第44話【後半】 きゃんにぃ、スイーツ王になる!? ~恋する犬耳と創造厨房バトル~
両チームが誇る究極のスイーツも完成し、試食の時間となった。
審査の鐘が鳴る。
会場全体が静まり返った。
審査席の中央に立つのは――
錬金ギルドマスター、クラウン・ヴェルドール。
金の髪をなびかせ、その眼差しはまるで“味覚の王”。
マントのように長い金髪が、照明の光を受けて煌めく。
「……ふむ。まずは、領都チーム《セレスティア・スイーツ》の《グラン・ミルフェイユ》から審査しよう」
観客が息をのむ。
クラウンが一歩前に出ると、周囲の空気がピンと張り詰めた。
リオナがそっと囁く。
「お兄にゃん……観たことないけど、まるで空気が“料理アニメ最終決戦”のやつに思うにゃ」
「イメージはまさにそれだな……あの人、審査前からBGM鳴ってる気がする」
クラウンがフォークを取り上げ、軽やかにケーキへと差し込む。
層の崩れがない。完璧な焼き。完璧な重ね。完璧な香り。
彼の背後で、黄金の魔法陣がゆっくりと展開される。
それは錬金審査補助術式味覚、魔力、そして“心象波”を同時に読み取るギルド公認の究極審査魔法。
「では――いただこう。《貴族の叡智》の結晶を」
一口。
静寂。
クラウンの瞳が細められる。
やがて、口を開いた。
「……美しい。まるで調律された音楽だ。香り、甘味、酸味、食感、そして後味――すべてが均衡を保ち、“美”を体現している。これは“味の芸術”。まさしく、《セレスティア》の名を冠するにふさわしい完成度だ」
観客からどよめきが上がる。
領都チームが胸を張る。
ミルフェ=ド=ラクリームが微笑んだ。
「ありがとうございます。私たちは“完璧”を追求しました」
クラウンが頷く。
「だが――」
その一言に、会場が再び静まる。
「完璧は、時に“無機”となる。この甘味には欠点がない。だが……“温度”が、感じられぬのだ」
その言葉に、ミルフェのまつげが微かに揺れる。
クラウンはフォークを置き、深く息を吐いた。
「さて。次は――猫耳商会チームの番だ」
◆ 審査の刻・後半(創造の奇跡)
クラウンが再び立ち上がる。
観客のざわめきの中、金髪が風を受けて揺れた。
「我が舌、再起動!次は、君たちの“祈りの味”を確かめさせてもらおう」
冒険者ギルマスが「出たな……演出王」と呟く。
リオナが小声で「毎回やるにゃ」と言い、タイガが「もはや伝統芸だな」と返す。
クラウンの背後に、再び魔法陣が浮かぶ。
今度は金ではなく、温かな琥珀色の光。
それは――感情波解析術式。
「――では、いただこう。祈りと創造の融合、《TIGER MIX・Ver.SWEET!》とやらを!」
フォークがゆっくりとケーキを刺す。
とろける層の間から、光が――漏れた。
まるで“記憶”そのものが溶け出すように。
次の瞬間、クラウンの全身が金色のオーラに包まれた。
「な……っ!? 髪が、また輝いてるにゃ!?」
「毛根、共鳴反応。聖女波長ト一致」
「もはや科学敗北案件だろ!」
クラウンの手が震える。
瞳が潤み、口を開く。
「――この味……!! まるで!!」
金色の閃光が走る。
背後に聖なる竪琴の音が鳴り響く(※本人演出)
「“創造の奇跡”が舌で踊っておるぅぅぅぅぅぅッッ!!!」
会場が笑いと拍手に包まれる。
マッチョドワーフギルマスがひげを揺らして笑う。
「こいつぁ完全に発毛級衝撃だな!!」
「比喩が濃いにゃ!!」
クラウンは涙を拭い、胸に手を当てる。
「これはただの甘味ではない……“魂のリジェネ”だ!食べた者を癒し、心を蘇らせ、笑顔を創造する。まさに《創造ポーション・Ω》のスイーツ版ッ!!!」
その瞬間、観客が一斉に歓声を上げる。
リュミナスが目を閉じ、祈りの言葉を重ねた。
「……食べる者の笑顔。それもまた、神の祝福ですね」
子供たちが歓声を上げる。
「すごい! あったかい味がする!」
「食べたら心がふわふわする~!」
クラウンが立ち上がり、金の髪を翻す。
「勝者――猫耳商会チームッ!!!」
歓声が爆発した。
リオナが尻尾を振りながら跳ね、タイガが拳を掲げる。
「異世界クラフト部門、スイーツ戦線も制覇ぁぁぁ!!」
アークが淡々と告げる。
「主、糖分摂取率上昇。幸福値:最大」
リュミナスが微笑んで小さく頷いた。
「……笑顔は、世界を創る魔法ですから」
金の光と甘い香りが、ロスウェルの空に広がった。
◆領都の“スイーツ貴族”、ひと匙の敗北
歓声の中、ミルフェ=ド=ラクリームは静かに立ち上がった。
彼女の表情は悔しさに歪んでいたが、瞳の奥には――どこか清らかな光があった。
「……ふふ、負け、ね。まさか領都の看板を背負ってきて、地方の小商会に敗れるとは思わなかったわ」
そう言って、自ら《TIGER MIX・Ver.SWEET!》を一口すくい、口に運んだ。
――瞬間。
瞳がわずかに見開かれる。
それは“味”を超えた、“記憶”への衝撃だった。
「……この味……人の温度がある。理屈じゃない、“想い”で作られた……そんな味、初めて食べたわ」
リュミナスが静かに微笑んだ。
「それは、彼が創造した“祈りの味”です。人を想う心が、魔法を超えることもある」
ミルフェは一瞬だけ目を伏せ、そして――ゆっくりと笑った。
その笑みは、戦う者のものだった。
「……なるほど、納得したわ。私の“完璧”には、あなたたちの“温かさ”がなかったのね。次に会う時は、その差を埋めてみせる。領都の誇りにかけて!」
彼女はくるりと踵を返し、観客に向かって優雅に一礼した。
「ロスウェルの人々よ、今日の勝者を称えなさい。甘味とは、心を満たす芸術。――私も、もっと“人を笑顔にできる菓子職人”になるわ」
その背中を、観客が自然と拍手で送り出す。
タイガが腕を組みながら、ぽつりと呟いた。
「……いいライバルができたな」
リオナがにゃっと笑う。
「にゃふふ、次の大会も楽しみだにゃ!」
メラニーは胸の奥が熱くなっていた。
勝ち負けじゃなく、“誰かを笑顔にしたい”って気持ちが――
こんなにもまぶしく見えたのは、初めてだった。
◆恋する犬耳、決意する
試合後。
工房に戻ったメラニーは、片付けをしながらそっとため息をついた。
「……やっぱり、きゃんにぃって、すごいきゃん。でも、リュミナス様も、リオナ姉ちゃんも、みんな強くて優しくて……」
胸の奥がきゅっとなる。
何の感情か、自分でもよくわからない。
でも――確かに、嬉しくて、少し切ない。
そこにタイガがやってきた。
「お疲れ、メラニー。今日のトッピング、完璧だったぞ」
「え、あ、ありがとうきゃんにぃ!」
「お前の“仕上げ”がなかったら勝てなかった。だから……これ、チョコひとつ、お礼」
そう言って差し出されたのは、彼の手作りチョコ。
ちょっと歪で、不器用な形。
でも――温かかった。
「……これ、特別きゃん?」
「もちろん。“創造チョコ・No.001:見習いメラニー専用モデル”だ」
「な、名前まであるの!? きゃんにぃぃぃ!!」
顔が真っ赤になって、尻尾がばたばた動く。
リオナが奥からにやにや顔で覗いていた。
「おにゃーん、アオハルにゃぁ~」
「見てないで片付け手伝ってきゃん!!!」
その夜。
メラニーはチョコを両手で抱えながら、窓の外の月を見上げた。
「……きゃんにぃ、わたし、もっとがんばるきゃん。いつか胸を張って、“あなたの助手”って言えるように――」
月明かりに照らされた犬耳が、ふわりと揺れた。
甘くて、少し切ない夜の風が、ロスウェルの街を包み込んでいた。




