5話 召喚の勇者(5)
「そ……そうだったんすか。なんか軽々しく言ってしまって申し訳ないっす……」
「いいんだ。いつかは師匠の死もみんなが知っていくことだと思うから」
レインは真っ二つになったクリスタルゴーレムに近づくと懐から手のひらサイズの石を取り出した。この石は転移石と言って、使い捨てだが仕込まれた座標まで瞬間移動することができる。単なる移動はもちろん、迷宮の脱出など、様々な用途で用いられる。この転移石にはギルドハウスの前に移動できるよう座標をセットしてある。
「転移石っすか。そんなものまで持ってるとは。準備いいっすね……」
「移動するよ。俺から離れないで」
「了解っす」
転移石の効果で足元に魔法陣が浮かび、ギルドハウスの前まで瞬間移動する。突如姿を現わしたクリスタルゴーレムの残骸を見て街の人たちは非常に驚いた。受付嬢にも驚かれた。倒したクリスタルゴーレムをそっくりそのまま持ってくるのは想定外だったらしい。
今回の依頼主は街の領主で、聖水晶の剣を作らせるため依頼したそうだ。剣一振り分の量があればそれで良かったのである。せっかくなので依頼主には必要な分だけ渡して、残りはギルドで買い取らせてほしいと受付嬢に頼まれた。レインはその通りにした。
「依頼達成の報酬と買い取り分の代金をお渡ししますので、少々お待ちください」
待っている間、当たり前のように隣に座るリザにレインは声をかけた。
「今回はありがとう。助かったよ。道案内の報酬を値切ってしまったけど、大丈夫だったかな」
「へへへっ。気にしなくていいっすよ。普段は8000リリンで道案内してるんで。十分儲かったっす」
そうだったのか、とレインはしてやられた気分だった。やはりしたたかな奴だ。報酬を受け取って椅子から立ち上がると、仕切りを挟んだ隣のテーブルから冒険者の怒声が響いた。どうやら依頼の紹介で揉めているようだ。
「どういうことですかっ! こんな小間使いみたいな依頼ばかりじゃあ話になりませんわ! もっと魔物退治とか、やりがいのある依頼はありませんの!?」
「と言われましても、この街の近辺には危険な魔物も少ないので……それにフラン様は冒険者になられたばかりでしょう? なら簡単な依頼から挑戦していく方が……」
「だめですわ! それでは意味がないのですわ! 冒険者になった意味が……!」
「は、はぁ……」
怒っている冒険者は女性のようだ。ウェーブのかかった桃色の長髪で、澄んだ青い瞳をしている。肌は雪のように白く、どことなく高貴な印象を受ける。服装はわざとらしいほど安物なのに、腰に帯びた細身の剣は業物なのが、どうにもレインはちぐはぐに感じた。
「フラン殿。我儘を言ってはいけません。今日のところは帰りましょう」
「で、でも……」
女性冒険者の名前はフランと言うようだ。彼女の仲間らしい男性の冒険者がフランを諫める。茶髪で優男風の顔立ちをしているが身体つきはしっかりしている。その男性は明らかに実力者だった。使いこまれた防具に、武器は長柄らしい。布を巻いていて正確に判別できないが、おそらく槍だろう。
フランは男性冒険者の説得に根負けして、大人しく引き下がることにしたようだ。冒険者の気質を考えれば、ああいう輩は珍しいものではない。上の等級に昇格したいばかりに功を焦って難しい依頼を受けたがったりするのだ。
「さっきの冒険者、新人なのかな。少し心配だ」
レインは隣にいたリザにぽつりとそのことを漏らすと、リザは苦い顔をした。
「そうっすねぇ。この辺じゃ見ない顔っすね。なだめる受付嬢のねーちゃんが可哀想っすね」
報酬も受け取ったのでリザとはギルドハウスで別れ、レインは宿泊できる宿屋を探した。別れ際にリザがずっとこちらを見ていたのが気になった。何か言いたげのようだったが、聞かずに別れてしまった。面倒なことになりそうな気がしたからだ。するとなぜか気配を消して尾行してきたので、人混みを利用して撒いた。
次の日は使い勝手のいい新たな剣を探して街の武器屋を見て回った。レインには召喚魔法があるので絶対必要というわけではないのだが、魔物の中には魔法を封じてくる個体もいる。念のため武器はひとつ携行していた方が安心する。値段も手頃でちょうどいいブロードソードがあったので、それを買うことにした。
二日後の朝。レインは朝早くに目を覚ました。誰かがレインの部屋の扉を激しくノックしたせいだ。宿屋の店主だろうか。この街に自分の部屋を訪ねてくる知り合いなどいないはずだ。レインは警戒心を抱きながらベッドから起き上がり、ゆっくり扉を開けた。
「おはようっす! レインのお兄さん……いや、兄貴と呼ばせてください! 兄貴に頼みがあって来たっす!」
リザだ。レインは訝しんだ。なぜこの宿屋に泊まっていることが分かったのだろう。わざわざ撒いたのに。
「あっ! へへへ。何で宿泊してる宿屋が分かったんだろう、って不思議に思ってるっすね。簡単な話っす。街の宿屋を片っ端から調べ回っただけっすよ。へへへ」
「……それで、何の用かな。報酬は払った記憶があるけど」
「実はおいら、兄貴に惚れこんでしまったっす。見ず知らずの冒険者を助ける優しさ、勇敢な戦いぶり、勇者の弟子に相応しい姿に感動したっす! おいらも兄貴の助けがなければどうなっていたことか……ぜひ恩返しさせて欲しいっす! 兄貴の人探しの旅、手伝うっすよ! 三食の飯代と宿代さえ頂けたら何でもするっす!」
困ってしまった。予想通りではあるが、やはり面倒なことになった。レイン自身は、誰かと一緒に旅をする気はない。レインは師匠を殺した兄弟子を探している。会えば殺し合いだ。そんな旅に他人を関わらせる気はない。
「いや……そんな。気持ちは嬉しいけど……これは俺の問題だ。他の人は巻き込めないよ」
「そんなこと言わずにぃ! この国のことには詳しいっすよ! それに情報を集めるのとか得意っす!」
「ごめん……残念だけれど旅には連れていけないよ」
「そんな冷たいこと言わないでくださいっすよぉ、兄貴ぃ~~」
リザが足にしがみついてきた。目を潤ませ、捨てられた小動物みたいな顔でレインを見上げている。
「ちょっとだけ! しばらくの間だけでもいいっすから~!」
しがみつくリザを引き離そうとすると、リザはとても抵抗した。
「おいら、勇者ってほどではなくて良いっすけど、兄貴みたいな人になりたいんっす!」
「勇者の弟子だったのは確かだけど、俺は勇者じゃない。ただの冒険者だ。他の人に師事した方がいいよ」
「兄貴のケチ! 連れて行ってくれなかったら、セクハラされたって周りに言いふらすっすよ!」
「そんなことしてないけど……何でそこまで俺なんかにこだわるんだ……」
「聞いてくれるっすか? 聞くも涙、語るも涙……おいらが冒険者になった経緯を」
リザは孤児のようだ。物心ついた時から旅芸人の一座にいて、国中をあちこち点々としていたらしい。リザは器用で、色々な芸をすぐ覚えたので、幼いながらに旅芸人として活躍していたそうだ。しかしある時、魔物に襲われて偶然一人だけ生き残った。これからどうやって生きるか、途方に暮れていた時に元盗賊の冒険者に拾われたという。
その冒険者は人情深い人で、冒険者としての生き方でいいなら、色々教えてやると言われた。他に行く当ても無かったリザはその人の世話になることにした。リザはその冒険者の指導で食うに困らない技術を覚えた。たとえ力が弱くても迷宮の道案内役や、鍵開け、罠の解除、偵察などで役に立つことはできる。そして今年正式に冒険者となり、こうしてなんとか食っていけている。
元盗賊の冒険者はリザが冒険者になるといつの間にか消えた。その冒険者の人情のおかげで今、リザはこうして生きていられる。だからリザは思ったのだ。今は無理でも、いつか自分も他者を助けられる人間になりたいと。レインについていけばそんな風になれる気がするのだ。
「どうっすか? 兄貴、ここ泣くとこっすよ」
「…………」
「どうしたっすか? 兄貴?」
「……いや。ちょっと昔のことを思い出していたんだ」
自分と同じだ。レインも戦争で両親を失い、師匠のハイトに拾われなければ死んでいた。そして師匠に憧れ、師匠の真似をした。それが普通の冒険者の生き方とは少し違っていても構わなかった。リザに共感を覚えたレインはいつの間にか、少しくらいなら一緒にいても構わないかと思い始めていた。
「……分かったよ、リザ。とりあえずは一緒に旅をしよう。その間は俺の人探しを手伝ってほしい」
「マジっすか!?」
「でも、俺に教えられることは何もないよ。修行に付き合うくらいならできるけど」
「いやいやいや! 一緒にいれればそれでいいんすよ! あれっす! 見て盗むんで! へへへ!」
「まぁともかく……俺は師匠を殺したアシェルっていう兄弟子を探してる。リザにはその情報収集を手伝ってもらう。いいかな?」
「了解っす!」
レインの兄弟子、アシェルはある日、突然に師匠を襲って殺害した。殺した理由は分からない。その現場にレインは居合わせていなかったので、師匠を殺した犯人がアシェルだということしか知らないのだ。
レインが駆けつけた時には戦いは終わっていて、師匠はポーションや下手な治癒魔法では助からないほどの重傷だった。とはいえ、当時のレインが一緒にいたところで死体が増えただけだろう。
師匠が血だまりの中で事切れる姿を思い出す。絶対に許せない、と思った。だがなぜ殺したのか、と困惑もした。それでも師匠を殺したのは揺るぎない事実だ。レインはアシェルに必ず罪を償わせることを心に決め、行方を眩ませたアシェルの足跡を必死に追った。
その結果、アシェルがこの国へ来たという確かな情報を得た。だがそこから先は北を目指したらしいという曖昧な情報しか分からない。この情報自体が正しいかどうかも分からない。だがレインはそれに縋る以外に仕方なかった。
「というわけでとりあえずこの国の北側に行こうと思うんだけど」
「北っすか。ざっくりっすね。兄貴、それなら王都を通って北側に行きたいところっすね」
「王都か……そこで情報を集めるってことかな?」
「その通りっす! 国外の人が港から来て、この国の北側を目指そうと思ったら、普通は王都を通るっす」
「なるほど。何か目撃情報が手に入るかもしれないね。そうしよう」
このオーネスの街から王都までは街道があるので、時間はかかるが迷う心配もない。これで当面の指針は決まった。




