第48話 鋼鉄と祈りの宴 ―Aランク豹団(レオパーズ・クルー)襲来!
ロスウェルの空が、昼なお曇る。
帝国西辺境の喧噪が、一瞬だけ、凍りついた。
冒険者ギルド・ロスウェル支部。
その重い扉が、ゆっくりと、しかし圧を込めて開かれた。
「――お久しぶりぃねぇ、リオナちゃん♡」
最初に入ってきたのは、豹の耳と尾を持つ獣人。
艶やかな金髪には豹柄のメッシュが彩り、髪がランプの光を受けるたび、金と闇が交錯し、まるで夜明け前の空のように揺らめく。
装備も豪華で、レア素材をふんだんにあしらった銀の鎧の上から、こちらも希少な魔物素材の深紅のマントを羽織っている。
その肉体は鋼のように鍛え抜かれ、しかし動作のすべてがしなやかで野生そのものの力強さを感じさせた。
彼の名は――レオパルド・ゴールド=レオン。
通称、《金の豹団》のリーダー。
Aランク冒険者にして、帝国屈指の実力を誇り、辺境伯爵領ギレスブイグの伝説級実力者。
ただし、その口調は――
「やぁん、リオナちゃん、また可愛くなったじゃなぁい♡ お兄さま泣いちゃうぅ!」
「れ、レオねきぃ!? ひさしぶりにゃ!!」
リオナがそれは嬉しそうに両手を振る。
尻尾も嬉しそうにぱたぱたと激しく揺れた。
「Aランク冒険者......レオねきぃ?……金の豹族?……あの見た目でおねぇキャラ……これはすごい属性渋滞だ……」
大河は思わず心の中で呟いた。
(いや、それにしてもAランクの圧すこ。スキルツリーの最上段に“存在感バフLvインフィニティ”とかあるだろこれ、兄貴じゃなくて姉貴呼びってことは、やっぱこれは、取り扱い要注意重大案件だな)
そしてレオパルドの後ろから、これまた濃さそうな仲間たちが次々と現れる。
筋骨隆々のドワーフ――バルド・グレンハンマー。
背丈こそ低いが、担いでいるハンマーは彼の身長の倍以上。
しかも、ただのハンマーではなく、刃と歯車が組み込まれ、内部で魔導機構が脈動している。こんなもので殴られたのなら秒で粉砕確定な凶器を軽々と担いでいる。
彼の口元が歪み、豪快な声がギルドを震わせた。
「ぬははっ! こやつが例の創造魔法使いか! タイガだな!? いい腕してそうじゃねぇか!」
「え、あ、はい! 腕は二本あります!」
「……それは、見りゃわかるにゃ」
「そこ! べたにつっこまない!」
笑いの渦の中、それまで灰色の雲が流れていたロスウェルの空からギルドの天窓を抜け、一筋の光がこぼれ落ちる。
光の中に立っていたのは、礼服のような純白の衣装に青の紋章が浮かぶ一人の少女。
黒の髪が陽光を受け、聖なる光を零した。
リュミナスが静かに歩み出る。
「……あなた方が、領都より来られたAランクパーティーの方々。――どうか、この地を……見守ってください……」
その声音は鐘の音のように柔らかく、祈りの余韻がギルド全体に染み渡る。
ざわめいていた冒険者たちの息が、ひとつ止まった。
――その中心で、金の豹を象徴する紋章が陽光にきらめく。
「まぁ……なんて美しい聖女様。あたし……惚れちゃいそう♡」
レオパルドが胸に手を当て、挑発的に笑う。
陽炎のような金の瞳が、聖女を試すように煌めいた。
その背後から、眼鏡の青年が静かに溜息をつく。
「団長、初対面で口説くのはやめてください。……相手は聖職者です」
サリヴァ=ミストレイ。豹団副リーダー、幻装魔導士。
指先には淡い蒼光の魔力が揺らめき、理知の風が漂う。
「いいじゃん、ちょっとくらい挨拶の代わりよ。ねぇ?」
「ねぇ?」と振られた相手、シェリル・グレイスウィンドがこれでもかと目を輝かせた。
緑髪を揺らし、リュミナスの裾をじぃっと見つめる。
「わぁぁぁ……! きれい……! 聖女さま、ふわふわしてるっ! 持って帰りたいっ!」
「シェリル、そういう発言もアウトです」
サリヴァが即座にツッコミを入れ、額に手を当てる。
その隣で、レオパルドとはタイプの異なる巨躯の獣人が腕を組んだまま、黙って頷いた。
銀灰の毛並み、獣の双眸――ガルム・ディルハート。豹団の拳闘士。
「……聖気、強い。いい光だ」
低く響く声に、リュミナスが小さく微笑む。
ギルドの空気が、ほんの一瞬だけ柔らかくなった。
陽光が差し込み、埃の粒がきらめく。
「……ふふ、皆さん。とても個性的ですね」
リュミナスの微笑みに、レオパルドが満足げに笑う。
「でしょ? これがあたしたち――《金の豹団》!」
背後で、サリヴァが呆れ半分、誇り半分で眼鏡を押し上げた。
「……それでも、ギレスブイグが誇るAランク。少しは格式を保ってください、団長」
「格式より情熱よね? ねぇ、リュミナスちゃん」
聖女は小さく首を振り、微笑む。
その笑みは、まるで黎明に射す光のように、すべてを包み込んでいた。
こうして、“聖女”と“金の豹”の邂逅が、静かに幕を開けた。
そして――
アーク(現在、人間体モード)が、そっと前へ出た。
金糸の髪がきらめき、淡く光る灰に青を帯びた金属色の瞳が豹団を正面から捉える。
「……測定完了。Aランク冒険者――個体戦闘力、Cランク平均ノ約二十倍」
ギルドの空気が、ぴたりと止まった。
「おぉ? なんだその分析的美女は!」
バルド・グレンハンマーが目をまん丸にして声を上げた。
分厚い腕で背中の巨大ハンマー《ギアクラッシュ》を軽く叩く。
「まさか……分析魔導士か? 頭脳派ってやつだな!」
アークの光の瞳が、淡々と瞬いた。
「……違ウ。私ハ……アーク。主ヲ守ル、守護機装兵」
機械のように正確な発音。
それでいて、不思議な温もりを帯びた声だった。
「……え、めっちゃカッコいいな!?」
バルドが思わず感嘆の声をあげる。
そこへ、レオパルドがにやりと笑って肩をすくめた。
「もぅ、バルドったら美女を見たらすぐ惚れる癖、治らないわねぇ?」
「いや違う! 職人としてな、この“構造美的魅力”に魂がどうしようもなく震えるんだよ!」
バルドが鼻息荒く語り出す。
「装甲と骨格のバランスが完璧だ! それにその光沢……金属じゃねぇ、もっともっと高次の素材だ!」
シェリルがきらきらした目でアークの手を掴む。
「わぁぁぁ! キラキラしてる~! 触ってもいい? 冷たいけどあったかい!かぁいい!!」
「シェリル、やめなさい。貴女がむやみに触ると分子構造が変化するかもしれません」
サリヴァがすかさずツッコミを入れ、額に手を当てた。
「……にしても、主を守る守護者とは。興味深い存在だ」
アークは淡く首を傾げる。
「貴方ハ……知性アル。理解ガ速イ」
サリヴァが微笑む。
「お褒めにあずかり光栄です――あなたこそ、ただの魔導騎兵ではなさそうですけどね」
リュミナスが一歩前に出て、優しく微笑む。
「アーク、皆さんは敵ではありません。安心して」
「了解――主ノ命令ヲ優先スル」
アークの目が一瞬、柔らかな光に変わる。
レオパルドが腕を組み、口笛を吹いた。
「うふっ……重装の守護騎士に、聖女と創造者のパーティーにリオナちゃん、って。すんごくワクワクする組み合わせじゃない♡」
「……油断、禁物。あの光、戦闘モードに入れば……灰獣など瞬殺されるほど速い」
空気がわずかに震え、互いの魔力が共鳴した。
それは、刃を交える前の――冒険者たち特有の“感覚の挨拶”。
そして、誰よりも早くバルドが笑った。
「ははっ! いいねぇ! こういう連中がいるんだから、世界は堪らなく面白ェ!」
ギルドの空気が一気に明るくなる。
笑いと光が交わるその中で、アークの瞳が小さく瞬いた。
「……解析結果、更新。“好意的関係”――登録完了」
ギルド全体がざわめく中、大河はひとり、内心でRPGのナレーションを思い浮かべていた。
(豹団Aランク……推定パーティー戦闘力S……これ絶対中ボス前イベントじゃん……! いや待て、今このテンポは“出会い”パート。次は共同依頼フラグ立つ流れ――!)
――その通り。
レオパルドが顎を上げ、妖艶に笑う。
「タイガ。あんたに興味があるの。伝説の厄災《灰滅竜グラウズ=ネメシス》――あたしたちのS級高難易度討伐依頼に、加わってみない?」
リオナが驚いたように振り向く。
「えっ、レオねきぃ、それって本気にゃ!?」
「もちろん♡ 本気も本気。だって――」
レオパルドは片手で大河の肩を軽く叩き、猫のような笑みを浮かべ目を細めた。
「――あなたの“創造”は、もはや奇跡の領域よ。神の代わりに形を与える者。そんな色男、放っておけないじゃない......ねぇ?」
ギルドの空気が、少し震えた。
リュミナスは静かに目を閉じ、祈るように呟く。
「……創造とは、赦し。赦しとは、また……祈りの形。タイガの道に……新たなる導きが、訪れますように――」
そして――
リオナがぴょんと立ち上がった。
「決まりにゃ! 行くにゃ、お兄にゃん! おねぇ豹とガチムチドワーフ、インテリメガネ、かわぃかわぃ姉、ガルにきとあたし達TIGER GATEの合同、大冒険にゃーっ!」
ギルド中に笑いと興奮が溢れた。
まるで、宴のように。
――鋼鉄と祈りと笑顔が、混ざり合う瞬間。
それが、後に語られる。
“鋼鉄と祈りの協奏曲”の幕開けであった。




