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13話 湖の神殿とマーメイド(3)

 小舟を漕ぐ役割は自らの申し出でクルツがやることになった。船尾に座って両手にオールを持ち、力強く小舟を前進させる。本来なら非戦闘員であるリザがやるとちょうど良いのだが、力仕事のため、まだ幼い少女に任せるより自分が適任と思って進言したのだろう。


 サントリナ湖の水はやや濁っているうえに深い場所も多いので、底までは見えない。マーマンたちにとっては都合の良い環境と言える。レインは船頭に立ってじっと水を覗き込んでいた。


「レイン、何か見えますか? 私には何も見えませんわ」

「今のところは俺にも何も見えないかな。でもマーマンに先手を取られると戦いが不利になる」

「おいらが見とくんで姫様は座ってていいっすよ。ずっと立ってたら疲れるっすよ」

「リザ殿の言う通りです。姫様、ご無理はなさらないでください」


 リザとクルツにそう言われたフランは、眉を寄せて怒りだした。


「ちょっと二人とも、いい加減に姫様呼びはやめてくださるかしら。今はいいですけれど、他の人に聞かれたら怪しまれるでしょう」

「それもそうですね……失礼しました、フラン殿」

「次からは気をつけるっす……あ」


 リザが小舟の縁を掴んで水面を覗き込んだ。


「今、何か動くのが見えたっす。かなり大きかったような……」

「えっ。もしかしてマーマンですか? というより、水中にいる敵をどうやって攻撃すればいいのかしら」

「……マーマンも攻撃する時は水中から姿を現わす。そこを狙うのが基本かな」


 マーマンの力はそれほど強くない。個体によっては小舟を壊すくらいの腕力を持つ者もいるそうだが、そういうタイプは珍しいとされている。武器は素手か銛。たまに水魔法も使う。泳ぎはかなり速く、人間では絶対に勝ち目がない。基本戦法は奇襲をしかけて水中に引き摺りこみ、身動きを奪って溺死させることだ。


 じっと目を凝らして水面を観察すると、確かに何かが動いているのが見えた。ヒレのような形状だった。リザの言っていることは正しそうだ。マーマンか、はたまたマーメイドかまでは分からないが、水棲の魔物が小舟を狙っている。


「召喚」


 呟いたレインの右手に一本の槍が出現すると、右腕を後ろに引き、水面へ勢いよく投げつけた。同時、魚めいた頭部と鱗の肌を持つ異形の魔物が水面から飛び出し、投擲された槍が怪物の左胸を貫く。


「グゲエェェッ!!」


 奇妙な断末魔を響かせながら魔物は即死した。水面にぷかぷかと浮かびながら水に流され、小舟から離れていく。


「あ、あれがマーマン……はじめて見ましたわ。思っていたより化け物寄りの見た目をしてますわね……」

「マーメイドは下半身のヒレ以外は人間に近いっすけどね。マーマンはあんなもんじゃないっすかね」

「今のは攻撃のタイミングが完璧でしたね。さすがはレイン殿と言ったところでしょうか」


 フランはマーマンをもっと王子様みたいな美形だと思い込んでいたようだ。対であるマーメイドはおおよそ男性を誘惑できる美人であることが多いから、そういう想像をしても仕方ないかもしれない。


 レインは召喚魔法を使ってもう一度槍を構え、水面を覗き込む。いつでも攻撃できるように。四人を乗せた小舟は緩やかに湖の中央にある神殿へ進んでいる。まだ遠いが、目視できる距離まで近づいていた。


 いる。小舟の下に三体か四体。正確な数までは把握できないが、またもやマーマンが攻撃しようと狙っている。水飛沫が上がってマーマンが顔を見せた瞬間、完璧なタイミングでレインは槍を投擲した。


「なっ!?」


 飛び出したマーマンが水かきのついた両手を槍に対して垂直に構えると、水のような壁が生じて槍を弾いてしまった。ウォーターヴェールと呼ばれる水の防御魔法だ。


 続いてもう二体ほど新たにマーマンが現れる。小舟の両側から挟み撃ちにするような格好だ。右側にはフランがおり、左側にはレインがいる。


 レイン側のマーマンは水の球体を発射してきた。これも水魔法。その名もハイドロショットである。炎のように燃やしたり、あるいは剣のように斬ったりといった派手さはないが、凝縮された水は重い打撃を与え、簡単に骨をへし折る威力となる。


 その水球が三発、レインめがけて放たれた。咄嗟に空いている左手でマントを掴んでハイドロショットを防ぐ。レインのマントは魔法の糸で編まれた特別なもので、魔法をある程度弾くことができる。これでハイドロショット三発の威力を拡散させ、衝撃を緩和したというわけである。


 同時、レインはまた召喚魔法を行使して、槍を右手に持つ。水中に逃げようとするマーマンに鋭い突きを放ち、手応えを感じた。刺したのは槍の投擲を防いだ方のマーマンだ。きっと武器が無くなったと思って油断したのだろう。急所に槍が突き刺さったことでそのマーマンは即死した。


 一方、フランの側に現れたマーマンは長い銛を持っていた。遠い間合いから放たれた突きをフランは紙一重で躱し、小舟の縁に足を乗せ半歩踏み込むと、横一文字に剣を振り抜く。


 剣の間合いでは銛持ちのマーマンに届かないことは分かっている。狙ったのは銛そのもの。フランの斬撃は柄の部分を両断し、マーマンの戦闘能力を奪う。慌てて逃げ帰ろうとするマーマンだったが、リザが持っていた短弓に射られて、頭に矢が突き刺さってしまう。


「リザ、感謝しますわ。おかげで一体倒せました」

「いやぁ。フランの姉さんが気を引いてくれてたおかげっす」


 フランとリザはハイタッチをして喜んでいるが、襲ってきたマーマンを一体逃してしまった。間違いなく仲間に報告されるだろう。武装した人間が縄張りに近づいていると。警戒されるのは好ましくないが、こうなった以上は仕方ない。


 その後しばらくマーマンが襲ってくる気配はなかった。レインはそれを訝しく思っていたが、すぐに答えが分かった。マーマン以上の存在がこの湖に潜んでいたのだ。神殿も間近という時にそれは現れた。とても太く、吸盤のついた巨大な触手が水面を突き破るように飛び出してきたのだ。


「なななな、ななな……一体なんですかあれはぁっ!?」

「フラン殿、あれはクラーケンです。それにしても海の魔物がなぜこんなところに……!?」


 クラーケンは巨大なタコ型の魔物だ。海に棲息しており、嵐のように現れて巨大な船を一瞬で叩き潰すという。もちろんレインたちが乗っている小舟などクラーケンにかかれば簡単に粉々にされるだろう。


 クルツは力の限りオールを漕ぎ、一秒でも早く神殿へ到着しようと急ぐ。幸運だったのは湖の水質がそれほど良くないことだ。濁った水が小舟の位置を分かりにくくさせ、湖の底に潜むクラーケンも正確には攻撃できない。


 それでもクラーケンの足がレインたちに命中するのは時間の問題だ。意を決したレインは立ち上がると、フランたちに言った。


「クラーケンは俺が何とかする。三人はこのまま神殿に行ってノルウェさんを助けてあげてくれないかな」

「そ、それは構いませんけれど……どうやって戦うんですか、レイン?」

「……こうするんだ」


 右手を頭上高くへと伸ばす。レインの魔力が高ぶったかと思うと、青色の魔法陣が出現した。


「召喚変身、清冽の槍術士」


 青色の魔法陣がレインの身体を通過すると、装備が一瞬にして変わっていく。青を基調とした服装に、足には装甲を纏ったロングブーツを履いている。さらに右手には水気を放つ槍が握られていた。


 その身を新たな姿へと変えて小舟から飛び降りると、滑るように着水し、水面を走った。フランが「水の上を走った!?」などと見たままの感想を述べながら騒いでいる。水上歩行を可能とするのはレインが装備しているロングブーツの能力だ。


 レインは水面から突き出るクラーケンの足の一本に接近すると、槍の穂先で薙ぎ払って両断する。いける。確信を得たレインは次々にクラーケンの足を槍で斬り飛ばしていく。


 三本ほど切断したところで、クラーケンの狙いが明らかに小舟からレインへと変わった。巨木の幹ほどもある足を何本も伸ばし、レインに攻撃を加えはじめた。言い換えれば、小舟への攻撃は非常に手薄になったのである。狙い通りだ。


「レイン殿、助かりました! このまま神殿まで行きますよ!」


 神殿に着いたフランたちは小舟から飛び降りて逃げるように中へと駆け込む。一体いつに造られた神殿なのだろうか。神殿はやや古びて老朽化が進んでいるように見えるが、その静謐で計算された美しい建築は健在だ。階段を昇ると内部へと続く通路が続き、祭壇のある広い部屋が待っている。


 魔物の根城であるにも関わらず、周囲に魔物はいない。そもそも水棲系の魔物であるマーマンたちが地上にいることは滅多に無いから、常に神殿にいるわけではないのかもしれない。


「クルツ、リザ。ご覧なさい! あそこにノルウェさんがいますわ!」


 フランが指を差した方向、祭壇の上には男性が寝かされている。村長の息子ノルウェで間違いない。フランはノルウェが生きていたことに安堵した。後は連れ帰るだけだ。


 祭壇に近づこうとすると、部屋の隅の暗がりから一人の女性が現れる。蠱惑的な顔立ちの美しい女性だった。フランの目から見ても美人だ。それも男性を誑かし誘惑するタイプの。


「よく来た、人間たち。私はエレルーン。クラーケンから逃げきれたこと、褒めておこう。一体何用か?」

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