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2話 召喚の勇者(2)

 迷宮の中は想像よりも明るかった。迷宮によっては松明やランタンで照らしながら探索するということも珍しくないのだが、この迷宮は壁に明かりが設けられていて、とても親切な仕様になっている。自分で明かりを用意するとなると、片手が塞がってしまう。そうなると迷宮に潜む魔物との戦いが少し面倒だ。


 オーネス採掘迷宮の中は典型的な迷路の構造になっている。道は十分に広いが、分かれ道がいくつも続き、冒険者を迷わせようとする。次の階層への階段を見つけるのには苦労したが、魔物に遭遇することは少なかった。遭遇してもメノウアントのような小型の魔物だけだ。


 メノウアントは体長三十センチほどの蟻のような魔物である。鉱物系に分類されていて魔物としては弱い。ただし顎の力は侮れないものがあり、噛みつかれたら骨ごと食い千切られることもあるので、注意しなければならない。


 このメノウアントは名前通り身体が瑪瑙(めのう)のようであり、死体を加工すればイヤリングやネックレスなどの工芸品になる。上手く死体をそっくりそのまま持って帰れば小銭が稼げるというわけだ。もっとも、今回のレインは最下層に用事があり、手荷物を増やしたくなかったので無視して進んだ。


 10階層まで降りるのに一日を費やした。そろそろこの辺りで休もうかと、レインは休憩にちょうど良さそうな場所を探す。できるなら行き止まりになっているような場所がいい。退路がないように感じるが、この階層にそれほど強い魔物はいなさそうだ。ならば敵が来ないか注意を払う場所はひとつの方が安心して休める。


 丁度良い場所を見つけたレインが腰を下ろそうとした瞬間、複数の足音が聴こえた。人間の足音だ。こちらに徐々に近づいてくる。耳を澄ませると、何かを叫んでいるようにも思える。おそらく同業者だろう。それにしても、まるで逃げるような足音にレインは不安を覚えた。


 もし魔物と遭遇して逃げ回っているなら、レインまで巻き込まれるかもしれない。仕方なく立ち上がって足音がする方へと歩き出した。逃げている者たちが少し心配になったというのもある。


「だ、誰か~助けてほしいっす! ガーゴイルに襲われてめっちゃピンチっす~!!」


 今度ははっきり声を聞き取れた。少年なのか少女なのか区別できないが、ちょっと高めの子どもの声。休憩場所に選んだ袋小路から出ると、冒険者の集団がガーゴイルに追いかけられているのが分かった。


 先頭を走るのはまだ13歳かその辺りの幼い冒険者だ。どことなく猫を思わせる顔立ちで性別は分からない。短めの黒髪で首輪をつけている。腰のベルトには短剣用の鞘が挿してあった。短剣を握り締めているがそれで戦うというような素振りもなく一心不乱にこっちへ走ってくる。後続の冒険者は少年が二人、少女が一人。後続の三人のうち一人は怪我をしていて頭から血を流している。


「みんな、おいらと同じ方向に逃げないで欲しいっす! おいらはただの道案内っす! 戦うのはみんなの仕事っすよ! おいらが助かる生贄になれっす!!」

「そんな殺生なこと言うなよ! お前が銅級冒険者でも勝てるって言うから……」

「新人の銅級でも一体なら大丈夫って言ったんすよ! ガーゴイル五体に勝てるとは言ってねぇっす!!」


 先頭を走る冒険者の物言いに後続の仲間が抗議した。走りながら叫んで疲れないのだろうか。冒険者たちを追いかけるガーゴイルは確かに全部で五体だ。ガーゴイルは石の身体を持つ魔物で、背中には翼があって飛行もできる。個体によっては魔法を使うこともある。


 新人の冒険者という言葉が本当なら少し厄介な敵になるだろう。ガーゴイルは身体が頑丈だから、下手な剣術では斬ることも難しい。レインは腰に帯びていたブロードソードの柄に触れて、逃げる冒険者たちに声をかける。


「そこの冒険者たち、助けがいるなら俺の後ろに下がれ」


 追いかけるガーゴイルは前衛が二体、真ん中に一体、後衛に二体という布陣。レインは目を細めて剣を構えた。


「神の助けだ! みんな、もう少し踏ん張れ!」


 冒険者たちがレインを通り過ぎた瞬間、レインの剣閃が前衛にいる二体のガーゴイルを切り裂く。瞬きよりも速い斬撃は石の身体を切断し、上半身と下半身が真っ二つに分かれて地面に落ちる。


 真ん中の一体が噛みつこうと大口を開けたが、横一文字に剣を振り抜いて首を切断する。レインはたった数秒で三体ものガーゴイルを倒したことになる。後衛にいる二体のガーゴイルの反撃がきた。口に魔法陣が浮かび、火球がレインを襲う。


 炎魔法の初歩、フレイムスフィアだ。初歩とはいえ殺傷性抜群であり、まともに浴びれば火達磨になる。レインは纏っていたマントを掴んで顔と身体を覆った。普通のマントならそんなことをしても何の意味もなかっただろう。


 レインのマントに火球がぶつかると、炎は燃え広がらずマントの表面を撫でるように拡散していく。このマントは普通のマントとは違う。魔法の糸で編まれた特別なもので、頑丈で燃えにくく、魔法をある程度弾く特性を持っているのだ。


 敵が再度魔法を放つより速く、レインは残りのガーゴイルに肉薄する。一体に袈裟斬りを浴びせると、返す刀で逆袈裟を放ってもう一体を切り裂いた。深手を負った二体のガーゴイルは地面に崩れ落ちて動かなくなる。レインはふう、と息を吐いて剣を鞘に納める。


「大丈夫かな。とりあえずガーゴイルは全部倒したけど……」

「いや~助かったっす! 凄い腕前っすね! この辺じゃ見ない顔っすけどお名前は?」

「俺はレイン。この国には最近来たばかりだ。用があって迷宮を探索してた」


 先頭を走っていた冒険者が聞いてきたのでレインは手短に答えた。まだ何か話そうとしていたが、レインは無視して頭から出血している他の冒険者に近寄り、血止めの塗り薬を渡した。


「ごめん。ポーションはまだ探索で使うかもしれないから、この薬で我慢してほしい」

「あ、ああ……ありがとう。これで十分だよ……大怪我ってほどじゃないし」


 もっと重傷の冒険者がいた。どうやらガーゴイルとの戦いで腕が折れているらしかった。もうまともに戦える状態ではない。彼らは外に引き返すしかないだろう。しばらく冒険者の仕事もできないだろうから、あれでは生活に困るな、と思った。ポーションを使えば治せるだろうが、手持ちのポーションは少ないので渡すのはレインの具合が悪い。まだ迷宮の探索で使う可能性があるからだ。


 そこで倒したガーゴイルの死体を確認すると、魔法を使った個体から魔石を二個見つけることができた。魔石は魔力を秘めた石のことで、特定の魔物の死体から見つけることができる。これを地上で売れば、ポーションを新しく買ったり、治癒師に怪我を治してもらえるくらいの金が手に入る。


 治癒師というのは医学の知識を持ち、治癒魔法を使える者のことだ。医学の知識があっても魔法が使えない場合は医者などと呼ぶ。レインは魔石二個をリーダーらしき人物に渡すと「今回は街に戻って傷を癒し、万全の状態で挑んだ方がいい」と助言した。


「……本当にありがとう。何から何まで。なんてお礼を言ったらいいか」

「気にしないで。もう少し経験を積めばガーゴイルくらい簡単に倒せるようになるよ。俺は最下層に行くから、これで」


 最低限の手助けはした。あの程度の怪我なら地力で帰還できるだろう。レインは先へ進むことにした。ただ本来、冒険者ならあまりお節介を焼くものではない。自分の面倒は自分で見る。他人のことなど気にするな。それが生き残るための秘訣だ。


 だが師匠であるハイトの教えと生き様は普通の冒険者と真逆だった。弱きを助け、困っている人を放っておかず、その人にとってよりよい道を模索する。そういう人だった。そんな生き方を実現できるだけの強さがあり、その姿に幼いレインは救われ、憧れたものだ。その強さにどれだけ追いつけたかは疑問だが、叶うなら師匠のようでありたいとレインは思っている。

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