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9話 トロール退治(4)

 レインとクルツ、そしてフラン。二人の銀級冒険者と、フランくらいの実力者が三人いれば、正面から挑んでもトロール一体に負けることはない。ただトロールは確認できるだけで五体。総数は六体だ。そのうえ魔物の中には時として突然変異的に強力な個体が混じっていることもある。そういった危険要素を考慮すれば、やはりできるだけ安全に仕留めたい。


「二人は茂みに隠れていてください。俺がトロールをおびき寄せるので、こっちに来たら攻撃をお願いします」

「私とフラン殿で奇襲をしかけるということですか。分かりました」

「お任せになりましてよ。きっちり仕留めてみせますわ」


 フランは剣を抜き、クルツは背負っている武器を覆う布を取った。フランの剣は業物で刀身が美しい桜色をしている。クルツの武器は槍だ。矛先が十字になっている十字槍でこれもやはり業物である。これはレインの推測になるが、どちらも魔法の力を秘めた魔法武器だ。だとすると到底、並みの冒険者の得物ではない。


 どこでそんな武器を手に入れたのか、レインは少し気になりはしたが、自分も他人のことを言えた義理ではなかったので、特に聞いたりすることもせずに茂みを抜けてトロールへと近づいていく。十メートルほどまで距離を詰めたところで、ようやくトロールたちもレインに気づいた。


 レインは剣を抜き、右手に持った状態で接近した。トロールが何かを喚いているが、魔物の言葉はレインには分からない。トロールたちは激しく何かを怒鳴り散らしながら、棍棒を持って一斉に立ち上がった。三メートルもある巨体の持ち主が五体。その威圧感は凄まじいものがある。


 それでもレインが臆することはない。ゆっくりと接近を続ける。やがてトロールたちが雪崩のように突っ込んできた。レインはバックステップで後退するもののトロールが棍棒の届く距離まで追いかける方が速い。一体が正面から棍棒を振り下ろしてくる。


 それを横に避けてトロールの指に剣を一閃し、人差し指と中指を斬り落とした。攻撃してきたトロールが悲鳴を漏らす。左右からトロール二体が手を伸ばしてきたので、捕まる直前に後ろに跳躍して逃げた。レインは機敏に動きながら、引っ掻き回すように逃げ続ける。


 流石にレインでもトロール五体と同時に戦うと、容易には倒せない。トロールは生命力が高いので、急所を突いて絶命させない限りはしぶとく戦い続ける。その急所も首や頭は背が高くて狙いにくいし、心臓も硬い胸骨で守られているから当たっても心臓まで届かないことがある。


 適度に反撃を挟んでこちらの作戦を悟られないようにしつつ、ようやくフランとクルツが隠れている茂みの近くまでおびき寄せることに成功した。トロールたちに囲まれ、レインは万事休すを装う。トロールたちがレインを棍棒で叩き殺そうとした時、フランとクルツが姿を現わして奇襲する。


 クルツが放った十字槍の突きはトロールの背中に当たり、心臓まで達した。フランの攻撃は足首への斬撃だ。剣の効力なのか凄まじい切れ味を発揮し、足首を両断するほどの威力だった。手合わせの時の感覚で言えば、フランの腕力では不可能な芸当だ。バランスを崩したトロールは倒れ、フランは頭に剣を突き刺してとどめを刺す。


「…………!?」


 トロールたちは不意打ちに混乱している。その一瞬を逃さず、レインはトロールの一体に袈裟斬りを食らわせる。深手を負ったトロールは最初に相対した時の威圧感も消え失せてしまい、狼狽しきっていた。


「二人とも、このまま畳みかけよう!」


 フランとクルツは無言で頷いてそれぞれトロールと一対一の戦いに持ち込んだ。レインは残りの一体と戦った。袈裟斬りを食らって負傷している分、有利ではあるが、手負いの魔物は時として恐ろしいほどの爆発力を見せる。油断は禁物だ。


 戦い始めると、トロールは負傷を感じさせない剛腕でレインを攻めた。一発でも食らえばそれだけで人間には致命傷だろう。紙一重の回避を繰り返しながら、トロールを焦(じ)らす。たまに反撃して切り傷を負わせ、苛立たせていく。


 トロールは激しい出血にも関わらず、怒りのあまり連続攻撃を繰り出した。そのどれもが人間にとって必殺の一撃だ。レインはその攻撃を見極め、最小限の動きで躱す、躱す、躱す。全ての攻撃が空振りに終わると、トロールは息を切らして戦うのも困難になっていた。


 疲労もそうだが出血多量も関係している。これだけ血を流せば、トロールだって動きは鈍る。狙い通りだ。後は胸骨の隙間を通すように突きを入れて、心臓を貫くだけだった。


 クルツとフランの戦いにも決着がついたようだ。クルツはトロールの攻撃を凌ぐと十字槍を長めに持ち、頭を貫いてトロールを殺した。たった一撃で決着をつけてしまったのだ。


 フランは最初と同じく足を狙ったが、トロールが棍棒で防御したので上手くいかず苦戦した。そこで魔法を使ったようだ。炎魔法の初歩、フレイムスフィアである。火球を三発放って、二発は腕と胴体に当たり、最後の一発は顔に命中した。顔を激しく焼かれるとトロールも驚き慌て、砂で炎を消そうとしゃがんだ瞬間に頸動脈を斬られて死んだ。


「フラン殿、大丈夫ですか。疲れているように見えます。後ろで休まれた方が……」


 フランは汗を流し、軽く息を切らしていた。クルツが心配そうに声をかける。


「大丈夫ですわ。まだ一体残っていますもの。トロールは全部で六体いるんでしょう」

「それはそうですが……」

「せっかくまともな実戦ができるのに、後ろで指を咥えているなんてできませんわ」


 洞窟から流れてくる殺気がチリチリと火花のように肌に触れている。やはり洞窟の中に一体、トロールが潜んでいる。それも普通のトロールより強い。戦いで培った経験値がレインにそう告げていた。


「来る……!」


 洞窟から悠々と最後の一体が姿を現わした。武器は変わらず棍棒だが倒したトロールたちより一回り大きい。レインは剣を構えて出方を窺いつつ、フランとクルツに指示を出す。


「俺が正面から攻撃します。フランは左、クルツさんは右からお願いします。危ないと思ったら後ろに下がってください。俺がカバーします」


 三対一。数の上ではこちらが有利だがこのトロールは凶暴なだけではない。自分の長所と戦い方を知っている。浅い手傷など気にせず急所だけを守って、レインたちにとって弱い場所を突いてくる。弱い場所というのは、三人の中で一番弱いフランだ。


 フランは実戦の経験が少ない。二体のトロールを倒したまでは良いが、疲労で集中力の糸が切れかかっており、技の精彩を欠いている。フランがトロールに攻撃すればどこかに隙ができてレインがカバーすることになり、今度はレインが思うように攻撃できない。正面も手薄になってしまう。


「グゥオオオオオオ!!」


 そんな穴だらけの陣形を見てこちらに有利と判断したトロールは、大きく咆哮した。緑の肌が赤色に染まっていく。レインは目を見開いた。狂化魔法だ。理性と引き換えに身体能力を向上させる魔法である。一部の魔物が使うと聞いたことはあるが、トロールにも使える個体がいるというのは知らなかった。


 身を赤く染めたトロールは手薄になった正面へ突進して強引に割り込み、フランとレイン、クルツの二つへと陣形を分断する。トロールはそのままフランとレインに横薙ぎで棍棒を放った。レインは避けようとしたがフランの反応が遅い。疲労もあるだろうが、狂化魔法によってスピードが向上しているのもあるだろう。こうなってはレインだけが避けるわけにはいかない。


「くっ……召喚!」


 フランの前に立ち、召喚魔法で身の丈ほどある金属の盾を呼び出す。回避できないなら防御するしかない。レインの予想通り、その威力を完全に殺すことはできなかった。レインとフランは纏めて吹き飛ばされ、地面を転がる。金属の盾が大きくひしゃげていた。盾を持っていた左腕も折れているだろう。


「姫様!!」


 クルツは叫びながらトロールを突いたが片手で防御された。それでも十字槍は威力を発揮してトロールの手を貫いている。トロールが醜悪に笑って手を貫く十字槍を掴んだ。トロールとクルツ、どちらの腕力が優れているか。言うまでもない。クルツは槍ごと持ち上げられ、森の茂みに投げ飛ばされた。


「ごめんなさい……レイン。私が足を引っ張ってしまったばかりに」

「謝るのは俺の方だよ……あのトロールがここまでやれるとは思ってなかった。俺の判断ミスだ……」


 剣を鞘に収めて立ち上がると、レインは右腕を突き上げた。まだレインには残されている。戦局をひっくり返せるだけの切り札が。


「けれど勝つのは俺たちだ。召喚変身、紅炎の剣士!」


 頭上に魔法陣が現れ、レインの身体を通過すると、燃え盛る炎を思わせる剣士へとその姿を変えた。

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