220話 魔王軍の再襲(5)
魔王軍との戦いのため雇われた冒険者が集まるところへ行くと、みんな陽気に食事をしていた。凶暴な魔物が跋扈するという場所での野営なのに、恐れた様子が何もないのは、場数を踏んでいるためだろうか。
「よう、みんな。どこにいるのかと思ったら。食事は済ませたのか? こっちに来て一緒に食べよう」
冒険者の集まりのひとつにリザの師匠、ロキが当然のようにおり、声をかけられた。神出鬼没なこの人物だが、大陸の窮地となれば必ず馳せ参じてくれるのだ。前回のティーリエ平原の戦いにも何気なく参加していた。
レインはお言葉に甘えて混ぜてもらうことにした。リザたちと一緒にロキの隣に座ると、焚き火のパチパチと燃える音がやけに新鮮に感じた。料理はシチューだ。お椀によそってもらった。レインはロキ以外の者にえらく注目を浴びた。
「ははあ、この子が最近有名な〈召喚の勇者〉かあ。若いなあ」
「こんな若者が活躍する時代だ。俺たちはそろそろ引退考えた方がいいかもなあ」
「なに言ってんだか、先輩方。皆さんはまだまだ現役で行けますよ。昔、生涯現役って言ってたでしょ」
ロキの返しを聞いてそんな昔のことよく覚えてるな、と年配の冒険者たちは笑っていた。この集まりは知らない顔の冒険者の方が多かったが、中にベルタとエミリオもおり、レインたちはお互いに挨拶をした。二人とはコールランド聖王国で一緒に戦った仲でもある。
「久しぶりだねぇ、レイン。リザたちも。今回は微力ながらアタシたちも参戦するよ。故郷には魔王軍が来なかったからね」
「たしかベルタさんとエミリオさんはメガリス王国の出身でしたよね。お二人がいると心強いです」
「ああ、この二人も久々に顔を見たな、いつになったらエミリオと結婚すんだ、式には呼んでくれよ!」
「うっさいねえ、今じゃそういうのセクハラだよ! ったく。おっさんの絡みは本当に面倒くさいんだから」
ベルタの横に座っているエミリオが顔を真っ赤にして黙り込んでいた。年配冒険者の発言はただのウザ絡みというだけではなさそうだ。夜は見張りを交代でやる必要があるので、みんな酒は控えてるはずだが、飲んでるとしか思えないノリの良さである。
でも賑やかな方がいいかもしれない。魔物の縄張りを通る以上、存在はもう知られているはずだ。なら魔物が近寄り難くなるような雰囲気の方がかえって好都合というものだ。
そんな陽気な食事の時間も過ぎ、冒険者も騎士も兵士も見張りを除いて寝静まった。レインは見張りを買って出たので、起きたまま周囲を警戒していた。そうしていると誰かが近づいて来たので、気配のする方を振り向く。そこにはフランがいた。
「あ……フラン。お疲れ様。寝ていなくていいの?」
「お疲れ様、じゃないですわ。私を放っておいてロキさんたちといたんですか。私を放っておいて……!」
「ご、ごめん。フランも忙しいと思って……仕事の邪魔をしたら悪いし……」
「ま……いいですわ。許してあげましょう。こうして二人きりで過ごせる方が嬉しいですから」
フランが隣に座る。それから、他愛のないことを話した。最近はあまり会えなかったので楽しかった。レインはどうせ後で無理をするだろうから、今のうちに体力を残しておいて、と言って、フランを先に寝かせた。我ながら上手い説得をしたものだ。何も言わなかったらレインの見張りにずっと付き合っていたに違いない。
二日目が訪れた。この日は空がどんよりと曇っており、日中にも関わらず夜のような得体の知れない空気があった。午後に魔物が現れ、初の戦闘になった。オウルベアが群れを成して襲ってきたのだ。梟の顔と熊の身体を持つ魔物だ。顔が梟なのでどこか愛嬌を感じるが、かなり獰猛な魔物である。
レインは召喚魔法を使って双剣である風刃剣ウィントワイスを武器に、オウルベアを斬り捨てていく。隣には魔獣に変身したリザも一緒だ。ウィントワイスを連結させブーメランにして投げつけると、四体のオウルベアの腹部を深々と切り裂いた。そうして弱らせたところでリザが突撃し、一気にとどめを刺す。
じきに戦いは終わった。オウルベアの群れの方が敵わないと判断して森の奥へ逃げ帰った。こちらは負傷者こそ出たが、死者は一人もいなかったらしい。これも全員の実力と、指揮官の手腕の賜物であろう。リザも人間の姿に戻り、疲れたのか水をごくごく飲んでいる。
「ぷはー。一仕事終えた後のキンキンに冷えた水は美味いっすねぇ。なんかヤバイ薬とか入ってそうな美味しさっす」
「確かに。分かるよ。でもまだ行軍は始まったばかりだ。これからそんなこと言う余裕もなくなるかもしれないけどね……」
「兄貴は心配性っすねぇ。きっと、なんとかなるっすよ! 魔王軍との戦いだって、絶対勝てるっす!」
ただ楽天的なだけのような、ひょっとしたら鼓舞を含んだかのような発言だ。あるいはその両方かもしれない。リザはわりと頭が回るので能天気なだけじゃないのは確かだ。そうしていると、ロキがやって来てねぎらいの言葉をかけあった。
「リザ。もう大分、魔獣の力を使いこなせてるな。レインともばっちり連携が取れてたじゃないか」
「師匠、こっそり見てたんすか? それなら一緒に戦ってくれたら良かったのに」
「そっちはレインたちがいれば十分そうだったからな。他にフォローを入れとくべき部分はいくらでもあるんだよ」
三日目、四日目と、立て続けに魔物の群れに襲われた。死者こそいないが、連続で戦闘が続き、思うように行軍を進められなかった。そして五日目。魔物の群れは現れなかったが、別の存在が姿を現わした。魔獣である。
その日、レインのパーティーは護衛するようにオリヴィエの近くにいた。三体の魔獣は隊列の横合いから、気配もなく出現したので、レインは反応に遅れた。リザに言われてようやく気づいたくらいだ。もし襲われていたら先制攻撃を食らっていただろう。
魔獣。それは魔物から派生して誕生した存在。魔族は魔物の知能が発達した種であるのに対し、魔獣は魔物の身体能力がより発達した種だ。動物により近く、本能の赴くまま行動し、魔族すら手を焼いていたらしい。
一体は虎に似た灰色の魔獣。残る二体はハイエナに似ていた。ハイエナ二体は獰猛な唸り声を漏らしたが、虎の魔獣は威嚇の類は見せず、むしろ落ち着きのある、知性を感じさせる言葉を発した。
「人間の戦士たちよ。一体この地に何用か。ここから先は我ら獣人の縄張り……もし我らを脅かす気なら、ただちに引き返すがよい」
「……魔獣。それも言葉を話すとは。この年になっても知らないことは幾らでもあるな」
レインたちが守っているとはいえ、オリヴィエからは一切の動揺が見られなかった。さすがは年季の入った元騎士団長、といった風格である。ハイエナの魔獣のうち一体は「なぜ我らの同胞を連れているんだ」と言ったが、虎の獣人が「それは後でいい」と呟いた。虎の獣人が話を続ける。
「正確には魔獣ではない。さっきも言った通りだ。我らは魔獣と人間が交わって生まれた獣人。500年ほど前から、この地で静かに暮らしている。我らの縄張りを荒らす気なら、戦わねばならぬ。もう一度問う。この地に何用か」
「それは失礼した。私はローザンディア王国が擁するイーリス騎士団副団長、オリヴィエ・ハーパイル。王国の南部に現れた魔王軍を打倒するため、この地を通らせてもらう。諸君らの縄張りを荒らす意図はない」
虎の魔獣あらため虎の獣人は、少しの間を置いて「その言葉、信じよう」と言った。ただ、それで話は終わりというわけではないらしい。虎の獣人はすっと手を伸ばし、レインの隣に立っているリザを指を差して言った。
「もうひとつ聞いておきたい。その子は獣人だな。同胞の匂いがする。なぜ騎士と一緒にいるのだ」
その言葉に動揺したのか、リザがレインのマントを掴んだ。レインは思わぬところで、リザのルーツを知ることになる。




