2.
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「決めた。あなた、私の下僕になってもらうわ」
「は?」
そんな間抜けな声を思わず漏らしたルーク。しかし、女性は真剣そのものの顔でルークの首にあるものを突きつけている。
「黙りなさい」
言葉とともに、それの切っ先がわずかにルークの肌に食い込んだ。喉元を圧迫するレイピアの見えない圧力に、ルークが冷や汗を流し始めた頃、ようやく女性はレイピアを下ろす。だが、髪と同じ色をした目はルークをにらみ続けている。
「自分が何したかわかってる?」
「……そりゃあ、君をデビルモンキーと間違えちゃったのは、俺の落ち度だが。下僕はおかしいだろ?」
ルークがデビルモンキーだと思っていたのは、実はこの女性だった。そうと知らずに投げられたルトルトの実を、彼女はこのレイピアで見事に叩き切った。その結果は――
「あなた、名前は?」
「……ルーク、ルーク・シュナイダーだ」
急な問いに、僅かな躊躇いを顔に浮かべたがルークは素直にそう答えた。
「聞いたことないわね。と、それよりも……聞きなさい、ルーク」
「……」
いきなり呼び捨てなのか? ルークは心の中でそう呟くが、もちろん聞こえるはずがない。女性は険しい顔のまま言葉を続ける。
「髪っていうのは、女性にとって命そのものよ」
そう言って、自らの髪を摘んで目の前に持ってくる。顔を歪めているのは、そこから漂う異臭のせいだろうか。
「それを、こんなにして……許されるわけがないでしょ!」
「……」
それは確かに申し訳ないと感じていたルークは、改めて女性の髪の状況を確認する。
彼女の言うように、大切にしていたのだろう。髪の大部分は汚れてしまっているが、その他の部分は陽光を反射してキラキラと輝いている。だから、この女性の言い分も分からないでもない。だがしかし、なぜそれが「下僕」へとつながっていくのだろうか?
「命は、命をもって抗うべし。だから、あなたには私の下僕として一生を捧げてもらうわ!」
髪をつまんでいた指をルークに向け、高らかに宣言した女性。
ルークはというと、一見筋が通っているように思え、その実押しつけにしかならない女性の言い分に、怒りを通り越して呆れを覚えていた。
出会った時から分厚いローブを着ているため、服装から身分を知ることはできない。しかし、先程から言葉の端々ににじみ出ている傲慢さから察するに、どこかの良家のご令嬢なのだろう。人を使う、従わせるという行為に、なんのためらいも覚えていないそのセリフは、ルークの心を平坦にするには十分だった。
自分は、こんなことに付き合っている暇などないのだ。早く次の獲物を駆らなきゃいけないというのに。だから、ルークは言う。
「……髪のことは、済まなかった。じゃあ、俺はもう行く」
「なっ!? ちょ、ちょっと待ちなさい!」
背を向けて歩き出すルークに、いまだ肩を怒らせて追いすがる女性。しかし、ルークは止まらない。彼にだって、大事なことがあるのだ。と、その足が突然止まる。振り向いた彼は、
「髪、すぐ洗えば落ちたと思うぞ」
その言葉に、ぴしりと音を立てて固まる女性。その髪から、パラッ、と音を立てて何かが落ちる。女性の髪の大部分は、乾き始めたルトルトの実の果汁で、カピカピになっていた。
「知ってると思うが、それは乾くと落ちにくいからな。俺も、この間シャツについたのを落とすのに、苦労した。じゃあ、頑張れよ」
それだけ言い、再び歩き出すルーク。
「だ、誰のせいだと思ってるのよおおおお!」
彼の背後で女性が叫んでいたが、その足が止まることはなかった。
草原にあんなのとはいえ女性を一人残すことになったが、ルークは一切の心配を抱いてはいなかった。単純にあの女性が気に入らないのもあった。だが、理由はもう一つある。むしろ、そちらのほうが理由としては大きい。
あの時―ルークが実を投げた時に垣間見た女性の剣技。あれは意識したものではなく、無意識のうちに体が迎擊反応を起こしたのだろう。あれほどの腕を持つなら、森に入らない限りは大丈夫だろう。
そう、ルークは決め付けて新たな獲物を求めてその場を去った。
その決断が、更なる悲劇を招くのとは知らずに。
☆
夕日に照らされた草原に流れる一本の川。その岸辺にほど近い場所で。
「いやぁああああああ!!」
デビルモンキーの群れに襲われている女性の叫び声が轟いていた。
その剣技は、凄まじく冴え渡っている。しかし、モンスターに関する知識を一切持っていない彼女は、デビルモンキーの弱点を知らない。そればかりか、いちいち吹き出る血液に怯えているせいで思うように敵を殲滅することができないでいた。ルトルトの実など、狩人たちの必需品を持っているはずもなく……彼女は、ローブのポケットやローブの中に隠し持っていた袋の中に詰め込んでいた宝石を、なす術もなく奪われていくのだった。
そんな彼女が、ついにはローブまで奪われてしまった時、
「……ちっ……」
そんな舌打ちとともに、彼女にとっては悪魔の実も同然なそれが視界を鋭く横切った。
「ぅう……ひぐっ……」
あとには、美しいドレスを毒々しい色の液体に塗れさせ、全身から異臭を放つ女性がすすり泣きながら蹲っているばかり。
あれほどけたたましく鳴いていたデビルモンキーは一匹残らず逃げ去り、草原に残っているのはその女性と、呆れているのか無言のまま空を見上げる黒髪の少年だけだった。
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