12話 湖の神殿とマーメイド(2)
「兄貴、クルツのお兄さん、お風呂空いてるっすよ」
しばらくして、お風呂に入り寝間着姿になったリザが部屋を訪ねてきた。クルツが「行きましょうか」と促して一階の浴室へと向かう。服を脱いでいるとクルツの肉体が嫌でも目に入る。
その優男の風貌からは想像もつかないほど、恵まれた体格と引き締まった筋肉だ。それも当然だろう。今でこそ軽装だが、騎士ならば重たい鎧を身に纏うだろうし、長期間の行軍をすることもある。騎士にとって筋力は必要不可欠と言える。
「失礼ながら、レイン殿は」
「なんですか?」
「しなやかな筋肉をお持ちですね。無駄がなく洗練されているように見えます」
レイン自身はあまり意識していなかったが、たぶん師匠であるハイトの修行のおかげだ。レインは体格にも身長にも恵まれていない。筋肉もつきにくいので、必然的にそういう鍛え方をさせられたのだ。
浴槽は木桶風呂で、ちょうど一人が入れる大きさをしている。この辺りはレインの故郷とそう変わらない文化だ。この国ではどうなのか分からないが、貴族ともなると猫足のついたバスタブに浸かるのがメジャーとなっていた。身体を洗いながらレインはクルツに言う。
「クルツさんが先にお風呂に浸かってください。俺は後で大丈夫です」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて……ああ、ちょうどいい湯加減ですね」
大柄なクルツが浴槽に浸かると湯が勢いよく溢れ出す。クルツは両腕を風呂の縁に置いて「生き返りますね、これは」と漏らした。本当に気持ち良さそうだ。
「そういえばクルツさんは、良い武器をお持ちですね。あの十字槍はどこで手に入れたものなんですか?」
「ロザリアスのことですか。あれは我が家に伝わる家宝です。騎士になった時、父から受け継ぎました」
「これは俺の予想なんですが……あれは魔法武器じゃないですか?」
魔法武器、というのはその名の通り魔法の力を秘めた武器のことだ。魔法武器と普通の武器に見た目上の違いは特にないのだが、見る目のあるものは決まって「凄味が違う」などと言ったりする。レインもロザリアスには別格の雰囲気を感じている。
「おお……分かるんですか。そうなんです。魔力を込めた量に応じて貫通力が上がる効果があります。もっとも、私は魔力が少ないので滅多に使いませんが……それを抜きにしても良い槍ですけどね。手に馴染むというか」
「フランの剣もたぶんそうですね。存在感が違う気がします」
「姫様が使っている剣はロザリアス以上に貴重ですよ。あれはキルシュブリューテという剣で、初代姫騎士が使っていた宝剣なんです」
クルツが言うには、フランが騎士団の入団試験に合格した祝いに、フランの父親、つまりこの国の王が渡したものらしい。キルシュブリューテは「使い手と共に成長する剣」だと言われている。使えば使うほど、剣としての能力が向上する。時には新たな魔法を目覚めさせることもあるという。
また、素材は神々の金属と言われるオリハルコンが用いられており、刃毀れはもちろん、折れたりしても自動修復する。誰がキルシュブリューテを作ったかは永遠の謎だが、オリハルコンが神々のいた時代にのみ手に入ったことを考慮すると、ローザンディア建国以前まで遡るのは確実だそうだ。
出奔時にそんなものを持ち出している事実にレインは驚くしかなかったが、もらったものなら問題無いかとも思った。
「レイン殿が使っていた魔法武器も、かなり優れていましたね。あの炎を放つ大剣のことです」
「あれはスヴァローグと言います。とある神殿で手に入れたものなんです」
「その大剣を使う時、身に着けている装備まで変わっていましたが、あれはどういう……?」
「あれはスヴァローグの能力ですよ。魔法で使用者に適した装備に変えてくれるんです」
「初めて聞きます。そういう武器もあるんですね」
「ええ。装備自体にも魔法の力があって、たとえばガントレットには筋力を強化する能力があります」
自分の使う武器の説明をクルツは興味深そうに聞いてくれた。それからは寝るまでお互いに武器の話だ。レインは武器の話をするのが好きだったので、久しぶりに饒舌になるのを感じていた。冒険者にとって武器は命だが、それ以上に胸を熱くさせるものがあるとレインは思っている。
全員が寝静まって時間が経ち、まだ日も昇っていない早朝の時刻。物音がしてレインは目が覚めた。音は大きくなかったが、魔物や野生の動物に注意を払いながらの野営も多い冒険者稼業をしていると、気配には敏感になるのだ。
窓から外を覗くと、村長の息子、ノルウェが外へ出ていく姿が見えた。きっと湖で漁をするのだろう。早朝は昼よりも魚が活発に動いていることが多いそうだ。
漁師にとっては早朝が狙い目の時間なのである。村長の話ではノルウェも漁師をしているということだから間違いない。警戒を解いたレインは再びベッドに潜り込み、眠りに落ちた。
「あーにーき♪ 朝っすよー!」
朝はリザに起こされた。四人の中で一番早くに目が覚めたらしい。レインは「おはよう」と挨拶をして服を着ると、クルツもベッドから起き上がった。
「リザ殿。私を起こしてはくれないんですか。寂しいですね……」
「あ。そうだったんすか。今度からは起こしてあげるっすよ」
「かたじけないです」
起きるのが一番遅かったのはフランだ。リザに起こされて一度目が覚めたようだが、すぐに二度寝してしまった。昨日はずっと歩いていたので疲れが溜まっていたのだろうか。もう一度リザに起こされてようやく起きた。レインたちが朝食を摂っていると、よろよろと現れる。
「おはようございますですわ。あの、レイン。今日は馬車に乗りませんか?」
「ううん。いや、今日も徒歩かな。頑張って慣れよう」
「ひええええ……ですわ。レインって結構厳しいですのね……」
フランが遅れて朝食を食べていると、ノックもせずに誰かが家に飛びこんできた。村長より少し若い年代の男性だ。妻のサラが居間まで案内すると、村長のボルドーに話を始める。その声は食事をしていたレインたちにもはっきりと聞こえた。
「村長、大変だ……ノルウェが湖のマーマンたちに攫われちまった!」
「なんだと……!? みんなは無事なのか?」
「他の連中は怪我もしてねぇ。でもノルウェは神殿まで連れていかれたに違いねぇ!」
「神殿か……あそこはもうマーマンたちの根城だ。我々の力ではどうにもならん……」
会話を聞いていたレインは椅子から立ち上がると、村長にこう言った。
「お困りのようですね。失礼ですが、話を聞かせて頂きました。俺で良ければ力になります」
「レインさん。ですが……息子が生きている保証はありません。それに皆さんを雇うだけのお金も我々には……」
「報酬はとっくにもらってますよ。俺たちには一宿一飯の恩義があります、やらせてください」
理由はどうでも良かった。昨日はフランに湖の魔物には手を出すなと言ったが、正直、レインだってフランとほとんど同じ思考の持ち主だ。ただ助ける、助けないの線引きをするようにしているだけで、基本的に困っている人は放っておけない。それも、ほんの少しでも関りのあった人が危険な目に遭ったとあれば、黙っていられないのがレインなのだ。
「……本当にすみません。レインさん、どうか息子を助けてください……!」
漁師仲間によれば、村長の息子ノルウェはマーマンの根城である神殿に連れて行かれたとのことだ。神殿、というのは昔からこの湖の中央に存在する、水の神メルクアープを祀る神殿である。
メルクアープは世界宗教たるコール教の信仰している六大神の一柱だ。マーマンやマーメイドが湖に現れ始めてからは冒涜的なことに魔物の棲家となってしまっている。レインは部屋で装備を整えると、三人に告げた。
「じゃあ、俺は湖に行ってくるよ。三人はしばらく待っていてくれ」
「ちょっとお待ちなさい、レイン! 私も行きますわ!」
「おいらも、おいらも行くっすよ!」
仲間のリザはともかく、フランとクルツは目的地が同じというだけだ。この一件は全員の同意もなくレインが勝手に引き受けただけのもの。ならば、みんなに頼るわけにはいかない。レインはそう考えていたが、三人の考えは違っていた。最初から一緒に戦う気なのだ。
「レイン殿、みずくさいじゃないですか。もちろん私も一緒に行きます」
「クルツさんまで……すみません。じゃあ……みんなの力、借りていいかな」
三人とも異口同音に「もちろん」と返した。レインたちの目的は神殿に侵入してノルウェの生存を確認し、生きていた場合は救い出すこと。なぜマーマンたちがノルウェを攫ったのかは不明だが、何かの目的があるのは間違いない。
四人は小舟を一艘借りると、湖の神殿を目指して進みだした。今回の敵は水棲の魔物だ。湖を進むということは基本的に地の利は敵にある。一筋縄ではいかない戦いが待っている。




