221話 魔王軍の再襲(6)
「お、おいらは獣人なんかじゃねぇっす! 確かにちょっと普通の人とは違うところもあるっすけど……」
「いや……獣人だ。獣人という表現が嫌なら、魔獣への変身能力を持つ人間とでも思えばいい」
そう言った虎の獣人の姿が徐々に変わっていく。獣の姿が、人間の姿に。やがて虎の獣人は尻尾を残す以外は人間とそう変わらない見た目になった。鍛え上げられた筋肉質な身体の、精悍な男性だ。
「名乗るが遅れたな。俺はタイガ。君の名を聞かせてくれ。なんという名だ?」
「……リザっす」
「そうか。リザというのか……良い名前だな」
「タイガさん、と言いましたね。リザは孤児なんです。物心ついた頃には旅芸人と一緒に暮らしていて、両親のことは何も知りません。リザという名前も、旅芸人たちの座長がつけてくれたそうです。そうだよね、リザ」
リザは無言で頷いた。リザはすでにある可能性が高いことに気づいているだろう。レインもそうだ。タイガの魔獣の姿から人間の姿に変わる能力は、リザのそれとあまりにも酷似している。おそらく後ろのハイエナ獣人も同じことができるはずだ。
そこから導き出される答えは一つしかない。もしかしたらリザの両親は、獣人だったのではないか。そして何らかの理由でリンクス山脈を越え、リザを捨てた。その辺りの事情までは分からないが。
タイガの後ろにいるハイエナの獣人のうち一体が、こちらを睨みつけたままタイガに話しかける。
「タイガ。この子は我らの同胞だ。人間などと一緒にいても良いことなど何もない。我らの村に連れて行こう。それがこの子の幸せだ」
「お前たちは静かにしていろ。その判断は俺がする」
「俺はレインと言います。リザの仲間です。申し訳ないですがリザの意思を確認しないまま、リザを渡すつもりはありません」
「すまない。仲間意識が強いがゆえの発言だ。悪気はない。一方的に連れ去るような真似はしない」
「……いえ。こちらこそすみません。タイガさんたちが悪い人でないのは分かります」
タイガはレインに視線を向けて話を続ける。
「ここに住む獣人は仲間意識が強くてな。獣人は人間と関わらず、獣人だけで暮らすのが幸福だと信じているんだ。そして獣人は、この辺りにしか住んでいないんだ。だからリザ、山脈の向こうから来た君が何者なのか俺たちは気になっている。王国の騎士団がここを通るのは承知したが、よければ君のことを村で詳しく教えてくれないか。なにか分かるかもしれない」
「い、いきなりそんなこと言われても……話をするくらいならいいっすけど、今はそれどころじゃあ……」
そこでオリヴィエが口を挟んだ。なにか思いついたような顔をしている。
「そうだな。今は作戦行動の真っ最中だ。こんなところで立ち止まっている時間はない。かと言ってリザを置いていくのも避けたいところだ。この子は重要な戦力だからね。なにかしらの対価がなければ、隊を率いる者として許可するのは難しい」
「……ならば、見返りとして俺たち獣人が道案内を務めよう。この大人数でリンクス山脈を越えるのは大変だぞ。山を越えやすいルートを知らなければ何人死ぬか分からない」
オリヴィエは表情を変えなかったが、内心でガッツポーズをしたに違いない。この辺りに住む獣人なら、リンクス山脈についても知悉しているはずと考えて交渉を持ち出したのだろう。そして読みは当たっていた。
レインはロキも呼んで、リザ、カイル、アンジュの五人で獣人の村へと向かった。その間、オリヴィエは全部隊に待機を命じた。村は森を抜けた先にある小さな場所だ。
村の入り口で猫耳の少女と尻尾を生やした少年が追いかけっこをして遊んでいる。獣人は作り話だと思っていたが、本当に存在するのが信じられなかった。それも実質的にローザンディア王国に住んでいるとは。
「長老、ただいま戻りました。人間たちの軍団は敵ではありませんでした。客人をお連れしています。我らの同胞も一緒です」
「おお、タイガ。ご苦労じゃった。その子がリンクス山脈の向こうから来た獣人か。ううむ……確かに同胞の匂いがする」
案内されたのは村の長老が住まう家だった。長老と呼ばれる老齢の獣人はどことなく犬に近い見た目をしている。タイガが長老に経緯を報告し、レインたちも一通り自己紹介を済ませると、長老は少しだけリザに顔を近づけながら言った。
「リザと言ったかな。お主はおそらくカーラの子じゃな。顔に面影がある。気立ての良い子じゃったよ。だが娘を産んですぐ、魔族に襲われて住んどる村は滅んでしもうた……思えば不思議だったのがカーラと赤ん坊の娘だけ、遺体が見つからんかったことじゃ」
「……おいら、てっきり両親には捨てられたと思ってたっす。そうではなかったんすか」
「それは誤解じゃ……カーラはきっと、魔族からお主を逃がすため、リンクス山脈を越えて逃げたのじゃと思う」
「そう……だったんすか」
リザはレインとロキの間にいる状態で頭を下げ、思い詰めた表情をしている。ロキはそんなリザの頭を優しく撫でた。
「なら良かったじゃないか、リザ。お前の両親はお前のことを愛してたんだ。必死に守ってくれたから、赤ん坊のお前は生き残ることができた。そのことは素直に喜べばいいし、守ってくれたお母さんには感謝すべきだ」
「……師匠。そうっすね。そうっすよね。長老のおじいちゃん、教えてくれてありがとうっす」
「いいんじゃよ。ところでロキさん、貴方がリザの育ての親という認識で間違いないですかのう」
「育ての親というほどではないですよ。ま、生きるのに必要な術はある程度教えましたが」
「貴方にも感謝しなくてはならぬ。我ら獣人の仲間を救ってくれたこと。長老として感謝申し上げる」
長老はそう言って頭を深く下げると、やがて姿勢を元に戻してリザに確認した。
「念のため聞いておいてよいかな。リザ、ここで我らと暮らす気はないかのう」
「悪いっすけど、おいらはもう兄貴の一番弟子として一緒に生きるって決めてるっす。ここで暮らすつもりはないっす」
「なるほどのう……なら引き止めはすまい。じゃがここにもお主の居場所があるということは覚えておきなさい」
「分かったっす。そう言ってくれてありがとうっす、長老のおじいちゃん」
それで話は終わりのように思われたが、長老はまだ伝えたいことがあったようで、さらに続ける。
「……では、最後に獣人のルーツに関わることを伝えておこう。リザ、お主は当然知らない話じゃからのう。今のうちに頭の片隅にでも置いておくとよかろう。なぜ、我らは身体の一部が獣なのか。なぜ、魔獣の姿に変身することができるのか……」
てっきりそういう種族だからで済む話だと思っていたが、そうではないらしい。獣人のルーツには何か隠された話が存在しているようだ。これはレインの感覚でしかないが、確かに生まれつき魔獣の姿へ変身できるというのは、種族の特性と考えても特殊な気もする。
「始まりは500年以上前……我らの先祖がダルク大陸に住んでおった時代まで遡る。先祖たちはそこで魔王軍に囚われ、魔王ウルスの手によって人体実験を受けておった。人間と魔獣を掛け合わせ、高い知能と身体能力を兼ね備えた存在を生み出すという実験じゃ……」
その話を聞かされた瞬間、レインは即座にユーウェインことを思い出した。その話を知らないロキ以外の全員がそうだっただろう。ユーウェインも物心ついた頃にはダルク大陸の施設で人体実験を受けていたと言っていた。魔王ウルスの命令だったんだろうとも。
分からない。魔王ウルスがなぜそんなことをしていたのか。人間をマウス程度にしか考えていなかったのだろうか。それとも他に理由があったのだろうか。その実験の先に何を見ていたのだろう。レインはすでに勇者に討たれた魔王のことを、強く意識せざるを得なくなった。
「なぜ魔王がそのような実験を行っておったかは分からぬ。だが我々の先祖はその実験によって魔獣への変身能力を得た。その代償として、多くの同胞は身体の一部が獣のようになってしもうた。稀にその特徴が薄い者もおるがのう。リザがその一人じゃ」
「つまり、獣人は魔族によって人為的に生み出された存在だと……」
「その通りじゃ、レイン殿。そして500年前、魔王は勇者に討たれ、先祖はダルク大陸から脱出した。ダルク大陸では魔族からは家畜以下の扱いを受け、現地の人間からも迫害されとった。そこで暮らしていくには厳しい状態だったのじゃ……」
そして獣人たちの安住の地を求める長い旅が始まった。身体の一部が獣である彼らは、奇異に思われながらも旅を続け、ようやく静かに暮らせる場所がここだったのだ。地理的にも東に進んでメガリス王国を抜け、海を渡ればダルク大陸だ。
「ここに住むようになってからも、時々魔族が襲ってくる。魔族は魔獣を毛嫌いしておるからのう……奴らも手懐けられない存在じゃ。魔獣の力を持つ儂らも、根絶したいと思っておるらしい」
レインは魔族を相手にして大丈夫なのか、と聞きたくなったが、心を読んだようにタイガが言った。
「心配は無用だ。我らとて無力ではない。たとえ相手が魔族でも自衛ぐらいできるさ。それより長老、話はこれくらいでいいでしょう。彼らは魔王軍と戦うためにここを通ろうとしているのです。あまり話を長引かせるのは……」
「そうじゃったな。すまんのう、歳をとると話が長くなってしまう。タイガ、後のことは任せる。頼んだぞ」
「承知しました。お前たちの仲間のところへ戻るぞ。約束通り、道案内をしてやる」
そうして獣人の村から立ち去った。待機している軍のところへ戻ると、程なくして行軍が再開された。




