48話 王立図書館(5)
3階に到着したレインたちは、早速マグヌスの書を探して本棚を調べた。探すと言っても簡単ではない。3階の半分はマグヌスの書があるはずの神話・歴史関連の本棚なのである。その膨大な量の本からノーヒントで見つけ出す必要がある。
しかもどの本もやたらに分厚くて、無暗やたらに装丁が凝っているし、その癖に似たり寄ったりな見た目なものだから、かなり分かりにくい。中身を確認しないと何の本なのか分からないのである。だからといって四人が手分けしてバラバラに本を探すわけにもいかない。いつ魔物と遭遇するか分からないのだ。
「うひゃあ……なんですかこの本は。知らない文字がぎっしり詰まっていますわ」
「フランローズ様、お目が高い。それはエルフ語の歴史書のようですね。貴重な文献ですよ」
「エルフ語は難解な上に発音も難しいと聞きますわ。やっぱり共通言語の方が親しみがありますわね」
マグヌスの書を探す作業は遅々として進まない。すでに探し始めて一時間が経過しているが、まだ10分の1も調べられていない有様だ。レインは焦燥に身を焼かれる気分を味わいながら黙々とマグヌスの書を探し続けた。
「ああっ……こ、これはぁ……!?」
「姫様、もしや遂にマグヌスの書を見つけたのですか……!?」
「……虫食いにやられていますわ、この本! ちょっと管理が杜撰ではありませんこと……!?」
「……まぁ、書庫が迷宮化していますからね。管理したくてもできないのでしょうね」
「すみません、フラン、クルツさん。少し静かに。何か嫌な気配がします」
レインが小声でフランとクルツの会話を遮ると、本棚からちらっと顔を出して通路を覗き込んだ。やはり、通路の奥から魔導書が近づいてくる。1階で戦った魔導書とは本のデザインが違う。白と金色の豪華な装丁で、纏っている魔力量も桁違いだ。レインは思わず息を呑んだ。隣にいたエウレカが静かにレインに告げる。
「あれは……〈封印のグリモワール〉です……」
あれが例の。ここはどうするべきか。安全を考えれば、探すのを中断して隠れてやり過ごすのが一番良いだろう。だがずっとそんなことをしていてはいつまでたってもマグヌスの書を見つけられない。
それに〈封印のグリモワール〉はこちらの存在に気づいているようだ。真っ直ぐにこちらへ向かってきている。魔法で明かりも点けているし、会話もしていたから仕方のないことではあるが。
「レイン様。ここは戦いましょう。隠れながらマグヌスの書を探すのは困難です」
「でも……倒すと本に封印されているものが全部出ちゃうんですよね。戦いたくても戦えないというか……」
「……方法はあります。魔導司書は魔物化した魔導書を無力化するための拘束魔法が使えます。〈封印のグリモワール〉が相手だろうと例外ではありません。ただ……」
「ただ?」
「強力な拘束魔法である分、発動に時間がかかります」
「……そうなんですね。では、そこは俺たちでなんとかしてみます。フラン、クルツさん。準備は良いですか?」
話を聞いていたフランとクルツは否定もせず頷き、各々武器を手に持つ。やる気十分だ。
「レイン様。おそらく戦いになれば〈封印のグリモワール〉は封印を解いて魔物をけしかけてきます。それと……拘束魔法の準備に入ると私は他の魔法を使えません。援護できなくなるので、注意してください」
「了解。じゃあ陣形は1階層の時と同じで行こう。ただ、フランは援護に加えてエウレカさんのフォローも頼むよ。拘束魔法の準備があるからね」
「分かりましたわ。頑張ってみます」
「よし。じゃあ行こうか!」
レインたちが通路を飛び出すと、待っていたかのように〈封印のグリモワール〉のページがぱらぱらと捲れていく。真ん中あたりでピタリと捲れるのが止まると、本に刻まれた魔法陣が怪しく光を帯び、魔物が飛び出してくる。ミノタウロスだ。雄牛の頭と筋骨隆々の肉体を持つ、屈強な魔物である。斧を武器としており、トロールより小ぶりな大きさながら、その強さはトロールを大きく上回る。
書庫の通路は狭かった。成人男性二人がなんとか通れるほどの広さしかない。そんな広さだから、ミノタウロスが通路に立てばそれだけで通路を塞ぐことができる。〈封印のグリモワール〉を拘束魔法で無力化したいレインたちとしては、まずこの面倒な障害物を退かさねばならない。
真っ先に攻撃したのはクルツだ。両手で槍を握り締め、素早く突きを放つ。レインの剣よりもリーチの長い槍が武器だから、自然とクルツが最初に仕掛けることになるのだ。ミノタウロスは両刃の馬鹿でかい斧で突きを払い、反撃の構えを見せた。
その瞬間、合いの手を入れるがごとくフランが火球を放つ。炎魔法の初歩、フレイムスフィアである。ミノタウロスを殺すほどの威力は見込めないが牽制程度にはなる。実際、ミノタウロスは反撃を中断して斧で火球から身を守った。
その隙にレインが剣の届く距離まで接近し、脇腹めがけて剣を振るう。刀身が深々と食い込む手応えをレインは感じた。剣を引き抜いて素早く連撃を入れようとして、ようやく異変に気づく。剣が抜けない。脇腹の筋肉が万力のように剣を固定している。
剣を手放すしかない。普通の剣士なら自らの得物を捨てるという行為に本能的な抵抗を覚え、行動が遅れたかもしれない。でもレインは違う。武器を召喚できるレインには代替品の武器がいくらでも用意できる。その差によってコンマ数秒のところで回避が間に合った。
戦いにおいてはほんの僅かな時間が明暗を分けることもある。ミノタウロスが両刃の斧を勢いよくレインめがけて振り下ろしていた。頭をかち割るどころか股まで裂こうとする勢いだが、斧は命中せずレインの額のみを浅く切り裂いて、木材の床を叩き割る。
「レイン殿!!」
クルツが反射的に叫びながら十字槍による突きを連続で放った。ミノタウロスは斧でこれを防ぐが、何発かは防ぎ切れずに食らった。やはり魔物の生命力と言うべきか、脇腹に剣を食い込ませたまま、突きを何回も食らっているのに死ぬ気配が一切しない。
「召喚!」
クルツが猛攻を仕掛けている間にレインは剣を召喚し、やや遅れて加勢する。ミノタウロスがパワーならレインとクルツはスピードだ。そうして翻弄しながら、レインとクルツは待っている。急所を狙う好機を。頭か心臓だ。ミノタウロスのタフネスを考えれば、致命傷にならない攻撃はあまり意味がない。だがミノタウロスも雑魚ではなく、二人がかりでも中々隙を見せない。それは後ろから見ていたフランにも分かる。
「……レイン、クルツ!」
フランがミノタウロスめがけて走った。レインとクルツは名前を呼ばれただけでフランの行動の意味を察し、フランを信じることにした。レインはわざと隙を見せて攻撃を誘い、ミノタウロスに斧を振らせる。やや斜めの角度からくる振り下ろしの一撃だ。レインはそれをバックステップで避ける。
それと同時にフランは床を蹴って跳躍する。鎧を着ているとは思えない軽やかさである。クルツの背を蹴り、頭を踏み台にしてさらに跳躍。ミノタウロスの頭に手が届くその位置で高らかに叫ぶ。
「フレイムブラスターッ!!」
零距離で放たれた熱線がミノタウロスの牛頭を消し炭に変える。制御を失った巨体はぐらりと仰向けに倒れた。
「やっぱり思った通り……至近距離ならコントロールは関係ありませんわ」
「ええ。私が踏み台になったおかげですね」
クルツは頭を蹴られて踏み台にされるという、ぞんざいな扱いを受けたにも関わらず嬉しそうだ。この騎士にとってはフランの成長や活躍が純粋に喜びなのだろう。ともあれこれで邪魔者は片付けた。ちょうどエウレカの準備が完了し、いつでも拘束魔法を放つ用意はできている。
「中等汎用魔導書、300ページ……〈エンジェルハイロゥ〉発動っ!!」
エウレカの魔導書に刻まれた魔法陣が光り輝き、天使の輪を思わせる青白い光が一直線に〈封印のグリモワール〉へと飛んでいく。逃げるそぶりはない。これは当たった、とレインたちは確信したが、その予想は大きく外れてしまう。突如〈封印のグリモワール〉のページがパラパラと捲れたかと思うと、目の前に一体のゴブリンが現れ、拘束魔法はゴブリンに命中する。
「なっ……!?」
エウレカが両の目を見開く。レインたちも同じだ。そんな防ぎ方はまったくの想定外だった。まさか封印していた魔物を盾にするとは。作戦は失敗だ。エウレカの拘束魔法は発動に時間がかかる。そのとき、エウレカの瞳に怪しい光が宿った。そして平静を失ったとしか思えない行動に出たのだ。
「中等汎用魔導書125ページ、〈サンダータスク〉!!」
エウレカの魔導書から雷撃の牙が飛び出して〈封印のグリモワール〉に襲いかかる。どう考えても倒すために放った魔法だ。〈封印のグリモワール〉を倒せば本に封じられていたもの全てが解き放たれる。魔物をはじめとする危険なものが全て。だから倒さず拘束する。そうエウレカ自身が言っていたのに、突然なりふり構わず攻撃を加えたのだ。
「エウレカさん、一体何を……!?」
レインは理解が追いつかず、そんな益体もないことを言うしかなかった。エウレカの放った魔法は結果的に命中しなかった。〈封印のグリモワール〉から次々と魔物のホブゴブリンが飛び出し、拘束魔法の時と同じ要領で防がれてしまったのだ。
ホブゴブリンはゴブリンの上位種だ。ゴブリンは人間の子どもくらいの身長だが、ホブゴブリンはゴブリンのずる賢さをそのままに、成人男性くらいの身長にしたような魔物だ。それほど強い魔物ではない。駆け出しの冒険者でも十分倒せる魔物だ。
弱い魔物でも盾にするには最適な大きさである。〈封印のグリモワール〉はホブゴブリンを次々と封印から解き放ち、通路を埋めていく。エウレカは狂ったように雷魔法を連射するが、ホブゴブリンを倒すばかりで〈封印のグリモワール〉には届かない。やがて、〈封印のグリモワール〉はパタンと本である自身を閉じてふよふよと通路の奥へと逃げ始めた。
「待ちなさい……! 待て、待って! お願い、お願いだから待って……!」
エウレカは懇願するように声を絞り出す。
「お願いだからライラを……ライラを返して……!」
その声が聞き入られることはなかった。




