課題
「と、いう訳でそれが課題だ。書け」
「はい? なんて?」
私は突然、本当に突然、課題を出された。
その内容は「この世界について何も知らない別世界の人類に対して、説明できるような歴史書を書け」と言うもの。
その課題の内容には色々とツッコミ所しかない。そもそも、この世界の知識を持たない人間が私の書いた言葉を読めるのか? とか。
しかし、教授はこれも授業の一環なんだから、つべこべ言わずに書け、と一冊の本を投げ渡す。
私はその本の赤い表紙を捲ってみるが、中身は白紙のページのみ。
これに書けという事なのは明白だが、日記帳程度の物ならともかく、こんな大学で用いられる解剖書や古い魔術書レベルの厚さを誇る本に直接書き込むなんて――そういう本は書いてから纏める物でしょ普通――余りにもおかしな話だったので抗議の声を上げるが、それを聞くや否や教授は本を私の手から奪い去って、最初の数ページを破り去った。
「文句の多い奴だ、ほら、これに書け。また足りなくなったらまた破れ」
教授はぶっきらぼうにそう言って数枚の紙に成り果てた元ページ達をこちらに向ける。
高そうな白紙の本を容易く破り去った事に私は驚きすぎて少しの間その場で固まっていたが、はっとして破られたページを受け取ると教授の部屋を出た。
大学の長い廊下と、大きな庭を越えて外に出た私は早速課題の資料を集める為に町に向かう。大学は街の中心部からちょっと離れた場所に建っているので少し歩くことになるが、その時間は課題の書き出しや内容を考えるにはちょうどいい時間だった。
潮の香りとカモメの声に揺られるこの町は相変わらず活気づいていて、どこを見ても、人、人、人。たぶんカモメより人の数の方が多い。港町と言うのは貿易の中心地になりやすく、本から石まで、色々な物が手に入りやすい場所であり、資料集めには都合がよかった。潮風って紙に影響無いの? ……という疑問を途中で思ったりもしたけど。
とにかく私はこの町で二冊の本を入手した。
まぁ入手と言っても課題が終われば直ぐに売ることになる訳なんだけど。なにせ私には本を買う金銭的余裕など無い。購入に使った代金も教授からお金を借りているだけ。
私は貧乏すぎて入学金を払えなかったので、本当は大学に入れなかったのだ。しかし、そんな中で偶然知り合った教授の個人的な教え子と言う形で、大学の学生としての身分を手に入れ、そこで史学を学ぶ機会を得られた事は奇跡と言うか、なんというか。
そういうわけで、拾われ学生である私はたとえ……いや実際に面倒くさいけど、とにかく今回の課題もキッチリこなさないといけない。実のところ私は天文学を学びたかったんだけどね。
私が通りを歩いて、大学に戻ろうとした時、馬車の列が横を通り過ぎて行く。
荷台には数十人の半魔人たちが乗せられている。ここから船に乗せられて、どこか異国に売られるのだろう。
可哀そうに、と私は心の中で呟く。
でもこれが世界なのだ。
ふと、私の思考は課題の事に移った。もし私が歴史書を書いて行くのならば、いずれそう言った部分も書かないといけないのだろうか、と。
今や魔王や半魔人を含む亜人類の事はある種のタブーと化しているらしい。みんな知っているけど、誰もが知らないふりをする、そういう物の様だ。私は手に持っていた二冊の本の内、一冊を鞄にしまうと、もう一冊の方を開く。
それは偉い偉い学者さまが書いた歴史書の写本なのだが、その中には亜人類や魔王との戦争のことは書いてなかった。こんな貧乏学生でも知っている事を、こんな偉い偉い学者さまが書かないなんて、と。その時私はなんだか正義感とも何とも言い難い奇妙なモヤモヤとした感覚に包まれた。
意識が、課題の方へ向く。そうだ、私はタブーなんて気にせずこの課題に取り組もう。どうせ出版する訳でもないし、そんなのお構いなしだ。
そう考えると、なんだか急にモヤモヤが晴れて課題に対する執筆意欲が沸いてきたではないか。私は社会に対する反抗期なのかもしれない……なんて話は置いておくとして、そうなると先ほど買った本のみならず――ヘンテコな話だけど――「書物の記述タブーに関する記述がなされている資料」が必要になってくる。つまり、資料を買うために教授からまたお金を借りないといけない。
いやそもそも課題を出したのはあの人なんだから、資料ぐらい買ってくれればいいのに。心の中で思いつつも、実際に口に出せば大学を追い出されるかもしれないので、今のところ言うつもりはない。
とにかくお金を借りよう。借金返済の目途は今のところ全く、全然、これっぽちも立ってないけど、最悪夜逃げしよう。そうしよう。
そんなことを考えながらトボトボ歩いていると、いつの間にか大学を通り過ぎ、家まで帰ってきてしまっているではないか。来た道を戻って大学まで戻るのも面倒くさくなった私は教授にお金を借りるのは明日でいいや、とそのまま家に入りさっそく執筆を始める事にした。
タイトルはもう決まっている。
この世界を知らない異世界の人類に捧げる私たちの歴史。
異世界人類史
練習作品です。続くかどうかは未定。