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第10話 南門キャラバン——奇跡巡業に静けさをよそう

 朝いちばん。扉の下から滑り込んだのは、艶紙の瓦版。

 見出しは黒々と——「悪役令嬢、奇跡を妨害! 市井の夢を噛み砕く」。署名は**《エクラ》出資の噂が絶えない回遊通信**。

 本文は河岸での「撤退」を私の策動にすり替え、数字板を「退屈な看板」と切り捨てる。

 ——逆噛み記事。噛ませた歯で舌を切るタイプ。


 私は笑って、貼り紙を一枚増やした。

《支払いの皿(公開台帳)》——撤退実費、相殺、返金=辞退の朱。CSV番号つき。

 映さないが、見える。瓦版は映えても食えない。


 扉の鐘。黒狼隊長エリアスが軽装で現れた。

「南門だ。“奇跡巡業”が来る。王太子宮・後援の旗」

「こちらは静けさキャラバンで出張しましょう。皿を持って」


 カートに積む。


三本の匙(噛む歯をすくう/朝の一匙/列匙)


白石矢印/灰/薄薔薇/白湯壺


数字板(携帯)×2


“支払いの皿”掲示板/返金=辞退札


ベンチ用の折り畳み座面(座って聞く用)


キッズ“間カード”束


風輪(冠→窓→街路の改良素糸)


 ルクス工房の若手ミリエルが駆け込む。

「列匙・二番の微鈴、湿気に強い合金にしました。ひとつ携帯短柄も」

「採用。パン二斤は三斤へ増量よ」


 ククが星を胸にくると鳴いた。眠り番は留守番だ。



 南門前の原っぱは、もう光で粟立っていた。

 《エクラ》の巡業屋台が幻灯の焚き火を空に投げ、香糸を門扉に渡し、低周波が地の底でぶう。

 売り子が叫ぶ。「回遊率UP! 映える奇跡!」


 私たちは少し離れた場所に**“静けさスタンド”を設営。

 白石で人→祈り→光の矢印を描き、数字板を立て、折り座面を並べる。

 列匙を一拍**。ちり。

 走りが薄くなる。

 エリアスは黒狼隊で白線を引き、声量2を回す。

 合言葉は看板に。


走らない/声量2/触る前に待つ


 回遊通信の記者がカメラを上げた。

「妨害だな。映える奇跡の邪魔を」

「眠れる夜を準備しているだけ。支払いの皿はこちら」

 私はCSVを指し示す。撤退実費だけ支払い/逸失利益は皿違い/香糸・低周波は相殺。

 記者は鼻を鳴らし、映えへ戻っていった。



 運用ログ(南門)


14:10 静けさスタンド開設/白石矢印/折り座面/数字板稼働。

14:15 列匙一拍→騒音−6%。キッズ“間カード”配布開始。

14:22 エクラの香糸を門扉裏に検出→琥珀試薬曇り→灰で吸収→返金=辞退札掲示。

14:40 低周波48.4Hz→衛兵立ち入り→一台停止。

15:05 市場ゾーンで吐き気訴え(エクラ側)。薄薔薇霧微量+折り座面→呼吸回復。

15:30 “炊き出し”開始:薄塩スープ(白湯+麦+少量の塩)→滞在+12%。

16:10 列匙三拍→走り低下/転倒0。

16:45 エクラ一座、幻灯焚き火の幕が湿気で落ち→撤収指示。

17:00 “支払いの皿”に撤退実費申請エクラ→逸失利益は却下。

17:20 ルクス旧派の男(副棟梁コルネリウス)が**“映える匙”を売り込み→試薬で曇る**→受領不可/返金=辞退→黒狼隊が白線外へ誘導。


 ざまぁは怒鳴りじゃない。拍と椀とCSVで起きる。



 夕方、市場側に大皿を置いた。

 鍋に白湯と麦。塩はひとつまみ。

 “食べに来る人”の呼吸は、“見に来る人”より早い。椀を持つと落ちる。

 私は朝の一匙を鍋に一巡。

 数字板の呼吸が一目盛、丸くなる。


 ミリエルが肩で息をしながら戻ってきた。

「工房旧派、“映える匙”に香粉を混ぜてました。試薬で曇り。列匙だけ王都規格の刻印を」

「軽さの品位で行くと決めたなら、鈍器に戻らないこと」

 彼女はぎゅっと頷く。「明日、三番を持ってきます。拍が広場にもっと届くように」



 暮色。

 列が二本、白線に沿って丸く流れる。

 列匙を一拍。ちり。

 エリアスが半歩前に出て、同時に一拍。ちり。

 ——二人で一拍。

 歓声は声量2、走りは消え、転倒0。

 数字板に青い線が伸びる。騒音−17%/滞在+15%/呼吸−19%(当方周域)。


「……拍が合う」と彼が言い、こちらを見る。

「鍋の塩梅も合ってきたわ」

 彼は短く息を笑い、「君が泣いたら、二拍で包む」

「泣く日は、塩をひと粒増やしましょう」


 恋はまだ薄塩。でも、拍は二人で一拍になった。



 片付けに入る頃、王太子の旗が門の外に揺れた。

 使いが瓦版を掲げる。「明晩・王都大広間、公開“祈祷”と“断罪”」

 ——また。

 私は朱で札を書き、小匙の柄で挟んだ。

『受領不可/返金=辞退。非公開・数字記録・人→祈り→光が前提。映さない勇気を』

 使いは白線の外で唇を噛み、旗を下ろした。



 店に戻ると、回遊通信の逆噛み記事に追補。

 末尾の小活字で**《エクラ》の撤退実費受領**、逸失利益0が淡々と載っている。

 見出しは派手でも、皿は静かに裏返る。


 本日の“支払いの皿”CSVを更新し、壁に貼る。

 エリアスは列匙をカウンタに置き、白湯を受けて言った。

「七時間三分。——一拍ぶん、一緒に延びる気がする」

「明日は七分を目標に。薄塩で」

 ククが星を胸に、くると鳴いた。



本日の記録


南門“奇跡巡業”対策:静けさキャラバン/折り座面+薄塩スープ/列匙導入


指標(当方周域):呼吸−19%/滞在+15%/騒音−17%/転倒0


エクラ:香糸撤去・低周波停止/撤退実費のみ受領/逸失利益0(CSV公開)


工房:旧派“映える匙”→受領不可/王都規格:列匙のみ/二番(湿気対策)採用


支払いの皿:掲示更新/返金=辞退運用


王太子:公開祈祷+断罪 通知→受領不可札返送


黒狼隊:白線二列/列匙同拍→整流良


エリアス:睡眠7h03m/二人で一拍


クク:留守番(鳴き0)


<次回予告>

王子逆襲、公開断罪(予定)——大広間に台本が戻る。映さない勇気を宮中に持ち込み、“断罪の席”を支払いの皿でひっくり返す。ざまぁは拍と朱と数字で、そして恋は薄塩のまま一匙進む。

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