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厄介な話し相手

 私が首をかしげると、少女は慌ただしく動き出す。


「いえ、その、私はすごく遠くの国から来たんです。ジッパーング国です。だからこの地方の常識とか知らなくって、あはは……」


「ジッパーング? そんな国は聞いたことないけど」


「ず~っと東にある島国です。ニホンジン嘘つかない!」


 ハッタリもいいところだ。そんな島国聞いたことない。そこらの農民だったら騙せたかもしれないが、こちとら大学の学生だ。だまされるわけがない。

 ま、このまま少女と話してもらちが明かなそうだったので、もう正体について聞くのは諦めることにした。

 ここまで話したくないとなると、よほどの事情があるに違いない。別に無理に聞き出す必要もないし、嘘を指摘するのも野暮なことだろう。


 そもそも、私は今まさに旅を始めたばかりの身。こんな変な子相手に時間を使ってはいられない。

 あまり使いたくなかったが、ここは魔法で……。


「ところでお姉さん。お名前は?」


「私? 私はえっと……」


 何気ない少女の問いに、背筋がぞくりとした。

 あれ、私の名前ってなんだっけ。私、なんて呼ばれていた?

 必死に思い出そうとする。よくよく考えると学長や教授からはキミ、とかお前、って呼ばれてた。それ以外の人にはそもそもロクに認知されていなかった。

 って、私名前で呼ばれたことないじゃん。あっれぇ。もしかして私ってナナシだった? じゃあどうやって大学入ったんだよ、私。


「私は……そう、ただの学生……とでも」


「タダノ・ガクセイさんですか。あんまり洋風な名前じゃないなぁ。タダノとか、むしろ日本人みたいだし。あ、ここでは苗字と名前、どっちが先に来るんですか?」


「あの、もう行ってもいい? いま旅の途中で。次の街に行きたいんだけど」


 少女は相変わらずブツブツと独り言をつぶやいていた。


「ご、ごめんなさい。つい興奮して……。ガクセイさんは旅人なんですか?」


 一体この子はどれだけ質問すれば気が済むんだ、と思いながら私は首を横に振った。学生だっていってるじゃん。

 そして、そのまま少女には一瞥もくれずに道を歩き始めた。これはもう付いてくるな、という意味だったのだがどうにも伝わっていないようで、少女は私の後をついてきた。ほんと何なんだ。


「あの、私も街に行きたいです。ギルドとかあります? 冒険者とか。あっ、もしかしてガクセイさんは冒険者だったりします?」


「冒険者? 何それ」


 少女はひょこひょこと一定の間隔を空けて私の後ろを付いてくる。

 まぁ、一人旅だと寂しい想いをしそうだし、次の街に行くまでの話し相手ぐらいにはなるか……。もう引き剥がすのは無理そうなのであきらめることにした。


「えっ、無いんですか? 冒険者ギルド。ダンジョンはどうです?」


組合(ギルド)ならあるよ、裁縫とか鍛冶とか。地下牢(ダンジョン)なら、お城の地下とか」


「そっちじゃなくって……。はぁ、なんか思ってた世界と違うなぁ。世界観硬派かよ。時代設定は中世後期、いや近世ぐらいかな。活版印刷はあります? あっ、あと魔法はどうですか?」


 やけに色々聞いてくるが、もしかしてこの子は記憶喪失の類なのだろうか。

 魔法が無いって、それこそどういう世界で生きてるんだ。魔法が無いなんて、月が地球の周りを回るぐらいヘンテコだ。


 私は足を止めると振り返った。

 少女の方に腕を伸ばして手のひらを見せると、そのままパッと火を出してみた。マナはさっき溜めていたので、すぐに出た。初めて魔法を使ったときは、この弱火を出すのにも一時間近くかかったことを考えれば、コツコツしていた練習の甲斐はあったようだ。


「魔法あるの!?」


「わっ、危ない」


 少女が魔法で出した火にぐいっと顔を近づけたので、とっさにマナを発散させて火を消す。こちとらマナの制御はまだ二流もいいとこ。もし制御を誤ればそのまま顔を炭にしてしまうところだ。

 この少女、行動がぜんぜん予想できないので、危なっかしい。


「い、いまの、どうやって出したんですか!? ガクセイさん!」


「どうって、マナを手に溜めて、それを圧縮して火種にして、酸素に火をつけるんだけど」


「発火の原理はマナ……を火打石みたいにしてるのか。……じゃあ、どのぐらい燃え続けるんですか?」


「炎の魔法は空気があれば基本的に燃えるよ。空気は酸素とマナを内包してるし」


「じゃあ、酸素さえあれば永遠に火をつけられるんですか? すごい! 無限のエネルギーだ!」


「マナを制御して燃えやすい環境を作ったうえで酸素に火をつけ続けてるんだから、常に制御する必要がある。つまり、永遠になんて無理無理」


「ほかにはどんな魔法があるんですか!? 水は出せます!? 魔法に必要なのはマナだけですか!?」


「私は出せないけど、そういう魔法もあるよ。あと、だいたいの魔法はマナと触媒になる空気があれば、発生させることができるって聞いたことある……かな?」


 少女は魔法についてやけに食いついてきた。

 私は知っていることを曖昧に話してみる。そもそも、世の中の全員が魔法に詳しいわけではないし、私は魔術師や魔術学者のような魔法の専門家ではないので、これ以上は答えられないのだ。


 私が使える魔法は、入門編に書いてあった魔法を片手で数えられる程度。そんな初心者に対して、あんまり高度な質問はしないで欲しいものだ。私の魔法が付け焼き刃なのバレちゃうじゃん。


「空気から水を出すって、空気中の水分を圧縮してるんですか?」


「さ、さぁ。でも、砂漠で遭難した人が水の魔法で生き延びたって話なら聞いたことあるよ……」


 ほとんど答えになってないが、何とか返答してみる。

 ほんと勘弁してほしい。その手のことは分からないんだってば。知らないよ、水魔法の原理なんて。水は出せないって言ったじゃん。


「もしや原理は水素の分解なのでは!? ってことは、マナは空気中から水素を抽出することが可能している!? 空気中の水素ってごく少量だったはずだけど、それを抽出できたらガスエネルギー問題が解決しちゃう。いや、なんなら窒素も抽出してハーバー・ボッシュ法でアンモニアも作れちゃうのでは。そうなれば、化学肥料ができて農業革命、ついでに硝石つくってマスケット銃とかも……」


 これいつ終わるんだろ……。私は後ろでキャッキャとやけに嬉しそうな様子で騒ぐ少女を居ない物として、再び歩みを進めた。


「気体の圧縮と、水素の抽出、ガクセイさんはどっちだと思います?」


 まったく、厄介な話し相手が付いてきてしまったものだ。

 あの少女、水素だのなんだのと化学の知識はあるようだが、常識の方が全く足りていない。まるで違う世界から来た人と話しているみたいな気分になる。

 言葉は通じるのに、やっていることは異文化交流だ。


 ん? 違う世界? 

 あの子……もしや使えるのでは。

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