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異邦人

 太陽が瞼を照らして、私は夢の中から現実に這い上がってきた。

 暖かな風が心地よかったので二度寝でもしようかと考えていたが、なんだか肌を触られているような感覚がする。

 具体的に言うと頬の当たりをつつかれているような感じだ。むずむずっとこそばゆい。顔に虫でも乗っかったのだろうか。


「い、生きてはいるっぽい」


 女の声が聞こえた。どうやら虫ではないらしい。

 何度か頬をつつかれた後、体を揺すられる。


 もしかすると、どこかの盗賊が私の事を死体だと思って漁りに来たのかもしれない。

 生きているってバレたら……いや、もうバレてるし、ここから予想できる展開は限られる。すなわち、私が寝ている隙に首をグサッとやって荷物を奪う、とか。

 

 あれ、もしかしなくてもこれまずいのでは?


「どうしよう……」


 また、声が聞こえてきた。どうしようはこっちのセリフなのだが。ともかく女の声に返答は無くどうやら単身、しかも殺しを躊躇っている様だ。

 運がいい。女一人ぐらいなら何とか倒せるかもしれない。私はこう見えてもただの頭でっかちな学生ではなく魔法が使えるのだ。ほんの少しだけだけど……。ともかく、盗賊は私が起き上がるだけでも怯むだろうし、そこに火でも出して少し脅かしてやろう――そう決めると、手のひらにマナをゆっくりと集め始めた。


「この人を放っておくわけにもいかないし……はぁ、災難。って! そもそもココどこなの!」


 はたまた聞こえた女の独り言はよくよく聞くと少女の声であることが分かった。しかも敵意も私が思っているより無さそうで、どうやら盗賊と言うのは私の早とちりらしい。迷子か何かだろうか。そんな子を脅かすのはさすがに可哀そうだ。


 私は「あ、あのぉ」と気まずそうな声を出しながらむくりと起き上がる。


「うへっ!? お、起きた!?」


 私自身としてはできるだけ脅かさないようにしたつもりだったが、少女は何とも滑稽な声を出して飛び上がり私から距離を取った。


「う、うわぁ! 近づかないでください!」


 先ほどまで人の頬をつついた人間とは到底思えないことを口走りつつ、少女は近くにあった小さな枝を構えた。私が見た限りでは……やはり、盗賊ではない。私よりも少し小柄な体に、切りそろえられた黒い髪。服は白色という以外よくわからない衣類に、黒くて短いスカート。


 うわ、膝上まで見えてるよ、大胆。都会の最新のファッションなのかな。髪にも肌にもやけにつやがあって、よく手入れされているようだ。お金持ちなのかも。


「ど、どうも。おはよう?」


 警戒した面持ちの少女になんと声を掛けたらよいかと迷って、とりあえず無難な挨拶をしてみる。


「こんにちは……」


 少女も張り付いたような面持ちで答える。そして、沈黙。

 奇妙な光景だ。森の出口で、お互いに気まずそうにして距離をとっている。なにこれ、お見合い初日? と、とにかくコミュニケーションをとらねば……。


「少しだけ聞こえたんだけど、その、きみ迷子?」


「あっ、はい」


 少女は構えていた枝を下すと頷く。


「ここはどこなんですか?」


「港町を囲う、森の、出口?」


 疑問形で答えてしまう。だって私もこの辺の地名とかよく知らないのだ。世界規模の大きな地理だったら歴史書で読んだからイメージ上でわかるけど、逆にこの周辺の地理は分からない。

 だって詳細な地図なんて、貴族か国の偉いさんでもない限り見ることも許されないし。ともあれ、この街道を進めば港町から別の街に行くことができることぐらいは知ってる。だって、道っていうのはそういう物だ。


「すごくアバウト……。具体的に、何県とか、何町とか……」


「県ってのはよくわからないけど、港町だよ。港町」


「えと、港町って名前なんですか? 固有名称が?」


 少女に指摘されて、ふと気が付く。あれ、あの港町は何て名前なんだっけ。


「うん、たぶん」


 まずい、これ以上地理について答えると大学の品位を落としかねない。


「そうですか……」


 少女は何やら考え込むような姿勢をとった。チラチラこちらのことを見ながら、何かを呟いている。


「あの格好、まるで中世ヨーロッパの人みたい……あっ、もしかしてタイムスリップ! そこの人! 今は西暦何年ですか」


「はい? な、何言ってるのか分からないんだけど」


「キリスト教歴です! 言葉は通じてますよね?」


 言葉は通じている。流暢な標準人類語だ。でも、冗談や嫌味ではなく何言ってるのか本当わからない。キリストとか、なに、今の単語、どれ一つとして理解できないんだけど……。

 あぁ、いや、一つだけ分かったかも。暦だ。今の年号が聞きたいのか。確か辺境の方では天体歴ではなく、その土地の宗教歴が使われていると聞いたことがある。


「いまは後四暦三十年ぐらいだったはず。で、後春月の十九日」


「ご、ごしれき?」


「地球が月の周りを百回ぐるぐるして一暦、暦には前後があるから今は八百週目で、その一周が始まってから三十年目。地方によって暦が違うってことは知ってるけど……このあたりの人じゃないの? いったいどこから来たの?」


 説明を聞いたのち、少女は口をあんぐりと開けていた。


「えっまって、よくわからないんですが。地球が月の周りを回って……る? 逆じゃなくて? もしかしてまだ天動説の時代?」


「宇宙はあの月を中心にできてるんだよ。大学に行ってない人は知らないかもだけど、あの二つの太陽も、この地球も、全部、惑星って奴で、月の周りを回っているの」


「え? 二つ?」


 少女は目を見開いてから、天を仰ぐ。そしてすぐに、視線を私の方に戻した。


「て、うわ、月でっかいし近すぎ……。あぁ、これは……分かっちゃった。これタイムスリップじゃない。異世界転生の方だ……」

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