72話 真理の鍵団(10)
炎の矢による爆風は頑丈な魔法のマントが軽減してくれた。多少の火傷こそあるものの、戦闘の継続には支障はない。ゲイツ伯爵も、レインが覆いかぶさることによってほとんど無傷のようだった。
カイルとリザの方を見ると、カイルもリザを庇うように抱いている。リザは軽傷のようだが、カイルがまずい。深緑のマントが焼け焦げており、背中に酷い火傷を負っていた。
「か、カイルの兄さん……大丈夫っすか!? 今、ポーションを飲ませてあげるっすからね!」
リザが懐からポーションを取り出してカイルの口に突っ込んだ。なぜカイルは防御魔法を使わなかったのか。というより、そもそもなぜレインは回避を選んだのか。それはアンタレスの放った魔法が貫通魔法だったからだ。貫通魔法は防御魔法を無視できる特性がある。
カイルはもちろん魔法を齧っているレインも、アンタレスが発動した魔法陣を見て即座に看破できた。だから防御魔法を使うという選択肢は選べなかった。とはいえ見込みが甘かったのはある。まさかケーニッヒ・フレアプファイルなる魔法がここまでの威力を有しているとは思わなかった。
おそらくあれでも地下室を壊さないように加減しているはずだ。これはレインの経験則的な予想でしかないが、本気ならゲイツ伯爵の館を吹っ飛ばすくらいは簡単にできるはずである。
レインは立ち上がると、第二射の準備を始めているアンタレスめがけて突っ込んだ。リザがカイルを回復させている間、アンタレスが気長に待ってくれるわけはない。それにアンタレスには魔法が効かない。この戦い、物理攻撃担当であるレインがなんとかするしかないのだ。
「ほう。突っ込んでくるか。さっきのように吹っ飛ばされたいのか?」
「……召喚変身…………」
「なにが変身だ、これでも食らっていろ!」
鞭のごとく尻尾がうねり、レインに襲いかかる。レインの身体は青い魔法陣を通過して、その姿を水を思わせる装備へと変化させる。手には槍が握られていて、レインはそれを振るって尻尾を弾き返した。
「…………清冽の槍術士!!」
装甲つきのロングブーツで石の地面を蹴り一気に距離を詰める。この姿のレインはあらゆる速度が著しく向上している。アンタレスの悠長な魔法攻撃よりも、レインが接近するスピードの方が圧倒的に速い。アンタレスは舌打ちをして炎の弓を消し、格闘戦でこれに応じてきた。
遅い。レインは槍を巧みに振るい、横薙ぎの一閃を放つとアンタレスの胸を切り裂く。ギリギリのところで後ろに下がられたので、深い傷を負わせるには至らなかったがレインは確信した。物理攻撃ならちゃんとダメージは通る。このまま速さを活かして攻めれば勝てる。
レインの速度がさらに上がる。魔力をロングブーツに込めて、速度を極限まで向上させる。神速だ。すれ違いざまにアンタレスを槍で斬りつけ、方向転換し、再びすれ違いまに斬りつける。それを繰り返し続ける。
アンタレスはどうにか反撃しようともがいているが無駄なあがきだ。奴が捉えられるのはレインの動きの残像だけ。これがレインの神速の槍術、トリリオンスプラッシュである。
「こ、こいつ……できるっ!?」
「気がつくのが遅かったね。これで……フィニッシュだっ!!」
最後の一撃は上空から水流の勢いで急降下しての一突き。これで脳天を貫けばレインの勝ちだ。
「この程度で終わるわけがないだろう……! 私を甘く見るなぁぁぁぁ!!」
槍が頭を貫く寸前、アンタレスの周囲が爆ぜた。爆風が押し寄せ、レインは避ける間もなくそれを浴びることになる。炎魔法による爆発の零距離攻撃だ。本来ならこんな真似は術者にとって自爆にすぎない。普通なら爆発に巻き込まれて死ぬだろう。だがアンタレスにだけはこの攻撃方法が許される。なぜなら、アンタレスには魔法が効かないからだ。
「ぐっ……うぐっ…………」
爆発によって激しく吹っ飛んだレインはしぶとく生きていた。爆風を浴びる寸前に、水の槍アクアヴィーラで水流の壁を生成して防御していたのである。その威力を完全に防ぐことまではできなかったがなんとか五体満足だ。意識もある。
「この土地にお前ほどの戦士がいるとはな。てっきり魔法使いばかりだと思っていたよ。私を追い詰めたせめてもの礼だ……我が魔法で安らかに死ね!」
再びアンタレスの手に炎の弓矢が生み出される。必殺の炎魔法、ケーニッヒ・フレアプファイルだ。今のレインにそれを避けるだけの体力は残されていない。それでも傷ついた身体を奮い立たせ、なんとか立ち上がろうとする。アンタレスはその様子を嘲笑う。
「はっはっはっは……虚しい抵抗だね。そういうことをする人間を踏み潰してやるのは最高に楽しいよ! はっはっは!」
「随分と趣味の悪い魔族だね……レインは僕たちのリーダーなんだ。あんまり馬鹿にしないでくれるか」
「はっは……お前……待て。なんだ。なにをするつもりだ。その魔法陣は……!?」
アンタレスがレインから視線を外す。その視線の先にはカイルとリザがいた。レインの意識も二人に向く。ポーションを飲んで回復したカイルが立ち上がり、魔法を発動していた。ただの魔法ではない。両腕に浮かぶあの魔法陣は。弓矢を構えるかのようなあの独特の構えは。間違いない。アンタレスの炎魔法、ケーニッヒ・フレアプファイルだ。
「な、なぜ人間が私の魔法を……たった一度見ただけで模倣したとでも言うのか……!?」
「これでも昔は古代魔法を研究していたんだ。この手の魔法なら僕はプロフェッショナルだよ」
とんでもない事実だ。確かカイル自身が古代魔法は禁呪にあたると言っていたような気がするが、その禁呪を研究していたとはっきり言った。開き直っているのか、だからどうしたと言わんばかりの態度だ。
「ええい! そんなものは見かけ倒しだ! はったりだ! 私の魔法をそんな簡単に真似できるものかーーーーっ!!!!」
アンタレスとカイルが同時に炎の矢を放つ。射出された矢が激突し、空中で大きく爆ぜた。防御魔法を貫通するとは言っても、攻撃魔法同士のぶつかり合いとなれば話は別だ。同じ威力なら当然、相殺される。
さらにカイルのケーニッヒ・フレアプファイルには改良が加えられているようだ。ひとつは炎の矢が炸裂したときの余波が非常に少ないこと。これは仲間を巻き込まないための仕様変更なのだろう。そのためにアンタレスの攻撃を相殺しつつ、レインたちを守ることにも成功した。
もう一つの改良点は。アンタレスのものに比べて圧倒的なまでに速射性で上回っていることである。アンタレスが次弾を放つまでに、二発炎の矢を発射している。しかも威力はまったく同じ。アンタレスが激しい爆風を浴びて怯んでいる。魔法が効かないので死にはしないが、爆発の真っただ中にいては、視界は潰され魔法の発動など不可能だ。
「レイン、早く立て。奴にとどめを刺せるのは君だけだ。美味しいところは譲ってあげるよ」
「……カイルも無茶を言うなぁ……でも、そうだね……これぐらいの怪我でダウンするわけには……いかないな……!」
誰もいなければ泣きたくなるぐらい身体中が痛い。だが。それでも。震える足で地を踏みしめ、水の槍アクアヴィーラを持った右腕を後ろに引いてありったけの魔力を込める。この一撃にすべてを賭けるのだ。
「いっ……けぇぇぇぇーーーーーーっ!!!!」
そして投げた。槍を渾身の力で。魔力の込められたアクアヴィーラは水流を纏い、爆発の中を突っ切ってアンタレスに迫る。自身の奥義とも呼べる魔法があっさり模倣されて冷静さを欠いていたのか、それとも単にレインはもう戦えないと判断して意識から外れていたのか。その理由はアンタレスにしか分からない。
結果的に槍の投擲はアンタレスに命中した。胸の中心を貫き、アンタレスは「馬鹿な……」と呟いて仰向けに石の床に倒れ、即死してしまった。すべての魔力をつぎ込んだ一撃を放ったことによってレインの召喚変身が解除される。元の姿に戻ったレインも力尽きて座り込むように倒れた。
「兄貴! 大丈夫っすか!? まだポーション持ってるんで、飲んでくださいっす!」
「ありがとう……リザ……これで少しはうももももも」
リザはポーションの入ったガラス瓶の栓を開けると、雑にレインの口に突っ込んで飲ませてくる。窒息するかと思ったが、なんとか飲み干した。すると火傷の痛みがすっと消えて、身体が楽になっていくのを感じる。回復したところでレインはカイルに聞いた。
「カイル……君には聞きたいことがたくさんある。ゲイツ伯爵を助けたら、隠し事を話してくれる約束だったよね?」
「そうだな……でもその前に、館に戻ろう。サイラスを放置してこの場でお喋りするのもどうかと思うからね。そうだろう?」
「……それもそうだね。俺もちょっと休みたい気分だ。後でお茶でも飲みながら、たっぷり聞かせてもらうよ」
レインはカイルの肩を借りて立ち上がると、伯爵と使い魔のストラを連れて地下室を後にした。




