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俺の妹が、最近おむつを履き始めたんだが。  作者: 冬野原もがめ
俺と妹のくだらない日々。
21/29

一年前

 俺の妹、叶宮蓮子かのみやれんこは中学生ながらも豊富な恋愛経験を積んでいる、いわゆるリア充というやつだ。

 恋人をとっかえひっかえしては、日々両親とか俺とかをやきもきさせている。

 これはそんな妹と俺にまつわる、因果性を持ったエピソードのひとつである。



 ◇



 部活が終わり下校すると、家の前で一組の男女が痴話喧嘩をしていた。

 普通であればあまり見ることのない光景に驚くのかもしれないが、俺にしてみればそれは日常茶飯事。

 近づくと、やはりというべきか俺の妹である蓮子と、前に一度だけ会ったことのあるその彼氏が口論をしていた。

 ここ2ヶ月で3回は見た光景である。


 人の恋愛観についてどうこう言うのもアレなのだが、実際俺から見ても蓮子はかなり変わっていると思う。少なくとも容姿だけを見ればかなり良い方であろうこいつは、男子からの告白を受けることも多いのだが、なんとそれを一切断らないのだ。

 良い人か悪い人かは付き合ってみないとわからない、とのこと。俺は付き合う前にある程度相手のことがわからないと嫌だな……って、俺のことはどうでもいいか。



 とにかく蓮子は、やたらと簡単に人と付き合う。

 そんで、全部すぐに別れる。

 平均は1ヶ月ぐらいで、最短で2日というスピード離縁もあったはずだ。

 自分の中で一定の理想があるらしく、そこは譲れないらしい。それがどういうものかは聞いたことがないが、随分と高い理想でいらっしゃることで。


 さすがに男女の別れ話の最中に入っていくのはキツかったので、スマホを弄りながら待つこと10分程度。

 ようやくと言うべきか、意外に早くというべきなのか、とりあえず男のほうが走り去っていった。俺の方向に来てビビったが、どうやらショックでも受けているのか気づかれなかったようだ。


 俺は改めて、家の玄関へと向かう。

 途中で必然、なんだか無味乾燥な表情をしている蓮子とすれ違った。


「おかえり、お兄ちゃん」

「おう、ただいま」

「見てた?」

「何をだよ」

「別れ話。今さっき、別れたんだけど」

「お前、相変わらず隠さねーのな。普通ストレートに言わねーだろ、そういうこと」

「そんなもんなのかな? まあ、それはどうでもいいや。で、見てた?」

「……偶然な。見たいと思って見たわけじゃねーよ」

「ふーん、りょーかい。じゃあさ、ご飯終わったらうちの部屋来てよ。うちはもう食べちゃったから」

「はぁ? なんでそういう話になるんだよ」

「いいからいいから。待ってるよん、お兄ちゃんっ」


 そう言って、返事も聞かずに蓮子は家の中へと走り去っていく。

 別に涙ぐんでいるとか、無理して明るく振舞っているとか、そういう様子じゃなかった。

 いつものことだが、ずいぶんとあっけらかんとしている。

 まるで恋人と別れたことなど、感じさせない雰囲気だった。

 その意図は全くちっともわからないが、部屋に行ってみればわかることか。

 付き合ってた男の愚痴でも聞かせられるのかね。


「はぁ……」


 めんどくせぇ。

 部活で疲れてるんだ、こっちは。

 手短に済ませてほしいものである。





「入るぞー、蓮子ぉー」

「ういー」


 一応ノックしてから部屋に入ると、蓮子はベッドに寝そべって仰向けになっていた。

 俺が以前勧めたスマホのゲームをやっているようで、聞きなれた効果音が耳に入ってくる。

 つーか青のしましまが丸見えだった。


「パンツ見えてんぞ」

「見せてるんです」

「言っとくけど、嬉しくもなんともねーからな?」

「またまたぁー。ほれほれ、JCの生パンツですよ? この機を逃すとしばらくは見れませんぞ?」

「そもそも見たくないっつってんだろ」

「ちぇー。つれないなぁー」


 蓮子は口を尖らせては起き上がり、その場に座りなおした。

 そして空いたスペースをぼふんぼふんと叩いてみせる。

 座れってことだろうな、流れ的に。



「あー、失礼シマス」

「うむ、ちこう寄れ」


 偉そうな言葉に導かれ隣に座ると、蓮子の癖になんだかいい匂いが漂ってきやがる。

 なんでこう、女の部屋ってのは野郎のとは何もかもが違って感じられるのか、誰か理論的に説明してくれ。


 しかし、この部屋に入るのも久しぶりだな。全体的に白を基調とした、綺麗さと優しさを感じさせる意匠。ある意味では女の子女の子してなくて、大人っぽいと言えるのかもしれない。

 兄妹同士っていっても、お互いの部屋に入る機会なんてそうそうないわけで。特にこいつは、基本的に家にいないことが多いしな。


「もー、じろじろ見ちゃってどうしたの? 久しぶりに妹の部屋だからって、緊張とかしてる?」

「いや、こんだけ白いからどっかに隠れておまるとか置いてねーかなと思って」

「乙女の部屋にそんなものがあるわけなかろうが」


 ベチィン!

 蓮子がそこらへんにあった漫画で俺の頭にスマッシュをかます。

 うむ、どうやら元気なようだ。センチメンタルになってるとかそういうことではないだろう。普通に痛い。



「で、結局何の用事だよ? 彼氏の愚痴か?」

「えぇーっとね、なんていうのかな……最近、つまんなくて」

「つまんない?」

「そう。男の子と遊んでても、なんか違うっていうかさ。つーかこれ、ずっとなんだけどね」

「はぁ、そりゃまた……」


 なんとも贅沢な話である。

 恋人がいて、そいつと遊んでても楽しくないだと?

 そもそもそういう関係をもてない人もいるんだけどな。

 誰とは言わんが! 誰とは言いませんがね!


「今日もさー。一緒に映画館行ってたんだけどね? うちつまんなすぎて、途中で寝ちゃった。てへぺろ」

「いや、そりゃ完全にお前が悪いだろ」

「返す言葉もありません。そんで怒られて、『俺といてもつまんないの?』って聞かれたんだ。だから、言っちゃった。つまんないって」

「オブラートに包むということを知らない奴だな、相変わらず」

「んー。猫被ってないとさ、うちってそうなんだよね。面倒くさいから、ズバズバ言っちゃう系。まあそれはいいとして、ずっとうちは思っていたわけです。なんか人生つまんないなーって。付き合っててもコレジャナイ感があるなーって」


 蓮子はベッドから投げ出した足をバタバタさせて、俺へと寄りかかってくる。

 その吐息が、俺の耳たぶを僅かに揺らした。


「やっぱりさー。身近にいる人が、異性の基準になっちゃうんだよねー。わかるかな、この気持ち?」

「あぁ? そりゃどういう意味だよ」

「うちがお兄ちゃんを好きだってこと」

「……は?」


 言葉の意味が一瞬、いや数瞬理解できなかった。

 何言ってんだこいつ。

 本気で言ってんのか?

 いやいや、まさかな。

 それにしては言い方が軽すぎるよな。


「…………マジじゃ、ねーよな?」

「マジっす。誰かお兄ちゃんよりもいい人いないかなーって思ってたけど、いませんでした!」

「んなわけねーだろ。客観的に見て、普通にいるだろうがよ」

「かもね。でも、うちが誰よりも心許して話せるのって、お兄ちゃんだし」

「……あー、その。えーっとだな」

「お兄ちゃん。……キス、する?」

「しねーよ」

「しようよ」


 気づけば。

 蓮子の唇が、俺の目の前にあった。

 至近距離。鼻と鼻が触れ合うような位置。


 嘘だろ?

 蓮子が、実の妹が俺のことを好きだって?

 ありえない。

 だが今、目の前に迫ってきている蓮子はその言葉を否定していた。

 あー、もう! なんでこいつ、普通に可愛いんだよ、クソ!


 でも、駄目だ。俺と蓮子は兄妹だし、こんなものは一時の気の迷いであって、俺だってこいつのことをそういう目で見たことなんて一回もないしそもそも父さんだって母さんだってなんていうかわから「パ――――――――ン!」

「ぐぉぁああああっ!?」


 なんだ、何が起こった!?

 突然、鼻の辺りに激痛が走ったぞ!

 空襲か!?

 俺は目の前を確認する。




 したり顔の蓮子がいた。

 俺の鼻を挟み込んだのだろう、両の掌を合わせている。



「うっそでーす。ごめんねお兄ちゃん、ドキドキした?」

「…………」

「ふはっ、ふへ、あっはははははは! もー、お兄ちゃんったらやだぁ。もしかして、ほんとに期待してたの? 駄目ですよー? 実の妹と恋愛関係になるのは認められませーん」

「……蓮子」

「はーい」

「舐めんなゴルァァアアア!」

「ギャ――――――ッ! 痛い! 男女平等ヤクザキックを喰らうと痛い! やめてお兄ちゃん! 流産しちゃう!」

「妊娠してねぇだろうがぁあああ!」

「ぐえぇぇえええ! 最近プロレスにハマってるからって妹にテキサスクローバーホールドするのやめて! 折れる! 折れちゃいけないところが折れるぅぅうう!」

「ったく……、からかいやがって」


 俺は痙攣けいれんして泡を吹く寸前の蓮子を解放してやる。

 なんて妹だ、自分の容姿に付け込んで兄を弄ぶなど言語道断。

 これからは、何をされても鋼の心を持つことにしよう。



「で、なんか人生がつまんないから熱中できるものがほしいんだって? 男漁り以外で」

「平たく言えばそんな感じ」


 神妙な顔で頷く蓮子。

 本題に入るまでが回りくどすぎる。

 しかし、唐突にそんなことを言われてもなぁ。


 ……あ。

 一つだけ、最近聞いた話題の中で振れそうなものがあった。


「俺がやってるわけじゃねーんだけど、最近始まったネトゲが面白いらしいぞ」

「えー? それってオタクのやるやつじゃないのー?」

「そうなんだろうけど、何事もやってみないとわかんねーだろ。お前の恋愛観と同じだよ」

「うっ……。ま、まあ確かに。どういうやつなのか、見てみるぐらいはいいかもね」


 おや、意外と好感触だ。絶対やらないと思っていたが。

 そういえば、こいつ俺が勧めた格ゲーもスマホゲーも普通にやってるし、案外言うこと聞く時もあるんだよな。

 もし蓮子がハマったら、俺もやってみよう。

 俺はそんな軽い気持ちで、とあるオンラインゲームを蓮子に教えたのだった。










「それがまさか、こんなことになろうとは……」

「ふぇ、なんか言った?」

「いや、なんでもねぇよ……」


 ひたすら画面に没頭し、超人的な指捌きで操作キャラを操る蓮子。

 今では見慣れたこんな光景ではあるが、何事にも結果には原因がある。

 そのことを俺は、今更ながらに思い知るのだった。

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