93話 勇者という称号(3)
迎撃してきたのはダイアウルフたちだ。三匹の狼が俊敏に三方に別れ、レインの左右と前から同時に襲いかかる。常に群れで戦うこの魔物は、何よりも巧みな連携が得意なところが厄介だ。銀級冒険者でも足下を掬われることがままある。
だが召喚変身して紅炎の剣士となったレインには無意味だ。立ち止まらずスヴァローグを振るい、正面の一匹を切り裂く。すると左右のダイアウルフがレインに噛みついた。右側が腕に。左側が足に。
しかしレインは動じない。防具のおかげで負傷はしていなかった。剣を強く握り締めると、身体が熱を持ち、やがて炎を噴出して噛みついたダイアウルフ二匹を燃やし尽くす。
大した芸当ではない。プロミネンスブレイザーでやっている炎を纏い、同化する技術を少し応用しただけだ。この程度の火力ならレインでも火傷を負わず制御できるようだ。
実戦で得た経験は無駄になっていない。カルパヴリクシャ戦とサティエンドラ戦では全力で使ってほぼ自滅状態だったが、どこまでなら無事か少しだけコツのようなものを掴めてきた気がする。
残りのダイアウルフはレインとの戦いを嫌がったのかアンジュとモーランの方へと向かった。残るはワーウルフたちだが、獰猛な牙を剥きだして恐れることなくレインと戦う気のようだ。
このコールランド聖王国は厳しい環境の土地だ。環境が厳しいからこそ、生息する魔物も他の土地より強く育つ。気がする。色々な国でワーウルフと戦ったが、この土地の人狼がもっとも勇敢かもしれない。
五対一。数の上で不利なのはレインの方だ。レインは大剣を構え直して待ちの姿勢だ。大剣スヴァローグは当てればほぼ一撃必殺となる炎の剣だが、大剣という都合上、どうしても大振りで隙が生まれやすい。倒せても負傷する可能性がある。この後に魔族との戦いが控えていることを考えれば、無駄な消耗は避けるべきだ。
ワーウルフたちが先に動いた。二体が前衛として横に並び、一体が中衛としてその後ろ、残りの二体が後衛として最後尾に。何か策があってその陣形なのだろう。ならば受けて立つのみ。レインは横一文字にスヴァローグを振るって三日月状の炎の刃を飛ばした。炎の斬撃、エリュトロンザンバーである。
その威力は凄まじく、大抵のものなら真っ二つに溶断する。通常のワーウルフの肉体なら五体纏めて真っ二つにできるだろう。が、その考えはレインの甘い見通しだった。中衛のワーウルフが手をかざすと氷の壁が生まれた。氷魔法だ。炎の斬撃は氷の壁を切り裂き、前衛のうち一体に命中したがもう一体には避けられてしまった。氷の壁のせいで威力が減衰し、中衛と後衛は無傷である。
「ガァァァァァァッ!!」
仕留め損ねた前衛のもう一体が側面から肉薄する。レインはそれに素早く対応し、大剣で斬った。致命傷を与えたはずだが、ワーウルフは最後の力で振り解かれないよう、大剣にしがみつく。そこに中衛の一体が突撃してきた。レインは片手を離すと召喚魔法でレイピアを呼び出し、中衛のワーウルフの眉間を突く。即死した中衛が地面を転がった。
そして後衛の二体が飛び込んでくる。こいつらが本命なのだろう。しがみつかれて大剣を使えず、片手はレイピアで埋まっている。この隙を生むための布陣だったというわけだ。それでもまだレインには武器が残っている。足だ。
「はぁっ!!」
飛び込んでくる一体に飛び蹴りを食らわせ、頭を叩き潰す。紅炎の剣士に召喚変身している間は、筋力が大幅に強化されている。ただの体術でさえも強力な武器となるのだ。最後の一体は面食らったのか攻撃は空を切った。
着地したレインはすぐさま反転して残るワーウルフに拳を叩きこむ。これで五体、少し手こずってしまったが全て倒すことができた。勇敢なだけではない。普通のワーウルフよりも遥かに強い五体だった。
アンジュとモーランの方もちょうどダイアウルフをすべて倒したらしかった。アンジュは流麗な剣技で次々とダイアウルフを斬り倒し、モーランは炎魔法によってダイアウルフを寄せつけることなく燃やし尽くした。追加の魔物も現れない様子なので、これで配下の魔物は全部倒したのだろう。
「やれやれ……私が育てた魔物たちをこうも容易く全滅させるとは。また育てるのが面倒ではないか」
城の中から声がした。城の窓が開け放たれ、バルコニーに人影が現れる。見慣れない服装の、美しい女性だった。あれは東の果ての島国に住まう人々が着るという、和服というやつだろう。和服は白と青で彩られ、雅な雰囲気を漂わせている。頭に角がなければ魔族と分かるまい。
「お前たち。ここが偉大な魔族、氷結麗姫フェルミオンの居城と知っての狼藉であろうな」
凍てつくような殺気が滲んでいる。今まで戦ってきた魔族とはまた異なる種類の殺気だ。フェルミオンはふわりと宙に浮かぶと、バルコニーを離れて中庭に降り立った。
「村から子どもを何人も攫ったって聞いてる。お前を倒して子どもたちは返してもらうぞ!」
ワーウルフの死体から大剣を引き抜き、両手で握り締めて構える。フェルミオンは扇子を取り出して口元を隠すと、くすくす笑った。
「そんなことで私と戦うのか? 面白い奴だな。貧しい村で一生を終えるより、私に育てられた方がよほど幸福だと思うがな」
「育てる……だって? 人間の子どもを……魔族が?」
「そうだとも。私の母性は深いのだ。人間の子どもは可愛いから、目に入れても痛くない。私なりに愛している。お前も10歳ほど若ければ私が育ててやったのに」
言っている意味がよく分からなかった。魔族がなぜそんなことをする必要がある。と思っていると、モーランが口を挟んだ。
「レイン君、聞き流しておくのじゃ。フェルミオンは子どもを攫って玩具のように扱う。そしてある程度まで成長すると殺すのじゃ」
「人聞きの悪い言い方をするな、老いぼれ。私の氷魔法でその『美』を永久保存しているだけだ。人間は魔族と違って不老ではないからな。人間は12歳を過ぎると途端に醜くなる。まあ、そうであるがゆえに美しいのだが……ふふふ」
アンジュがめずらしく険しい表情で言った。
「……なんと罪深い魔族なのでしょう。レイン様、この魔族は放っておけません。あまりに悪趣味です」
「いずれにせよ討伐するのが依頼だ。フェルミオン……悪いけど、覚悟してもらう」
「馬鹿が。お前たちごときに私が殺せるか。話に付き合っているのは人間などいつでも好きにできるからだ!」
瞬間、吹雪が吹き荒れた。氷魔法であるのは間違いない。レインは大剣を地面に突き刺し、魔力を込めた。前方に炎の壁が生まれて吹雪を防ぐ。簡易的な防御だがただの吹雪ではないだろう。凍結剣グラキエスのように、触れたら氷漬けになる可能性がある。
「ふふふ。愚かだな。その程度の炎の壁で私のヘブンズブリザードが防げるものか!!」
フェルミオンの怒声は大言壮語ではなかった。吹雪を浴びた炎の壁が徐々に凍りついている。炎をも凍結させる特殊な吹雪。このままでは防御を突破される。そう思った矢先、モーランが杖を炎の壁にかざすと、再び炎の壁が勢いを取り戻した。これでまだしばらくやり過ごせそうだ。
「モーランさん! ありがとうございます!」
「付与魔法のちょっとした応用じゃよ。魔法剣が放つ魔法の効力を強化した。儂の得意魔法が炎魔法で良かったわい」
「しかし……レイン様、このままでは防戦一方で反撃の手段が限られます。どういたしますか?」
「その女の言う通りだ。私が攻撃の手を緩めるわけなかろう!」
吹雪に混じって何かが飛んできた。氷柱だ。鋭い槍のような氷柱が飛んでくる。氷魔法のひとつ、フロストジャベリンである。炎の壁を維持するためにスヴァローグを使っているので、素手で迎撃するしかない。レインはガントレットで咄嗟に弾いたが、すぐに二発目、三発目と飛んでくる。
そこでアンジュが一歩前に飛び出して、剣でフロストジャベリンを次々と斬り落とした。炎の壁を貫通してくる氷の槍を正確に見切り、角度を計算し、そして弾き飛ばす。凄まじい剣の技量が無ければできない芸当だ。
だがそれでも、アンジュの指摘に対する根本的な解決にはなっていない。反撃しなければジリジリ追い詰められてこちらが負ける。レインの頭に浮かぶ打開策はひとつだけだった。未完成の奥義、プロミネンスブレイザーを使うしかない。




