海水浴 下
照りつける太陽。
たいして青くもない海。
ややゴミが目立つ砂浜。
見渡す限りの人。
俺たちは今、海水浴場に来ていた。
気合を入れて早い時間に出てきたので、まだまだ時間はたっぷりとある。だからといって特にやることが明確になっているわけでもないが。
家から持ってきたレジャーシート、それにビーチパラソルに長いすを鈴里と共にセットする。
こんな設備が自宅にあったということに驚きだ。
そしてそれをわざわざ持ってこさせる我が妹にも驚きである。準備するのが誰だと思ってんだ。
絶対要らないだろ、これ。
「で、お前はここに一体何をしに来たんだ?
「ちょっとひとつなぎの大秘宝を探しに」
「ありふれた市民海水浴場なんかにあったら誰も海賊になんてならねーよ」
「嘘々。ほら、折角夏休みだってのにそれらしいことしてないと思ったから、一発思い出でも作ろうかなーと」
「思い出ってそういう風に作るもんだっけ……?」
一発て。
そこはかとなく卑猥だな。
まあ、海なんて本当に久々だし、奈良須の本来の姿も見れたことだし、来て悪くはなかったかもしれないが。
でもわざわざこんな大それたものまで持ってきて、朝の9時から出張る必要があったのかと言われればなぁ。
家では今もシリウスが待っているというのに。
いやいや、毎度のことだが毒されてきてるぞ、俺。こっちまで引きこもりにさせられてたまるか。
「まぁまぁ、叶宮先輩。せっかく来たんですから、楽しみましょうよ」
「そーだぞぉ、叶宮ぁ。お前いっつもスカしてんだし、たまには馬鹿になれって」
「へー。お兄ちゃんって学校じゃいっつもスカしてるんだ」
「お前だって家ではスカトぐぼぁっ!?」
「根も葉もない嘘を吹聴するのはやめてね、お兄ちゃん☆」
「お、おう……」
なんてやつだ。
実兄の裸の上半身に思いっきりボディブローかましてきやがった。
しかも二人の審判には見えない位置からとは、なんたる悪童。
というか根も葉もある事実じゃねーか。
普通におまる使ったりオムツ履いたりしてんじゃん。それがス××ロというのかは知らんが、似たようなもんだろ。
そんな蓮子の裏の顔を知るはずもない鈴里は、実に気の利く提案をしてみせる。
「そんじゃ俺、飲み物買ってくるから。何がいい?」
「メロンソーダ!」と、蓮子。案外子供っぽいやつである。
「あ、アイスティーで」と、奈良須。家でもティーカップのコスプレしながら優雅な午後を過ごしてそうだな。しかし奈良須、その吃る癖はいい加減なんとかならないのか。
「なんでもいいな、鈴里と同じやつで」
「そう言うと思ったぜ。じゃあ、行ってくる」
爽やかな笑顔を残して、人が大量に並んでいる屋台へと走っていく鈴里。
嫌な顔一つせずにそんな役目を負う辺り、やはりいい奴である。俺が女だったら惚れてたかもしれない。
「男でも惚れてもいいんだよ、お兄ちゃん?」
「勝手に思考読んでホモにすんなや」
「愛は年齢も国境も性別も越えちゃうからね!」
「最初の二つはまだいいとしても、最後の一つは俺には理解できん」
「そうだよね、お兄ちゃんは胎児にしか興奮しないもんね」
「人聞き悪いことを抜かすな! 奈良須が勘違いするだろうが!」
「そそ、そんなこと、ないですよ? ただの冗談だよね、蓮子ちゃん?」
「…………」
「待って無言で首振るのやめて奈良須がちょっと本気でヒいてるからほんとやめて」
奈良須は心なしか半歩身を引いて、愛想笑いを浮かべている。
せっかく立つかもしれないフラグが今すぐぶち折れそうだった。
「まー冗談はこれぐらいにして、海っぽいことをやりますか!」
無い胸を張って、腰に手をやる蓮子。
アニメだったら、テレッテーとか効果音がついているに違いない。
それに対して、奈良須がおそらくは蓮子の期待通りの反応をした。
「海っぽいことって、例えばなにかな?」
「ナスちゃんはなんだと思う?」
「えーっと……行きずりのセッ×スとか」
「イグザクトリィ。よーし、いっちょナンパされに行くかー!」
「ちょっと待てや」
「ふげっ!」
俺は大手を振って歩き出す蓮子のポニーテールを引っつかんだ。
おい、今おかしくなかったか?
話の展開とか価値観とか。
もっと言えば、奈良須の台詞とか。
聞き間違えかな?
「奈良須」
「はい?」
「海水浴場でできる遊びとして、ボートに乗ったり肌を焼いたりビーチバレーをしたり砂遊びをしたりというものがあるな?」
「ありますね」
「クエスチョン。海らしいことと言えば?」
「行きずりのセック×とか」
「ウェーイ」
やっぱり聞き間違えじゃなかった。
ケロリと言い放ちやがった、こいつ。
まさか実際に奈良須がする感じではないと思うが、イメージだけでもそれが最初に出てくる女子高生ってどうなんだよ。
そういえば、イタズラメールだと思ってたアレも奈良須本人が送ってきたものだったな。好き好んで官能小説とかも読んでたし……。
俺は蓮子の耳元に口を寄せる。
「蓮子さん蓮子さん」
「ん、っふぅ……。もうっ、お兄ちゃん、こんなところで……?」
「喘ぐな変な声を出すな身悶えるな頬を染めるな気持ち悪ぃ」
「ノリが悪いなー。何さ? ナスちゃんのスリーサイズを教えてほしいとか?」
「それは後で是非とも聞きたいが、そうじゃなくて。ほら、奈良須ってその、なんていうか……」
「あぁ、なるほど。ふむ、お兄ちゃんはまだいまいちわかってなかったということですね」
蓮子は承知したという風にポンと掌を叩く。
そして奈良須の側に駆け寄って、彼女の胸辺りを指差した。
「この人、めっちゃドスケベだから」
「ど、どどどどどドスケッ……!? ちょ、ちょっと、蓮子ちゃんっ!?」
「いいじゃーん。だって事実だしぃ? うち、ナスちゃんよりエロい子見たことないよ?」
「え、エロっ……い……の、かなぁ?」
「エロいよね?」
そこで俺のほうを向くなよ。そして俺に話題を振るなよ。
奈良須は顔を真っ赤にして、様子を伺うようにしてこちらを見ている。
察するに、一般的にいやらしいとされることに興味はあるが、自分自身の羞恥心とはまた別物といったところなのだろうか。
どうなんだろう。
実際に痴女というわけではないからなぁ。
俺たちぐらいの年代だったら、誰しもそういうことに興味はあるもんだと思うし。
恋愛観とか貞操観念とかはそこまで逸脱してない気がするし、うーん。
「……じゃあ、むっつりスケベということで」
「なるほど、さすがお兄ちゃん。的確だね。ということで、今日からナスちゃんはむっつりドスケベ可凜ちゃんです」
「さりげなくドを足さないでよ、蓮子ちゃん!」
「なんだよなんだよ、楽しそうだなぁ。俺も仲間にいれてくれよ」
そんなことを言って登場したのは、飲み物のカップを人数分手にした鈴里である。
ジュースを買ってきてくれたのは非常にありがたいのだが、これ以上この話題を続けるのは奈良須が可哀想なので適当にはぐらかすことにした。
「いや、今砂に埋める奴を決めてたところだ」
「なるほど。じゃあ叶宮だな」
「そうだね」
「そうですね」
「えっ、なんで満場一致な雰囲気? おかしくね?」
「普段クールなやつを埋めて笑いものにするのが面白いんだろうが」
ちっとも納得できない理屈だったが、どうやら旗色が悪そうだった。
蓮子はにやにやしながら首を縦に振っているし、奈良須もさっきの恨みなのかやや遠慮がちながらもしっかりと頷いて肯定を示している。
ということで、埋まってみた。
縦にではなく横に。
全身が砂のザラザラとした感触に包まれて、何気に心地よかったりする。
これこそ海っぽい、夏っぽいことと言えるのではないだろうか。
身動き取れなくて窮屈だしクソ暑いけどな。
まあ、これぐらいのことで笑いが取れんだったら俺も本望だ。
「思ったよりビジュアル的におもしろくねーな」
「ヲイ」
「ここに打ち上げられてたワカメがありますよ、鈴里さん」
「でかした、蓮子ちゃん!」
「せっかくおち×ち×作ったので、ここに乗せましょう!」
「奈良須、お前俺から見えないからってそんなの作ってたのか!? やめろ! 他の人に見られたら恥ずかしい!」
「叶宮、残念ながらもう手遅れだ」
「注目の的ですよ、先輩」
「あっはははは! お兄ちゃん、リアルち×ち×! ぶひゃひゃひゃひゃ!」
「てめぇ、蓮子! 動けないからっていい気になりやがって!」
俺の絶叫がビーチに響く。
うだるような暑さの中で、俺は不用意にも思ってしまった。
きゃっきゃうふふなありふれた展開よりも、こっちのほうが俺たちらしいのでは、と。
これは後で知った話だが、あの日俺たちの他にもクラスの連中が海に来ていたらしい。
だからどうしたと俺は思っていたのだが、それは大きな勘違いだった。
夏休み明け。
俺のあだ名が『ワカメ』とか『陰毛』になっていた。




