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「ナツメ!」

 我に帰ったナツメは、アリア達の元に歩み寄った。

「アリア、大丈夫か?」

「うん、お母さんも無事だよ。でもさっきの砲撃は……。ナツメ……あなた」

 困惑した表情を浮かべるアリア。だが、困惑しているのは、愛銃が砕け、心もブレイクした俺も同じだった。

「おお……。さきほどの一撃は——」

 年老いた老婆の声が、聞こえた。視線を向けると、薄黄色うすきいろのローブを着た、エルフの老婆が、両手を合わせてナツメを見据えている。

冥王の咆哮(ハデス・ロアー)。間違いない。かつてエルフの国を救ってくださった勇者様の再臨じゃ」

 その言葉は、村のエルフ達の喧騒けんそうも、新たに出現した巨人の野卑な雄叫びも、ナツメの頓狂とんきょうな呼吸も、何もかもをねじ伏せて、世界の時間を止めた。



 同時刻、エルフの集落から数キロ離れた、闇の森で、想像を超越ちょうえつする闘いが繰り広げられていた。対峙するは、鋼鉄の鎧を身に付け、ハルバード(槍と斧が合わさったような形状の刃先に長い柄)を微塵みじんの隙なく構える、エルフの男、レオン・ハイル。

 相手は、闇夜よりも黒い着物に、同色のミディアムヘアーを風になびかせ、妖艶な笑みを浮かべている。セイリュウと名乗った、その者の容貌は女性にしか見えない。が、自称、男だとセイリュウは語った。

 二人の周囲には、墓地とおぼしき石が屹立きつりつしていた。誰を弔っているか、定かではない墓場。両者には分かっていた。一瞬でも気を抜けば、自分がこの地の墓石に埋まることになることを。

 先に始動したのはレオン。槍に紅蓮ぐれんの炎を宿し、セイリュウににじり寄る。だが、セイリュウの超人的な反応速度が、それに追従ついじゅうする。

「うおおおぉぉぉっ!」

「はあああぁぁぁっ!」

 容赦ようしゃを、躊躇ちゅうちょを、慈愛を、歓喜を、時の彼方に忘却したまま、不倶戴天ふぐたいてんへと変貌へんぼうし、二つの人外は絶叫しながら激突した。斬閃ざんせんきらめき、輝きを載せながら、必滅ひつめつを求める刃が、驚異的な速度と威力で、相手の身体に捕えんとする。

 戦場である墓地は一瞬で、山火事で焼失したかのような有様ありさまだ。両者の獲物がかち合うたびに、最低二つの墓跡が砕け、死者への畏敬いけいを知らぬとばかりに炎と光で、粉砕する。

 激しくぶつかる、二つの剣戟けんげき、その驚異的な断裁だんさいによって、はさまれた存在は岩であろうと、大地であろうと、空気であろうと、樹木であろうと、木っ端微塵か塵埃じんあいに帰すまで、その存在を許されない。

「カァァッ——!」レオンが吠える。

 パルチザンを、中段に構える最速回帰。跳ね上がった切っ先を、手首の返しで誘導し、弾けた重い衝撃を、腕から脚部へ逃す。

 大地を踏み抜く、足の痺れ。急激な体重移動の負荷を、気力と意地で我慢する。

 痛みなど、意識に浮かべる意味もない。それよりも重要なことは、相手より刹那せつな、早く立て直しを果たしたことで得た、この好機だけだ。

 身軽さに秀でた相手も、負けじと機動するが、それでも遅い。用意は整った。

神羅万象しんらばんしょう、全てを統べるものよ。無に還らん。君臨者よ、灼熱しゃくねつとともにきたれ!」ファイアーブレス!」

 詠唱の直後、宙を舞う墓石の群れが、一斉に焼き切れた。

 墓石が火炎弾の散弾と化し、燃えたぎる熱の雨が、看過出来ない質量と速度を伴い、少女(男の娘?)へ降り注ぐ。

 迫る、岩と炎の二段攻撃を少女は、扇子せんすという武器と名乗るには、余りに脆弱な獲物を用い、乱舞させながら切り防ぐ。

 ——これを待っていた。レオンの槍が、一直線の軌跡きせきを描く。

 放つ技は、鋼の牙突。驚異的な踏み込みは、音速に達し、豪胆ごうたんに少女の身体を貫いた。が、痛覚を遮断したと見紛みまがう動きで、少女は半歩引き、彼の切っ先から逃避する。

 レオンが次なる手を打つ間も無く、少女は重力を無視した、超越的な俊足しゅんそくで、二十メートルの高さの岩壁を、悠々《ゆうゆう》と闊歩かっぽした。

「久しぶりにエキサイティングな気分を味わえたよ。君の通り名は伊達じゃないね。神槍しんそう、レオン・ハイル」

 恍惚こうこつとした表情で、少女は眼下のレオンを賛美する。

「それは、こちらのセリフです。死天黒団してんこくだん、師団長。死神セイリュウ」

 戦闘の動きが嘘のように、緩慢かんまんに槍を下ろし、レオンが即答。

「あはは、僕にそんな通り名がついてたのか。まぁ、身なりも髪も黒塗りじゃあ死神って言われちゃうのも道理か」

「それよりも、あなたがこの国に現れた理由を知りたいですね」

 レオンは静謐せいひつな声で、死神に尋ねる。

忸怩じくじたる想いだけど、トップシークレットで、それは話せないんだ。僕としては、君ともっと踊りたいのが本懐ほんかいだよ。それこそ、狂乱の宴の中で、どちらか死ぬまで舞踏ぶとうを演じたい」

 セイリュウの歪んだ提案に、レオンは爽やかな微笑で

「私としては、ご遠慮願いたいですが……」

「近いうちに、また会おう。今日はとても楽しかったよ。神槍レオン・ハイル」

 死神は、そう言い残すと、闇の森に溶けていった。



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