十二話 後編
そして翌日――
場所は第五師団の修練場。
そこで繰り広げられていたのは、ただの訓練とは到底思えない光景だった。
金属音が激しく響く。
土煙が舞い上がる。
見守る団員たちは、誰一人として口を開かない。
――いや、開けなかった。
あまりにも苛烈だったからだ。
まるで本気の殺し合い。
武具を身につけた一般兵と、剣一本で対峙する少女。
第六師団長――ユキ・レスティア。
その相手をしているのは、新人団員シオンだった。
なぜこうなったのか。
その場にいる者のほとんどが理解していなかった。
なぜ第五師団の修練場で、他師団長が新人と斬り合っているのか。
疑問だけが渦巻く中、見守っていたサイラスのもとへナーゲルが近づいた。
「サイラス様……」
恐る恐る声をかける。
「一体なぜ、ユキ様はシオンを殺しにかかっているのですか……?」
「殺しにかかっているわけではない」
淡々と返す。
「勉強させている、とおっしゃっていた」
「なるほど……調教ということですね!」
「違う」
即座に否定した。
「いやでもあれ絶対命削ってますよね!? 羨ましい……!」
「ナーゲル……」
深いため息。
「君は一度、第四師団で脳と目を診てもらった方がいい」
「至って健康です! 数日前に検診も受けました! A+です!」
「そういう問題ではない」
そこへ、低い声が割って入る。
「無理だサイラス。コイツはもう手遅れだ」
振り返ると、ロイが立っていた。
軽装に武器を携えている。
どうやら自身の修練ついでに様子を見に来たらしい。
「ロイ師団長! 酷い!」
ナーゲルが抗議するが、軽く無視される。
ロイは視線を戦いへ戻した。
その目が、わずかに細められる。
「……なるほどな」
速い。
ユキの剣も、魔術も。
常人では視認すら難しい。
だが――
それに食らいついている者がいる。
シオンだ。
すべてを避けているわけではない。
だが、致命打だけは確実に回避している。
反応速度が異常だった。
「……あいつ、あそこまで動けたか」
サイラスが呟く。
周囲の団員たちも同じことを感じていた。
入隊試験での実力は知られている。
だが、ここまでとは思っていなかった。
「なぁ、あいつ……例の新人だろ?」
「ドラゴンに一撃入れたってやつか?」
「ベンダバール……だっけか」
「あぁ、確かそうだ」
「……あの名前、聞いたことあるな」
「前にいた【剛腕】と同じだろ?」
「……あぁ、あの人の息子か」
ざわめきが広がる。
シオンの父――ジゼル・ベンダバール。
かつて第五師団長を務め、士官学校の講師でもあった男。
多くの騎士を育て上げた人物。
ロイやユアンも、その教え子の一人だった。
強く、厳しく、だが面倒見がよかった。
誰からも慕われていた。
そして――
ユキにとっても、特別な存在だった。
彼女は幼い頃、外の世界をほとんど知らずに育った。
閉ざされた環境。
過保護な保護。
そんな彼女を外へ連れ出したのが、ジゼルだった。
剣を教えたのも、世界を見せたのも彼だ。
父のように慕っていた。
だが――
ある事件をきっかけに、彼は突然姿を消した。
国王からの追放。
理由は明かされていない。
その後、第五師団はロイが引き継いだ。
ユキは第六師団長へ。
順調な昇進だった。
だが同時に、彼女は変わった。
人を遠ざけるようになった。
執務室に鍵をかけ、誰も近づけない。
感情を見せなくなった。
――まるで、何かを切り離したかのように。
「……あの子が、また誰かと関わるとはな」
ロイが低く呟く。
「えぇ……」
サイラスも頷く。
「今回ばかりは、少し期待してしまいます」
視線の先。
激しくぶつかり合う二人。
「……変わるかもしれん」
ロイが言う。
「いや、変わってほしい、か」
その時。
ドンッ!!
鈍い音が響いた。
シオンが大きく吹き飛ばされ、壁へ叩きつけられる。
そのまま崩れ落ちた。
静寂が落ちる。
ユキが剣を収めた。
「……そこまで」
短く告げる。
それで終わりだった。
肩で息をするシオン。
満身創痍に近い。
だが――
致命傷はない。
それだけでも異常だった。
ロイが静かに拍手を送る。
サイラスも続く。
やがて、周囲からも拍手が広がった。
シオンはそこで初めて、自分たちが見られていたことに気づく。
「……っ」
少し気まずそうに視線を逸らした。
サイラスが歩み寄る。
「ユキ様。そろそろお戻りください」
「……」
「書類が溜まっています」
「……分かった」
短く返す。
タオルを受け取り、汗を拭う。
一方、ナーゲルはシオンの元へ。
「ほら、使え」
「ありがとうございます……」
息を整えながら受け取る。
その時。
「……ねぇ」
ユキが振り返る。
視線はシオンへ。
「なかなか魔法、出せないね」
少しだけ柔らかい声。
「はい……」
苦笑する。
「イメージ、ちゃんとしてる?」
「それが……」
言葉を選ぶ。
「見て真似してるつもりなんですが……上手く固まらなくて」
そこへロイが口を挟む。
「当たり前だ」
「え?」
「今のは避けるので精一杯だろ」
「……はい」
苦笑が深くなる。
「言っとくけど」
ユキが少しだけ眉を寄せる。
「本気で来ていいって言ったの、君だからね?」
「……すみません」
思わず頭を下げる。
少しだけ、空気が緩んだ。
サイラスが口を開く。
「君はまだ知識が足りないのだ。」
「はい」
「本を読むといい。それから基礎を入れる事を優先させるといい。」
「分かりました」
素直に頷く。
「じゃあ私は戻るけど…」
ユキが背を向ける。
「…何かあれば来て」
「はい!」
以前より、少しだけ距離が近い。
それでもまだ、踏み込むことはない。
その背中を見送りながら――
シオンは小さく息を吐いた。
一歩。
ほんの少しだけ、前に進んだ気がした。
その頃。
「ナーゲル」
「は、はい?」
ロイが肩に手を置く。
「暇そうだな」
「いえ全然!?」
「付き合え」
「え」
「修練だ」
「ちょっと待っ――」
そのまま引きずられていく。
誰も止めない。
助けを求めてシオンを見るが――
当の本人は、ぼんやりと空を見ていた。
「……風、か」
何かを掴みかけているような目。
ナーゲルは悟った。
――終わった。
「さよなら俺の平穏……」
小さく呟きながら、消えていった。




