誤算・5
アルカスの言葉を聞き終わるや否や、彼を置き去りにし、私は踵を返して御者の元へ走った。
御者―トリスタン―は、厩舎で馬にブラシをかけていた。
声をかけると、眠そうな顔をしながらのんびりと後ろを振り返って来た。
「何か用すかお嬢様。アルカス様は?」
「中庭に置いて来た。ねぇ、貴方ヒロイ……じゃなくてリアドリス様と付き合ってるって本当!?」
「あー、まぁ、そうっすね。付き合ってますよ、リアドリスと」
「よ、呼び捨て……」
「別に良いじゃないっすか。恋人同士なんだし」
ど、どうなってるの!?
この世界は乙女ゲームで、私は「隠しキャラ・アルカスルート」に入ってるんじゃないの?
だから私は、「ルート限定悪役令嬢」の筈よ!?
……って言うかアンタ、ゲームに出て来てないじゃない!
「それよりお嬢様。どっか行って貰えないっすか?」
「何でよ」
「アルカス様にすげぇ睨まれてるんすよ。俺を痴話喧嘩に巻き込まないで欲しいっす」
後ろを振り返ると、絶対零度のブリザードを背景に背負ったアルカスが立っている。
「来いラーネ。この俺の婚約者であるお前が何処の馬の骨とも知らない奴に訳の分からない呪いをかけられるなど許しがたい。解呪してやるから、部屋に行くぞ」
いや、呪いとかそう言うんじゃないんだけど。
どうしよう、状況がわからな過ぎて怖い。
そう悶々と考えながら立ち竦む私を、近寄って来たアルカスが問答無用で抱き上げた。
「えぇえぇぇ!?ちょ、何、やだ焼き殺さないで!」
「焼き殺すか!何言ってるんだお前は!」
――そして私は、”時間をかけた解呪”と称してアルカスの私邸に監禁され、いつの間にか結婚式も終わり、やっと実家に帰れたのは一人目の子供が生まれてからだった。
私は知らなかった。
評判の悪かった隠しキャラ・アルカスルートはこのゲーム会社でも黒歴史となっている事。
別ルートと余りに異なる人生を送る事になった悲劇の極悪令嬢ラーネ救済の為、このアルカスルートは完全「if」扱いでバージョンアップした版を「真エンド」とするトゥルーディスクが発売されていた事。
そしてその真エンドの隠しキャラは「脱力系チート魔術師」の「トリスタン」である事。
そのトリスタンルートを成功確定させるには、「if」ルートをクリアした状態で義弟の婚約者ラーネを茶会に招き、焼き菓子イベントでラーネを上手く説得し、ナッツ入りの菓子を食べさせなければならない事。
ヒロインが首尾よくトリスタンルートに入った場合、ラーネは「ヤンデレ系束縛魔術師」と化した婚約者アルカスに溺愛監禁され、子供を8人も産む羽目になる事。
私は何一つ、知らなかったのだった。
ペラペラですいません。
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