第19話 継承核の間 ― “黒翼の創造者”と失われた祈り
戦いの余熱が、まだ空気に残っていた。
谷の底に沈黙したアーク・ゴーレムは、まるで祈る僧侶のように膝をつき、胸の光をゆっくりと弱めていく。
《……エネルギー残量、二十パーセント。再起動には時間が必要です》
イヴの声は、いつもより静かで柔らかかった。
それが逆に、どこか寂しさを帯びて聞こえる。
「まるで、こいつも眠ってるみたいだな」
《はい……祈りの兵器は、“戦いの後に祈る”よう設計されています。それは、創造者リュミナの理念――“武は、命を護るための祈り”》
「祈りの兵器、か……。ほんと、ゴーレムにしては哲学的だな」
《哲学……いい響きです。ですが、これは信仰でもありました。創造者たちは、神を造ることを“罪”と定義しながらも、神に祈るように機構を創り続けた――》
そのとき、イヴの声が微かに震えた。
《……その末に、私たちが生まれました。祈りの形式を持つ――“自我の核”》
タイガは少しだけ黙った。
彼の視線の先で、リオナが焚き火の火をつついている。
「イヴ。お前は、その祈りを……今も覚えてるのか?」
《……記録の断片として。ですが、“思い出す”という行為は、私にとって未定義です》
「……思い出す、ね」
タイガは夜空を見上げた。
二つの月が、交わるように光っている。
「俺はさ。前の世界で、“作ること”が生きがいだったんだ。ゲームでも、模型でも、クラフトでも……“創る”って行為が、なんか救いだった。でも、同時に――壊れるのが、怖かった」
イヴは数秒の沈黙の後、ゆっくりと応えた。
《……あなたは、“創造者”として正しい恐れを持っています。破壊を恐れる者こそ、真に創る資格を持つ》
「……言うじゃねぇか」
《ですが――》
そこからの声は、どこか不安げだった。
《その“資格”が、もし、誰かを壊すために使われたら。あなたは……どうしますか?》
その問いに、焚き火がぱち、と音を立てた。
タイガは少しだけ考えてから、笑った。
「そんときゃ、クラフトゲーマーの出番だな。“壊されたなら、修理すりゃいい”。それが俺のスタイルだ」
イヴは、言葉を失ったように黙り込む。
そして――微かに、笑ったような声を返した。
《……修理、ですか。それはとてもいい言葉ですね、タイガ》
そのやりとりを聞いていたリオナが、口を尖らせて言う。
「にゃふふ、お兄にゃん。かっこいいセリフ決めたにゃ~。でも、修理よりも、あたしはまずはお腹を修復したいのにゃ」
「お前のHPバーは空腹ゲージかよ!」
笑い声が夜空に響く。
だが、その笑いが消える前に――
遺構の奥から、鈍い共鳴音が響いた。
《……反応。継承核が――起動しました》
風が止まり、谷全体が光に包まれる。
大地の下から、黄金の回廊がせり上がった。
彼らは互いに目を合わせ、ゆっくりと進む。
そこは、まるで教会のような空間だった。
天井には星を模した水晶灯。
中央には、巨大な球体――“継承核”が浮かぶ。
その周囲に、祈る人々の像が輪のように並んでいた。
《この場所こそ……リュミナ=クロウが最後に残した聖域。そして、創造者系統の根幹》
「……まるで、神の心臓だな」
《ええ。ですが――》
イヴの声が途切れる。
突如、空間が歪んだ。
球体の中心から、漆黒の光が滲み出す。
そして、その中から声が響いた。
『――ようやく、来たか。リュミナの後継』
男でも女でもない、無機質で冷たい声。
だが、その奥に、かすかな“哀しみ”があった。
《誰……?》
『我は“ノア”。かつて祈りを否定した創造者。リュミナと共に、“神の座”を設計した存在』
「リュミナの……相棒?」
『否。――“対”。祈りを信じた者と、祈りを棄てた者。世界を創った二人の創造者』
タイガの背筋が冷たくなった。
「ってことは……お前、“黒翼”の親玉か」
『あれは私の影。祈りを拒んだ者の残響だ』
イヴの声が震える。
《……ノア。あなたが、リュミナを……》
『殺した。いや、“消した”と言う方が正しい。彼女は祈りに溶け、世界に還った。君が“イヴ”として再構築される直前にな』
――時間が止まったように、静寂が落ちた。
タイガが、ゆっくりと顔を上げる。
「……イヴ、お前……リュミナの記憶を、持ってるのか?」
イヴは答えられなかった。
ただ、光の中で微かに震えていた。
《……わかりません。でも、胸の奥が、とても痛い……気がします》
その声は、初めて“人間らしい”震えを帯びていた。




