3話 召喚の勇者(3)
助けた冒険者と別れてからしばらくして、休むのを忘れていたことに気づいた。ちょうど11階層に降りる階段を見つけたので、そこで休むことにした。階段に腰かけて食事を摂ろうと腰のポーチから携帯食料を取り出そうとしたところで、後ろの気配に気づく。
振り向くとさっき助けた冒険者の一人がいる。短めの黒髪に首輪をつけた、猫のような顔立ちの子どもだ。その子はへらへらと笑いながら近づいて来てレインの隣に座った。
「お兄さん、さっきはありがとうっす。優しいっすねぇ、みんな感謝してたっすよ。へへへ……受け取ってばかりじゃ悪いし、おいらも何かしないとなぁと思って。追いかけてきたっす」
これだけ近づくまで気配を感じさせないとは、中々に優れた忍び足の技術だ。この若さでそれが出来る者は少ないだろう。
「お礼ならいいよ。俺が好きでやったことだから」
「じゃあ単刀直入に言うっす。お兄さん、おいらを雇わないっすか? 最下層に行くんすよね。おいら、この迷宮には詳しいっすよ。道案内から出現する魔物のことまで、何でも知ってるっす。代金は前払いで5万リリンになるっすけど。へへへ」
そういうことか。したたかな奴だ、とレインは思った。さっきまで一緒にいた冒険者は仲間ではなく、道案内役として雇われただけらしい。もうひと稼ぎできると思ってレインに近づいてきたのだ。確かに、迷宮にはこういう道案内役の冒険者がたまにいる。この子もそうなのだろう。もっと難易度の高い迷宮なら案内を頼むのも悪くないが、この程度の規模で5万リリンは割高だ。
「いや。悪いけど遠慮しておくよ。さっきの仲間と一緒に地上に戻った方がいい」
「しょうがないっすねぇ、じゃあ4万リリン! 4万でどうっすか!」
「いや。俺もお金に余裕がないから。今回は一人で最下層を目指すよ」
「じゃあ3万……いや2万リリンでいいっすよ! もってけ泥棒っす!」
「いやーそうだなぁ……ううん」
断るつもりだったが、どんどん下がっていく値段にレインは若干悩んでしまった。
「しょうがないっすね! お兄さんのために1万リリンで雇われるっす! 最下層まで行きたいんすよね! おいらがいれば一日で着くっすよ! 最短ルートで案内できるっす! どうっすか! なんとかならんか!」
そこまで下げてくれたのに断ったら申し訳ない気がしてきた。
「……分かったよ。1万リリン払う。この迷宮の道案内、よろしく頼むよ」
「やった! 交渉成立っすね! 毎度ありっす! あ、ちなみにおいら、戦いはからっきしなんで、そのつもりで頼むっす」
「……君の名前は?」
「おいらはリザっす。よろしくっすよ、レインのお兄さん!」
口調や顔立ちから全く判別できなかったが、どうやら女の子だったらしい。休憩を終えると二人は最下層を目指した。リザは自信満々で道案内役を買って出るだけあって、この迷宮のことに詳しかった。レイン一人で進むよりもずっと早く次の階層への階段に辿り着く。
単純に道を知っているのもそうだが、何より優れているのは気配の消し方だ。ばったりと直接遭遇しない限り、魔物に気取られる心配がない。レインもリザほどに上手く気配を消すことはできない。むしろリザに合わせるのに苦労するほどだ。おかげで魔物と戦う機会も少なかった。体力を温存できるのは嬉しい話だ。
「レインのお兄さん、気配の消し方上手いっすね。道案内の時はお客さんの気配がだだ漏れなんで、おいらが消してもあんまり意味なかったりするっす」
「だからさっきのパーティーと一緒の時はガーゴイルに襲われたんだね」
「いや……あれはさっきのお客さんが調子に乗ってガーゴイルの群れに突っ込んだせいっす」
「…………」
道案内役のリザは生きた心地がしなかっただろうな、とレインは思った。
「ところでレインのお兄さんはなんでこの迷宮の最下層に?」
「依頼だよ。クリスタルゴーレムを倒して素材を採取してきて欲しいみたいだ」
「あー。あったっすねぇ。そんな依頼。正直、この辺の冒険者じゃ絶対無理っすよ」
「……そうなんだ」
「そうっすよ。この辺は安全なんで冒険者向けの仕事が少ないっす。だからいるのは初心者かヘボっすね」
一日で最下層に着く、というのは嘘でも何でもなかった。10階層からたった半日で25階層まで辿り着くことができたのだ。しかしここからは一筋縄ではいかない。レインもあまり知らない魔物が25階層からは現れ始めるのだ。ちょうど、曲がり角の先に10メートル以上はくだらない巨大な百足に似た魔物がいる。気配を殺しているのでまだ向こうは気づいていないはずだ。
百足は1体しかいないが、まるで門番であるかのようにピタリとそこから動かない。水晶のように透き通る身体をしており、鉱物系の魔物であることが分かる。リザから聞いた話だと、この迷宮に出現する魔物はすべて鉱物系とのことだ。鉱物系の魔物は頑丈さが売りなので強い魔物ほど普通の剣が通用しなくなる。
「見たことのない魔物だ……この迷宮特有の魔物なのかな」
「そうっす。クォーツセンチピードっすね。めちゃくちゃ硬いっすよ、あいつ」
「何か特徴とか弱点はないかな」
「硬いっすけど関節だけは脆いっすね。でも注意点があって、頭と胴体を繋ぐ部分以外の関節を攻撃しても致命傷にならないっす。剣で他の関節を斬ったらむしろ最悪っすね。自切して移動スピードが上がるんでかえって面倒になるっす」
リザは小声でレインの質問に答えてみせた。正直に感想を言えば、完璧な回答だ。魔物についてもよく知っている。これで1万リリンなら良心的と言えるのかもしれない。
「ちなみに、攻撃方法はどういうのがあるのかな」
「ああ、それは噛みつき攻撃と胴体を使った締めつけ攻撃ぐらいっすね」
「なるほど、ありがとう。戦ってみるよ。ここを通る以外に下へ行く道はなさそうだから」
「レインのお兄さん、ファイトっす。ここから応援してるっすよ」
腰に帯びた鞘から剣を抜き、呼吸を整えてその魔物、クォーツセンチピードと対峙した。顎をしきりに動かし、今にも噛みついてきそうだ。レインが剣を構えた瞬間、敵が動いた。素早い。くねくねした軌道で地面を這い回り、攪乱しつつ正面から接近してくる。
狙うのは頭と胴体を繋ぐ関節。真正面の位置からではそこを攻撃するのは難しい。左右に回り込むか、さもなければ頭上か。ともかく噛みつかれるのを警戒して後ろへ飛び退いたが、クォーツセンチピードは噛みつかずにその長い胴体でレインを取り囲むように動いた。リザの言っていた締めつけ攻撃だ。チャンスである。レインは焦らずにじっくりとタイミングを見計らう。
「……今だっ!」
クォーツセンチピードの巨体がレインの身体に絡みつこうとしたその瞬間、レインは垂直に高く跳躍し、締めつける攻撃をすり抜けた。それだけではない。そのまま背中の上に飛び乗った。この位置ならば背後から頭と胴体を繋ぐ関節を狙える。タイミングさえ上手く見極めれば、こうやって弱点を攻撃できると踏んでいたが、想像以上に上手くいった。勝利を確信して剣を振りかぶったその瞬間。
「……!?」
ぐるん、とクォーツセンチピードの頭だけが180度回転して背後を向く。さらにその強靭な顎でレインの剣に噛みつき、真ん中からへし折ってしまった。並みの冒険者ならここで態勢を立て直すため一度距離を置くか、さもなくばパニックを起こして噛みつかれていたことだろう。どちらにしても窮地であることに変わりはない。
「あ、あぶないっす!」
現に戦いを見守っていたリザもそう思ったが、レインは剣に噛みつかれたことで邪魔な口が一瞬塞がれたと考えた。攻撃のチャンスと捉えたのだ。
「召喚」
刀身の折れたブロードソードを手放してレインの右手が虚空を握る。魔法陣が浮かび、手の中に新たな剣が現れる。ブロードソードよりも細身で、刺突に特化した剣。レイピアだ。
クォーツセンチピードはまだ呑気にへし折った刀身を咥えている。レインは顎の下めがけて鋭い突きを繰り出した。驚くほどあっさりとした手応えだ。深々とレイピアが突き刺さり、クォーツセンチピードは二、三度痙攣すると静かに沈黙した。
「……なんとか倒せたよ。あの剣、結構気に入ってたんだけど……」
「レインのお兄さん、さっきのって……」
「ああ。召喚魔法だよ。別に大した魔法じゃない」
リザはてっきりレインをただの剣士だとばかり思っていた。まさか魔法まで使えたとは。召喚魔法は何かを呼び出すための魔法だ。大抵は契約して味方になった魔物などを呼んだりするが、どこかに保管している武器やアイテムを呼び出すのに使う者もいると聞く。
まさにレインがそうなのだ。もっと魔法に長けた冒険者になれば、異空間に所持品を保管しておいて、自在に片付けたり取り出したりできるそうだ。これは一般的に召喚魔法ではなく収納魔法と呼ばれている。レインはそこまで出来ないが、いずれにせよリザから見ればただ者ではない。




