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「そっか。よかった。あいつ、倒せ——」
キャロルの声を遮るように、聖堂内に下卑た笑い声が響く。
「あぶねぇ、あぶねぇ。今のは直撃したら即死コースだったな」
波動砲が開けた穴のわきに、銀髪の男が番犬を従え立っていた。
「そ、そんな……」
——外したのか?エリュシオンを。
今まで経験したことの無い状況。いや、回避されることは、容易に想定出来たはずだ。過信を生んだのは、自己の経験不足と根拠のない希望的観測。
それだけだ。一発目を外した以上、やることは一つ。
もう一発、エリュシオンを発動出来るか、試すことだけだ。
「雑魚だと言ったこと、撤回するぜ。てめぇらの努力に敬意を称し、名乗ってやる。俺の名はスザク。でも覚えなくていいぜ。どうせ、すぐに死ぬんだからな」
聖堂内の空間が、突如、絶対零度のような冷たさを帯び始めた。
「な、に……。これ——」
キャロルが、今まで見たこともない、恐怖に満ちた表情を浮かべる。
いや、キャロだけじゃない。俺も。ミアも。マリーも。同じだ。
スザクが、けたたましく笑いだす。
「さぁ、お約束のラスボス二回戦。ほんとの地獄はここからだぜ」
聖堂の奥から、この世のあらゆる不吉を孕んだとしか思えない、声が響く。
「サワガシイなぁぁぁぁ。ダーレか、な。キミタチわ?」
『そいつ』と目が合った瞬間、ナツメの全身を、かつて感じたことのない恐怖が走り抜ける。足がガタガタと竦み、身動き一つとれない。
——なんなんだ?こいつは……。
尋常ならざる威圧感。フライスネークはおろか、スザクと名乗った異国の男すら比較にならないほどだ。見た目は、普通の人間だ。が、こいつは明らかに人間じゃ無い、化け物だと、直感が囁く。
「あ……ぁ……」ミアが震えながら、体勢を崩し、ぺたん座りする。
無理もない。ナツメも、立っていられるのが不思議なほどだ。
「ボス。この餓鬼共の中に、シェルターの生き残りが混じってるようです」
スザクが、ガラス窓の縁に腰を下ろしながら、恭しく傅く。
「シェルたあぁぁ?なんだっけ、ソレ」
異常な殺気を振りまきながら、ボスと呼ばれた化け物は、小首を傾げた。
「お忘れなら、結構」
キャロの唸り声が、聞こえた。
「お前ら、よくもボク達の家族を……」
彼女の犬歯が鳴り、爪が伸び、尻尾が矢のように逆立っている。
「よせっ!キャロ」
絞り出すように、吐いた言葉は届かなかった。空間を震わすような雄叫びを上げ、キャロが化け物に突っ込んでいく。
——ダメだ、行くな。逃げろ!
化け物が、右手をあげると、指が蛸足みたいにクネクネと歪曲した。次の瞬間、人差し指が槍のように伸び、キャロルの腹部を貫く。彼女は吐血し、そのまま投げ飛ばされる。
同時にナツメの身体が、呪縛から解き放たれ、俊敏に動いた。
「キャロ!」駆け寄り抱き起こすと、彼女が弱々しく呟いた。
「お兄、ちゃん……。ごめんね。ボク我慢出来なかった」
「解ってる。喋るんじゃない!」
言葉を発するたびに、彼女の、口と腹部から朱色の鮮血が流れ出る。
ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!妹が瀕死の重症を負っているのに、何の対処法も見当たらない。俺が、キャロの身代わりになれていたら、どれだけ救われただろう。どうしたら良いのかすら分からず、ナツメは、キャロを抱きしめ続ける。
「私に任せろ」誰かの声が、鼓膜を叩いた。
紫煙が、キャロルの傷口を覆っていく。マリーだ。腹部からの流血が止まり、紫煙が淡い光を発しだす。
「煙に治癒効果を付加させた。命に別状はなかろう」
息も絶え絶えしかった、キャロルの呼吸が整っていく。
「よ、よかった。本当に——」
先ほどの絶望感が、嘘のように抜けていった。
安堵してマリーを見上げる。様子がおかしい。彼女の碧眼が、緋色に色彩を変えていた。
「……マリー?」
「大切な妹を傷つけた、奴が憎いだろ。私が一時的に力を貸してやる。今、お前に死なれたら折角のゲームが楽しめなくなるしな」
彼女の姿が、ディオーネの生み出す煙と同化していく。煙は、ナツメの周囲を高速回転しながら、突風を生み出す。




