3.
遅くなりました_(._.)_
次は、もっと早くできればいいんですが……
「最悪っ!!」
――それは、こっちのセリフだな。
ようやく泣き止んだ女性は、開口一番そう叫んだ。ルークは不機嫌そうに顔をしかめている。
「なんなのあいつら! 人がせっかく気持ちよく寝ていたのに!」
「お前が悪いと思うがな……」
「はぁ?」
思わず本音を漏らしたルークを、女性はギロリと睨む。だが、ルークの言ったことは正論だった。デビルモンキーは水辺に生息する魔物の中で一番性質の悪いモンスターだからだ。
当然、宝石なんて高価なものを持って近づくのは賢いことではない。川岸に生えている木の上での昼寝なんてもってのほか。そんなことをするのは、よっぽどのバカだけだ。
その、数少ないバカに該当するであろう女性は、ブツブツ文句を言いながら自分の体をチェックしている。その身にまとうドレスは汚れてもなお、高価であることを全く疑わせない精緻な刺繍と装飾が施されていた。それは、彼女がやはり良家の人間であることを如実に示している。
それを再確認してルークが思ったことはひとつ。
――面倒だな。
「……じゃあ、俺はこの辺で帰るわ。そろそろ、蒼の時だし。」
彼は、先程と同じようにそそくさとその場を立ち去ろうとした。さっきと違うのは、彼の背中にわずかに膨らんだ革袋が背負われていること。
草原の上に広がる空は、既に薄い藍色に染まっている。完全に暗くなるまでにはまだ時間があるが、ここは夜になるとその危険度を増す。その前には安全な場所に行っておくべきだった。
「え?」
驚きの声を上げたのは未だドレスの先をつまみ上げてはため息をつく、を繰り返していた女性。その目には、何を言ってるの? という驚きと、戸惑いが浮かんでいる。
しかし、ルークはそれに全く構わずに歩いていく。
「え、本気で? ち、ちょっと!」
我に返った女性が慌てて追いかけ始める。ルークの背はあたりを覆う闇に沈みかけていた。
「ねえ!」
「なんだよ。」
「その……さっきは、助けてくれてありがとう……」
心底嫌そうに顔をしかめながらも女性が確かにそう言ったのを聞き、ルークは思わず足を止めかけた。まさか、このバカに、素直に礼を言われるとは思ってもみなかったからだ。
「……」
「い、色々言いたいことはあるけど、さっきあのまま助けがなかったら、きっと大変なことになってたから……」
思っていたほど、バカではないのかもしれない。状況を判断するほどの脳みそは持ち合わせていたようだ。
「知らなかったのよ、あんなモンスターがいるなんて。」
「知らなかった?」
思わず聞き返してしまってから、ルークは後悔した。今までは無関心を装っていたはずだったのに、女性の言葉があまりにも驚く内容でつい声が出てしまったのだ。
この世界に生まれた子供は、幼い頃からドラゴンの物語を子守唄として聞かせられ、モンスターの恐怖を教え込まれて育つ。ルークも、小さい頃は決して草原に出てはいけないと厳しく言われていた。
「そうよ。だって、」
と、何かを言いかけ女性はハッとして口をつぐむ。おそらく、彼女の身分に関わることなのだろうが、隠す理由がわからなかった。だから、
「だって、何だ?」
「ええと……」
それきり、黙り込んでしまう女性。ルークは無理やり聞き出すつもりも、知りたいという気持ちもなかったからか、その謎についての興味を失ったかのように淡々と歩みを進めていく。
「それで、お前はなぜついて来ているんだ?」
空がほぼ暗くなり、前を見通すことも難しくなってきた頃、唐突にルークがそう訪ねた。相手は当然、当たり前のようにとなりを歩いている女性だ。
「あなたは、どこに向かってるわけ?」
だが、その質問に返ってきたのは質問。ルークは若干イラつきながらもそれに応える。
「ローデルクの、13番街のある場所だ」
「き、奇遇ね! 実は私もそこに行くつもりだったのよ。よかったら、一緒に」
「行かない。」
「なっ……」
わざとらしい笑顔での提案を一蹴するルーク。女性は、それを聞くと、
「わかったわ……」
低い声でそう呟いた。
やっと離れてくれるかと、心の中で安堵の息を漏らしたルークは女性の次の行動に目を見張った。
「私を一緒に連れて行きなさい! 良いと言うまで、ここは通さないわ!」
手を大きく左右に広げて、ルークの前に仁王立ちになった女性は、そう言った。足を止めたルークは、ウンザリ、という表情で言う。
「街までだったらいいぞ。」
「それじゃあ、ダメなのよ。」
「理由は?」
「私、お金がないもの。」
「はぁ?」
「だって、せっかく持ってきた宝石は、さっき全部あいつらに持ってかれたのよ。どうやって生きていけって言うの? だから、私を一緒に連れていきなさい。ついでに、ご飯もあるとなお良いわね。」
当たり前のように自分を養えと言う女性。ルークは、だんだんと頭痛がしてくるのを感じていた。
正直、無理やり押し通ることも不可能ではないし、連れて行く義理もない。それなのに足を止めているのには、すぐそこに城壁が見えていることとは別に、ある考えが浮かんでいたからだった。
「お前は何をしてくれるんだ? 俺には無償でお前を養う理由なんて無い。そもそも出来ない。」
「そうね……じゃあ、あなたの用心棒になってあげるわ! 見た感じ、あなたあんまり強そうじゃないし」
「……」
「どう?」
「却下だな。」
「何でよ!」
「俺は、お前に命を預けられない。」
「なっ!!」
「当たり前だろ? お前みたいなやつを、どうやって信用できるんだ?」
「……命をかけて、あなたを守るって言ったら、信じる?」
「無理だな。お前のその言葉を信用することが出来ない。」
「……っ!」
にべもないルークの言葉に、声を上げかける女性。しかし、何回か口を開けたり閉じたりを繰り返すが、何も言わずに俯いてしまう。
――諦めたか? それならそれで良いか。
動かなくなった彼女の横を通り過ぎようとしたルーク。しかし、
「だったら……」
そう呟く声が聞こえたかと思うと、闇の中で何かが光る。
微かな鞘走り音を響かせたそれは、美しい一本のレイピア。嫌な予感がするルークの目の前で、彼女はそれを首筋に持っていくと……
「っ!」
一息に前に引いた。目を見張るルークの目の前で、紅いそれが地面に広がっていく。
「これで、どう?」
不揃いになったその美しかった紅い髪を、片手で払い彼女は言った。
そうして、自信満々に胸(実際には皆無)を張っている女性を見たルークは……
「……っく、あははは!」
一瞬目を瞬き、勢いよく吹き出した。
「な、なんで笑うわけ?! 私は今、誠意を示したのよ!」
「髪は女の命って、マジだったのかよ……! よく、そんなんで信用されると思ったな! お前は真性のバカか。」
「なによ!」
顔を真っ赤にした女性が抗議するが、ルークは革袋を投げ出して笑っている。
彼がようやく落ち着きを取り戻したかに見えたとき、女性は、
「で? どうなの? 髪まで犠牲にしたんだから、雇ってくれるわよね?」
「ぎ、犠牲? ……っく……」
「ちょっと!」
「わ、わかった!」
「え? じゃあ!!」
「お前を用心棒にはできない。」
「……」
女性が無言のままレイピアを、自分の首筋に当ててきたためルークは慌てて続きを言う。
「用心棒には、だ。お前には
――狩人になってもらう。」
ありがとうございました(*^^*)
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