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49話 王立図書館(6)

 〈封印のグリモワール〉には逃げられてしまった。ホブゴブリンを片付けたレインたちは、床に座り込んで項垂れるエウレカを見た。


 レインは今まで、エウレカは魔導司書の職務を果たすために協力してくれているのだと思っていた。でもそれはとんだ勘違いだ。冷静に考えてみれば当然だろう。ただの職務でしかないなら館長のドロレスに歯向かってまでレインに協力する義理はない。むしろ館長に従うべきだ。


 協力的な態度には裏があり、本当は別の目的があった。そのことに気づいてしまった以上、聞かざるを得ない。エウレカは〈封印のグリモワール〉を倒そうと、いや、本に封印された誰かを助けようとしていた。レインにはそう見えた。


「……何があったんですか? ライラ、と名前を呼んでいましたが……」

「ライラは私の親友です。同僚でもあります。三か月前……私と一緒にここに来て〈封印のグリモワール〉に封印されてしまいました」

「だから〈封印のグリモワール〉を攻撃したんですね。逃げられるより、一か八かで倒せば、少なくともライラさんは助けられると」

「……はい。そうです。たとえ危険な魔物を解き放ってでも私は……ライラを助けたかったんです」


 エウレカは眼鏡を外して目を拭う。目からは涙がこぼれ落ちていた。


「ライラは……私を庇って封印されたんです。ライラは優しくて、魔法の技術もあって、努力家で……私なんかをいつも助けてくれる。大切な友達なんです。私はライラを絶対に助けたかった。どんなことをしてでも……だからレインさんたちを利用したんです」

「利用? 俺たちを……ですか?」

「私、知ってたんです。レインさんが最近、王都で有名な〈召喚の勇者〉だってこと。私一人で〈封印のグリモワール〉からライラを助けることは不可能です。だから……レインさんの探している本がここにあると分かった時、思ったんです。レインさんに協力してもらえれば、ライラを助けられるんじゃないかって……」


 利用、というのは少々言い過ぎている気もするが、レインは特に否定も肯定もせず黙って話を聞き続けた。


「でも……駄目でした。レインさんたちの力を借りても、私の詰めが甘かった。せっかくのチャンスを無駄にしてしまいました……」

「それは仕方ありません。俺たちだって予測できませんでした。エウレカさんが悪いわけではないですよ」

「……いいんです。私、行きますね。もうレインさんたちに迷惑をかけるわけにはいかないですから」


 エウレカは魔導書を持って立ち上がる。レインは反射的にエウレカの腕を掴んでいた。


「待ってください。一人で〈封印のグリモワール〉と戦う気ですか?」

「レインさんたちには無関係な問題です。すみませんが、マグヌスの書は三人でお探しください」

「そんなこと言わないでください。書庫に来れたのはエウレカさんのおかげです。俺たちも手伝いますよ」

「……レインさんは甘すぎます。私は皆さんを誘導して〈封印のグリモワール〉と戦わせた卑怯な人間です」


 話を聞いていたフランは黙っていられなくなったのか、遂に口を開いた。


「別にいいじゃありませんか。マグヌスの書を探すこととは関係ない問題ですけれど、見過ごせませんわ。それにエウレカさん、レインが今、王都で有名な召喚の勇者だということはご存知なのでしょう?」

「ええ……はい。うわさと特徴が一致していたのですぐに分かりました」

「レインはまさにそういう人なのですわ。お人好しなんです。だから、私たちにも協力させてください」


 厳密には召喚の勇者ではなく召喚の勇者の弟子でしかないのだが、レインがその誤解を解く前にクルツが先に喋り出す。


「では、作戦を練るとしましょうか。さっきと同じ戦い方ではまた失敗するだけです」

「そうですわね、クルツ。拘束魔法を当てる方法を考えないといけませんわ」

「皆さん……すみません。本当にすみません……でもありがとうございます……」


 結局、作戦会議が始まってしまい、その場で誤解を正すことはできなかったのである。



 ◆



 逃げた〈封印のグリモワール〉を探すと、レインたちは4階層の通路にてその姿を確認することができた。レイン、フラン、クルツはお互いに頷き合い、陣形を組んで接近を試みる。その中にエウレカはいない。レインたちの立てた作戦はこうだ。


 真正面から拘束魔法を放っては、また封印している魔物を盾にされる可能性がある。ならば不意打ちで当てるしかない、というのが作戦会議による結論だ。だからエウレカには4階層のあるポイントに隠れていてもらい、拘束魔法を準備させておく。レインたち三人は〈封印のグリモワール〉を上手くおびき寄せ、エウレカのいる地点まで誘導する。そういう作戦である。


 レインたちが組む陣形も変わっている。フラン、クルツが前衛に立ち、レインが後衛という配置だ。レインが後衛なのは戦いになったら召喚変身で〈天空の聖弓兵〉になり、弓で援護するからである。召喚変身を使うのは、二度目の戦いになれば〈封印のグリモワール〉もミノタウロスより強い魔物の封印を解く可能性があるからだ。


 〈天空の聖弓兵〉を選んだのにも理由がある。大剣を使う〈紅炎の剣士〉は破壊力こそ高いが、武器がでかい大剣なので狭い場所だと戦いにくい。スピードに特化した〈清冽の槍術士〉も同じ理由で狭所だと真価を発揮できない。だからこの場所での戦いに選ぶなら〈天空の聖弓兵〉が最適なのだ。


 レインたちはエウレカが魔法で作った光の球体の明かりを頼りに、〈封印のグリモワール〉に近づくと、10メートル程度まで接近した辺りで向こうが反応した。ぱらぱらとページが捲れて本に刻まれた魔法陣が光を放ち、封印されていた魔物が解き放たれる。


 バフォメットだ。黒山羊の頭に黒い翼、人間に似た身体を持つ悪魔系の魔物である。レインはデルヴォ迷宮でこの魔物と何度か戦った経験がある。高い身体能力に、魔法も使ってくる。炎か土の魔法だ。能力はシンプルだが純粋に強い。


 ミノタウロス以上であるのは確かだ。それでもデルヴォ迷宮で戦って倒した経験があるのだから問題ない、と思いたいのだが、このバフォメットは迷宮で戦った個体と少し違う。体毛が黒ではなく濃い紫なのだ。おそらく普通の個体よりも強い。ピリピリと刺すような殺気もレインの直感を後押ししていた。


「二人とも、気をつけてください。そいつはきっと普通のバフォメットより強いです……たぶん戦い方も違うはず」

「私も過去にバフォメットと戦った経験があります。しかし……今回はそれをあてにできませんね」

「相手にとって不足なしですわ。ともかくこの魔物を倒さなくては、作戦を先に進められません」


 緑色の魔法陣がレインを通過すると、その姿が弓を持った狩人めいたものになる。〈天空の聖弓兵〉に召喚変身したレインは、風の弓ストリボーグを構え、魔力の弦をきりりと引き絞った。そして魔力の矢を放つ。遠慮なしの先制攻撃だ。


 バフォメットの眼前に魔法陣が浮かぶと、漆黒の渦のようなものが出現する。レインが放った魔力の矢はその渦の中に吸い込まれてしまい、バフォメットに当たることなく消えてしまった。レインの知るバフォメットはこんな魔法を使わない。しかもこの魔法は。


「闇魔法……!? 俺の魔力の矢を吸収したのか……!?」


 闇魔法。光魔法と並んで習得難易度が高く、使い手の少ない魔法だ。バフォメットは魔法も使うが、決まって使うのは炎魔法か土魔法だった。やはり普通のバフォメットとは違う、特別な個体なのだ。それでも、敵が強いからと言って怯むレインたちではない。


 フランとクルツは一気に武器の間合いまで近づくと、クルツは槍を叩きつけるように振り下ろし、フランは斜め下から斜め上へと斬り上げる軌道で斬撃を繰り出す。息の合った連携が生み出す、左右からの同時攻撃だ。


 バフォメットはそれを避けもせず両腕で受け止めた。フランの剣キルシュブリューテも、クルツの槍ロザリアスも、恐ろしいほどの威力を発揮する武器だ。それを容易く肉体で受け止めるなど、規格外の硬さと言うしかない。


「フェフェフェ……」


 嘲笑するかのように奇妙な笑い声を発すると、バフォメットは力任せにフランとクルツを弾き飛ばし、再び漆黒の渦を生み出す。渦の中からはさっき吸収した魔力の矢が飛び出した。魔力の矢が向かう先にはフランがいた。

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