2日、無事に王都へと帰還を果たしたメビウスと第8騎士隊だったのだがメビウスの料理をうっかり口にしたロイックはその後に寝込んでしまった。
同行していた副隊長が代わりにメビウスからの報告をまとめたのだがロイックは王都に戻っても寝込んだままであり、上層部への報告も彼が済ませたらしい。
ただ、副隊長はロイックの代わりに竜の焔亭に報告しにくるのはためらったようでその役目をセフィーリアに押し付けてしまったのである。実際、隊長のロイック以上にセフィーリアはこの店の常連もとい半従業員であり、彼女は特に断る理由もなかったのだがターニアに捕まってしまった。ターニアが言うには王都に戻ってきた後のメビウスがいつも以上に不機嫌であり、騎士達と揉めたと思っていたようで何も言わない彼の代わりにセフィーリアの口から真実を聞き出そうと考えたようである。
最初はセフィーリアも断っていたのだがターニアの方が何枚も上手であり、ロイックがメビウスの料理を食べてしまった事を聞き出してしまう。
セフィーリアはこれを話す事でメビウスの機嫌が悪くなると理解しているため、困り顔なのだがターニアにとっては良い酒の肴だったようで楽しそうにカップの酒を飲み干す。
「……何だよ?」
「い、いえ」
「メビウス、フィーちゃんをいじめないの」
ターニアの酒に付き合えないセフィーリアは困り顔でメビウスへと視線を移すと彼は店に出す料理の下準備をしているのだがそれなりに引きずっているようで不機嫌そうな表情をしている。
睨まれて彼女は首を大きく横に振るのだが彼を励ます言葉は出てくる事はなく、彼の目から出る圧力に身体を縮ませる。そんな彼女の様子にターニアが助け舟を出すとメビウスが舌打ちをした後、料理のした準備を続ける。
「あ、あの、ターニアさん、今まで気になっていたんですけど……どうして、メビウスさんの料理って美味しくないんですか?」
「美味しくないなんて言い方は違うわね。なんで、不味いか、フィーちゃんは知りたいのね」
メビウスからの圧力から解放されセフィーリアはホッと胸をなで下ろした後、今までずっと気になっていた疑問をターニアにぶつける。
その疑問にすでに良い感じに酔っぱらっているターニアはメビウスの怒りをあおり始め、セフィーリアの顔から血の気が引いて行くのだがターニアが気にする事はない。
先ほどは助け舟を出したにも関わらず、すぐに手のひらを返す酔っぱらいの様子にメビウスは相手をする気は無いようで額に青筋を浮かべながらも手を動かしている。
「メビウスの料理が不味いのはね……実は魔物を殺し過ぎた呪いなのよ」
「……」
「普通は信じないわよね。このお姉さんだって実物を見ていないと信じないわ」
ターニアは一呼吸空けてもったいぶった後にメビウスの料理が不味いのは呪いだと言った。
しかし、その言葉には現実味などなく、セフィーリアはターニアにまたからかわれていると思ったようで眉間に深いしわを寄せて考え込んでしまう。
頭を抱えている彼女を見て、ターニアは楽しそうに笑いながら酒をあおる。
「信じられませんよ」
「そうよね。でも、本当なのよ」
「それなら、メビウスさんの料理の腕は上がらないと言う事じゃないですか?」
「あ? なんか言ったか?」
考えた結果、やはり信じられなかった彼女はおかしな事を言わないで欲しいと頬を膨らませるのだがターニアはどこか遠くを見つめて言う。
その様子はセフィーリアの目にもいつもと違って映ったようだがやはり信じられないようで席から立ち上がり、声を上げると殺気がこもったメビウスの言葉に慌てて席に座り直す。
「あ、あの。呪いなんて冗談ですよね?」
「当たり前だ。そんな物、あるわけがないだろ」
「そ、そうですよね。呪いで料理の味が変わるのでしたら、私ではなくターニアさんが味つけをすれば良いわけですし」
ターニアにまた遊ばれていると判断したセフィーリアはメビウスの怒りをあおらないように確認をとる。
当然、メビウスからは呪いを否定する言葉が返ってくるのだがただその言葉を素直に受け取るには疑問が残ってしまう。
仮にメビウスがおかしな呪いにかかっているのなら、彼が料理を続ける理由などない。彼は魔物の知識が豊富であり、騎士達が敵わない魔物を1人で狩る事が出来る人間なのだ。魔物の肉は高値で取引されるのだから狩ってきた魔物を売却すれば良いのだ。それをしなくても彼の叔母であるターニアが料理の味つけをすれば良い。
そのはずなのだが、ターニアが料理の味つけをと言った時、メビウスの眉間に深いしわが寄ってしまう。
「あの……ターニアさんも呪いにかかっているとか言いませんよね?」
「だから、呪いなんてないって言っているだろ。しつこいぞ」
「そうなのよ。フィーちゃん、実はこのお姉さんは料理をすると爆発、流血、天変地異が起きると言う呪いがかかっているのよ。だから、お姉さんは厨房に入ったらいけないのよ」
彼の反応にイヤな予感がしたセフィーリアは顔を引きつらせながら、ターニアも呪いで料理が出来ないのかと聞く。
メビウスは呪いなどあり得ないと否定するがターニアは楽しそうに笑うと自分にはもっと恐ろしい呪いがかかっていると言うのだが、その呪いの効果は明らかに1人の人間がまき散らす呪いにしては大規模であるが呪いが発動する場所が1食堂の厨房と言うのは若干、情けなく聞こえる。
「……冗談ですよね?」
「当たり前だ……ただ、不器用なだけだ」
「いえ、流血はあってもいくら不器用でも厨房で爆発や天変地異はないと思いますよ」
ターニアに遊ばれていると思ったセフィーリアではあるが彼女の言葉を否定しているはずのメビウスの表情は明らかにおかしい。
そんな彼の様子にセフィーリアはすべてを悟ってしまったようで彼女は大きく肩を落とすのだが真意はわからない。




