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シールディザイアー ~双世の精霊術師、遙か高嶺に手を伸ばし~  作者: プロエトス
第二部: 君の面影を求め往く - 第二章: 新進気鋭の男爵家にて
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第七十六話: 男の執心、少年の仮面

 前世の僕――白埜松悟(しらの しょうご)は、生後まもなく乳すら満足に貰えぬまま育児放棄されていたらしい。

 善意による通報者のお(かげ)でかろうじて餓死寸前の状況から救い出されたものの、結局のところ引き取り手は現れず、乳児園を経て児童養護施設へ入所することになったのだと聞いている。

 以来、実の両親には一度たりと会うことなく、どちらも顔どころか名前すら知らない。


 お世話になっていた施設は、後に教師として勤めることになる学園と母体を同じくしており、宗教色の感じられる行事が多い点さえ除けば世間一般でイメージされがちな思想教育などもなく、(おおむ)ねのところ大らかに育ててもらったと思う。

 少なくとも衣食住には一度たりと不自由せず、そのことは控えめに言っても感謝しかない。


 しかし、物心が付き、外の世界を知れば鈍い僕にだって多少は分かってくる。


 それらは、なべて人々が()()とする“家族”の在り様とは決定的に異なるものなのだと。


 中学卒業を機に施設を自主退所し、自立支援や奨学金といった制度を頼りに高校・大学にまで進学してからも、その考えは一人暮らしの無聊(ぶりょう)を感じる()とした隙に忍び込んできた。


 世間(せけん)の大多数の他人(ひと)には()って当たり前の、されど僕にとってはもはや知りうるべくもない、愛憎どちらとも名状(なざ)(がた)き“家族”という普遍的概念……。


『良くも悪くも、それは永遠の未知だと感じられたんだ』



 この異世界で生まれ直した僕の記憶は、小さく(まき)()ぜる音がする暖かな部屋から始まる。


 もう、よくは覚えていない、ただひたすらに寒くて苦しいばかりだった雪山から解き放たれ、目覚めてみれば赤子の姿で()(かご)の中、ふわふわとして回らない頭、まるで意のままにならない身体(からだ)……(かたわ)らにあるべきひとの影もなく、抑えきれない感情だけに支配されていた。


「かわいい……(わたくし)の赤ちゃん。うふふ、あまり乱暴にしないでくださいね、テオ」

「よしよし、俺に似て丈夫そうな息子じゃないか! ハッハ! でかしたぞ、ユーニ!」

「にゅふふ、これがおとーと(ヽヽヽヽ)なの。あたしがおねーさま(ヽヽヽヽヽ)でしゅよう」


 あのとき、掛けられた声や抱かれた腕の感触を今でもはっきりと思い出せる。

 マティオロ氏の頼もしさ、トゥーニヤさんの優しさ、純粋な限りなき愛情――家族愛。


 ようやく知ることができたソレ。

 そのまま何も気付かぬ振りで(ひた)っていけたら、どれほど幸せだったろう。


 けれども、僕は思う。……思ってしまう。

 本当に、自分のような者がここに居てもいいのか。

 果たして、自分に彼らの愛情を受けるべき資格があるのか、と。


 転生といういかさま(チート)(もっ)て、異なる世界の知識に(もと)づくありえない人格を生得(しょうとく)した第三者が、純真無垢な新生児シェガロがための(ぬく)もりを収奪せしめているという罪悪感は(ぬぐ)えない。


 いや、実在の神に導かれ生まれ変わったのだから、この身こそ元より自分自身である!


 ……と、開き直ったとて、僕を赤子と信じて疑わない夫婦に対して申し開きはできまい。


 こう見えて貴方方(あなたがた)よりも年上の異世界人です。今後とも変わらぬ愛護をよろしく願います!


 ……おいおい、流石(さすが)に冗談では済まない。不審どころか不気味。あまりに申し訳なさ過ぎる。


 ()くなる上は、この事実を墓の下までひた隠し、子どもとしての振る舞いを徹底しなければと堅く心に誓った僕なのだ。そう、そのはずだった。



 が、幼き日の誓いも(むな)しく、場面は今このときへと至り……。


「僕は、この世界の人間じゃないん……です、皆さんが思っているような子どもでもない」


 ニルヴィシアの民として新たな生を受けて以来、ずっと心の底で後ろめたく思っていたことを巫女(みこ)ミャアマに指摘され、遂にこの重大な秘密が家族全員に向けて明かされたのである。


――シェガロお坊ちゃま、アナタは本当にシェガロお坊ちゃまで合ってます? どっかの誰かに操られていたり……まさか変な物に()かれちゃいませんよね?


『ハハ……ハァ、あまりにも(まと)を射た詰問(きつもん)だったな』


 何かと不器用な僕だ。この世界の幼児として上手(うま)く振る舞えていたなんて自惚(うぬぼ)れてはいない。

 だからといって、こんな形で暴かれてしまうとはまったくの想定外だ。


「ぐぬ、まさか、俺の一人息子が――」

「ああっ、ショーゴちゃん……そんな……」

「「…………」」

「え? え? なに? なんなの、パパ、ママ?」


 いつの間にか、僕の手を握っていた双子たちはマティオロ氏とトゥーニヤさんの(もと)へと離脱を果たしていた。事態を飲み込めていないのか、クリスタ嬢の方は未だ隣にいてくれているも。


 周りを見渡せば、向けられる目に浮かぶは当然ながら(いぶか)しげな不審の色ばかりである。


「実は、生まれる前、違う人生の記憶があって……(みんな)、さぞ気持ちが悪いでしょうね。こんな、赤の他人が、今まで、平然と家族面しながら同じ屋根の下で暮らしていたなんて。でも、どうか、信じてください! 僕は、決して貴方(あなた)たちに迷惑を掛けるつもりではなく――」


『いいや、彼らにどう思われようと甘んじて受け入れよう。それだけのことを僕は――』


 言いつつも、それ以上、皆の顔を見ていられず、僕は目を()らし項垂(うなだ)れてしまう。

 ぐちゃぐちゃに乱れる感情が押し上げていく涙の水位は、もはや()き止めきれそうにない。


 なんという(てい)たらく、いい大人がみっともない。


 グイ! そこで強く手を引かれる。


「んん? な――あだぁっ!」

「このっ! さっきから、何を一人で納得してわけわかんねえこと言ってんですのっ! よっ!」


――ゴッ! ドゴォ! すパカーン!


 エルボー! ボディブロー! アッパーカット! 繋いでいた手を振りほどき(ざま)電光石火(でんこうせっか)の三段攻撃を繰り出したクリスタ嬢は、僕の肩口、鳩尾(みぞおち)(あご)を流れるように連続で打ち抜いた。


 そして、そのまま仰向けに倒れた僕の腹上に(またが)り、ごすごすと殴りつけてくる。


「黙って聞いてれば、ほんとは年上だから偉いだの、もう弟じゃないだのと! 何様ですの!」

「ま、ちょっ、そ、そんなこっ、言ってな――」


 少女の力なので意外と痛くはない、されど十分に効く理不尽な暴力が襲い掛かる。

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― 新着の感想 ―
孤児という過去があっては、なかなか自己肯定感をあげるのは難しそうですね。 子供を持つ身としては、自分のお腹を痛めて産んだ子が、実は前世の記憶を持っていると思いうのは、もちろん衝撃ではあります。 で…
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