第六話 三人のだんなさまと一つ屋根の下で
#第六話 三人のだんなさまと一つ屋根の下で
ルーク様はディナーの席でもにこにこと笑顔がこぼれている。
「ルーク、何かいい事があったの?」
前子爵夫人はさすが母親だけあって些細な変化にも気付かれてルーク様にお尋ねになる。
「ええ、クロエから私専用のカップを頂いたのです。木で作られているので温かく手触りも滑らかでクロエの気持ちがこもっているのです」
「気に入っていただけて良かったです。三人分選ぶというのも楽しいですね」
後半は前子爵夫人に向かって言ったのだけど、ルーク様は三人分、というところに頬を膨らませてしまった。独占欲が強い!
「ルーク様、膨れないでください。今度一緒に街へ行きましょう」
「本当か!いつ行く?」
「商談が成立したら、お祝いに行きましょう」
「よし、成立だ!」
なんか適当な事を言い始めた。
「色々な子爵家や商人の名前が出ていましたよ。そんな適当な事ではダメです。私もお手伝いしますので頑張ってください」
「そうか、それは嬉しい」
うーん、ちょっと早まったか?
普通の夢と三人が出て来る夢の違いが分かるようになって来た。
ベッドに腰掛けていると、レオン様が椅子に座り、エイル様は床に座り、ルーク様は腕を組んで壁にもたれて立っている。
「この夢、私が望んだんですか?それとも三人が望まれたんですか?」
「条件は分からないが、もしかするとクロエとは波長が合うのかも知れないな」
ルーク様はそう適当をおっしゃる。けれど今は条件不明なので波長という事にしておこう。
「そうですわね。とりあえず、今日、今日っていう言い方が正しいのか分からないですけど、集まって頂いたのは商談を進めるための方法を相談したいのです」
「商談はルークの仕事だからな」
レオン様は乗り気じゃない。
「僕はちーちゃんのためなら頑張る。お手紙も書くよ?」
きっとむにゃむにゃした文字では相手も読めないだろう。
「エイル様、ありがとうございます。そこなんです。もしかして、レオン様の書く文字はルーク様と同じなのでは?だとすると少なくとも手紙はレオン様に書いて頂ける」
「まあ、手伝ってもよいが。その代わりに見返りが欲しい」
やっぱり。そんな気はしていた。
「見返りは、デートです!」
「やる!」
レオン様は即答。
「僕もデート!」
エイル様も即答。
「私もデートしてもらえるのか?」
エイル様はおまけだとしても、ルーク様はご自分のお仕事なんだけどな。でもまあ気分を損ねるよりもいいか!
「もちろんです!うまく行ったら三人と順番にデートします!」
三人は円陣を組んで右手を握り拳にして突き上げている。
「三人で勝ち取ったデートだ!」
まだ勝ち取ってませんけど。
「はいはい、成功したらですね。それと、カップの件で気付いたんですけど、意思の疎通が図れないまでも、裏から見る事が出来るんですよね」
「ああ、見られる。エイルがクロエと手を繋いでるところ、羨ましかった」
どこに反応してるのよ。
「レオン様を打ち合わせの場に連れて行くと色々問題が出ると思いますが、エイル様ならきっと大丈夫。なのでエイル様の役目は打ち合わせの資料を見てルーク様にお伝えする事です」
「分かったー!」
お父様には二人の協力が得られるようになったので毎日来てくださいと手紙を出した。
おかげで何故か機嫌よくやって来る。
「ああ、レオン殿、調子はどうですかな?」
「クロに頼られるのは大変嬉しくて調子も上がるというものです」
まだ手伝っていないけれど、そこは黙って聞いとこう。
「それは何より、ところでどんな事を手伝っていただけるのですかな?」
「レオン様には手紙を書いていただきます。本人だし、筆跡も似ているし」
ああ、ここだけ聞くと意味不明だわ。本人なのに筆跡が似てるって。
「なるほど、それはいいな。ルーク様とは打ち合わせを行い、レオン様とは手紙のやりとりを行う。ではエイル様は?」
「エイル様が見ているものはルーク様も見ているんですって。だから打ち合わせの場に参加して、書類を見てもらおうと思ってます」
「打ち合わせの場にエイル殿がいるのは不自然じゃないか?」
お父さまは至極まっとうな事を言われる。私もそこを気にしてた。
「エイルが伯爵の打ち合わせに同席する時は膝の上に抱かれてたな」
なるほど、レオン様はエイル様が人さらい(伯爵の使い)に捕まってた時の事も見えていたわけね。
「ワシが?エイル殿を?」
お父さまがエイル様を抱いてるのは確かにおかしい。
「では私が一緒に付いて行きます。私はお父さまの助手、エイル様はルヴァン子爵家の見習いで社会見学のため」
「それならまあ、仕方ないか」
「クロの膝か、いいな」
「レオン殿はやめてください。娘が潰れてしまう」
その反応、お父さまは心配の仕方が少しずれている。
お父さまはルーク様が頑張った書類を広げて、ご自分の作られた書類とを比較されて「むむむっ」と唸りながら横にメモで走り書きをされる。
そうして一時間ほど見ているだけだったけれど、メモが完成すると今度はレオン様の出番となった。
お父様が手紙の文言を書いて、レオン様がそれを清書される。どこからどうみてもルヴァン家の手紙。
もちろん署名はルーク・ルヴァンと書かれている。
恐ろしい。こうして世の詐欺師は人を騙していくのね。
何通も何通も手紙を書き、時々お茶で休憩し、書いてる途中でレオン様が「ケーキ」と口にされるので助手になった気分でケーキを口元に差し出す。
ま、私に出来る事はこれ位だしね。
二十通あまりの手紙が書き終わったのは夕方を過ぎた頃だった。お父様もレオン様も達成感に拳をあげられる。
「では、明日はエイル様をお連れします。クロエ、支度をよろしく頼むぞ」
なんか、私、ルヴァン家の一員って扱いになってない?
「バーナード・オルダン子爵でございます。こちらは娘のクロエ。そしてこちらは我々と共に計画を立てているルヴァン子爵家の若き見習いにございます」
「まあ、ご令嬢とご子息まで」
ご婦人には受けがいい。
ゲストサロンに招かれお茶が用意される。お父様の正面には同じく子爵様、そしてその隣にご婦人が並んで座る。商取引だと思ったけれどご婦人も同席されるのかしら。
「妻も今回の事には興味を持ちましてな。色々意見もあると思うので折角なので同席させます」
エイル様は最初のうちこそ私の横に大人しく座っていたけれど、すぐに飽きたのか私の手で遊び始める。
ご婦人がその事に気付かれ、優しくエイル様に微笑むとエイル様はご婦人の元に行ってしまった。
お父様、どうしよう。人質に取られてしまいました。
打ち合わせは思った以上にスムーズに進み、エイル様はご婦人の膝の上に座って髪をいじったり飾りをいじったりして書類なんてかけらも見なかった。
けれど男二人が立ち上がった時固く握手をしているところを見ればうまく行ったようだ。
まだ色々と詰める所はあるようだけど、今日の所は問題なく終わったようでお父さまはルヴァン家に戻るまで機嫌が良かった。
「レオン殿にもエイル殿にも手伝ってもらったので何かお返しをしないとですな。何か欲しいものを考えておいてください」
「ちーちゃん!」
「ちーちゃん?いいですとも。それではクロエ、明日も頼むぞ」
お父さまはエイル様が私を呼ぶ時ちーちゃんと呼ぶ事を知ってと思うのだけど、まさかね。
エイル様はディナーの席でも打ち合わせで凄く頑張ったとご両親に報告される。
御婦人の膝の上で甘えていた事は内緒だ。
「エイル様も将来ご立派な文官になられるかも知れませんね」
再び二人が消えてしまった時の事を考えて少し心が苦しくなる。愛する相手が一人でもいれば満足なのに、三人もだなんて、私はなんと欲張りなのか。
夢の中でも少し沈んだ気持ちになっていたけれど、三人が揃って賑やかになると寂しさを忘れられる。
「クロエ、今日は助かったよ」
ルーク様は私を元気付けようとそうおっしゃる。
「いいえ、エイル様に資料を見ていただく事が出来ませんでした」
「ちーちゃん、僕ダメだった?」
「ううん、そんな事ありませんよ。しっかりお役に立てました」
「その通りだエイル。会話はしっかり聞こえていた。あの場所にいるだけで役に立ってるぞ」
ルークさまが紙を広げられる。ずらりと並んだ数字。何これ?
「驚いたか。今日は前回オルダン子爵が見せてくれた資料の説明だから、ほとんど記憶していた。会話で出た数字も書き記したから完璧だ」
すごい。三人は制限のある中でも頑張って外界の情報を得ようとしている。そして本人(?)をフォローするのはお手の物だ。
「さあ、デートはもうすぐだ。オルダン子爵に何を頼もう?」
レオン様が皆に言う。なんか、変な事を頼まれないか不安。
「エイルはちーちゃんだったな。そして子爵もオーケーされた」
なんかルーク様は絶対に何か企んでる。
「俺は左の頬に解呪の儀式を希望する」
え、そんな事。って言うか消えちゃうんじゃ?
「では私は右の頬に解呪を」
「かいじゅ?」
「エイルはちーちゃんによしよししてもらいな」
「うん!」
なんだか、皆は消えてしまう事をずっと覚悟してたのかも知れない。
私は皆が愛おしくなって抱きついた。まさか夢の中では解呪しないだろうと思って、まずレオン様の左頬にキスをした。
目をぱちくりとされてる。
次はルーク様の右頬にキスをする。
手で覆って感触を確かめてらっしゃる。
そして最後はエイル様の顔を両手で挟み、そっとおでこにキスをした。
「もう、死んでもいい」
「もう死んでもいい!」
「きゅーん」
三人は一斉にその場に倒れた。
翌朝ルーク様がおはようの挨拶をされる。
とても爽やかな笑顔。ゆうべの解呪が効いている。
「クロエ、おはようの解呪を」
そうか。あのあと三人で話し合ったのかも知れない。ルーク様は少ししゃがまれる。
私は愛おしくて、三人をまとめて抱きしめるようにルーク様の頭を抱き、顔を擦りつける。
「ルーク様、レオン様、エイル様。三人とも大好きです」
ゆっくりと顔を近付け、目を閉じ、おでこに解呪する。
三人と出会って、濃厚過ぎる日々を過ごしたけれど、それぞれとちゃんと過ごしたかった。
もう一度ぎゅーっと抱きしめて、赤黒い髪をぐしゃぐしゃにかき回した。
「クロ、俺も大好きだぞ、朝の解呪を」
え!?
目の前にはレオン様がいた。
「何故?」
「さあ、解呪の効果じゃ?」
本当に!?
私はレオン様の顔を両手で挟んで下に降ろすと、おでこに解呪した。
途端に屈強な男は小さな仔犬のような男の子に変わる。
「ちーちゃん大好き」
おでこにちゅっとした。
ルーク様に変わる。
「解呪ではなく、切り替えスイッチみたいです。それより皆様消滅する覚悟をしていらっしゃったんではないですか?」
「まさか、キスで解呪出来るはずがないだろう」
「え?消滅しちゃうって心配してたの私だけ?」
「そんな事を考えていたなんて、クロエはかわいいな」
ルーク様に面と向かって言われ顔も耳も真っ赤になる。
「皆クロエが赤くなってるとこもかわいいって言ってるぞ」
「え?本当ですか?」
「自分の事だからな、分かる。それより寝なくても切り替わる方法が出来たんだ。とにかく、朝食をいただこう。喜ぶのはそれからだ」
(私の欲張りは女神様に認められたって事なのかしら)
『日替わりだんなさま2 甘々特盛』へ続く。




