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「ドロバ……湿原?」
「そう、ドロバ湿原にピエスコ宮殿があるのは知っとるか?」
「ああ、聞いたことはある。数百年前に変わり者の辺境伯が建てた建築物だろ?だけど、あの遺跡はあらかた調査・発掘が済んで目ぼしい物は残ってないはずだ」
マリーは「うむ」と言った後、上半身を乗り出し蒼いガラス細工のような瞳でナツメを見つめた。マリーの美貌にナツメは思わず、ドキッとしてしまう。
「あの宮殿には、秘密の空間があってな。わらわが開錠せん限り、誰も入れんように細工されとるんじゃ」
そんなものが本当にあるのか、とナツメは思った。だが、マリーが要求した対価が飯代だけなら、安いものかもしれない。仮に情報が嘘であったとしても何も手掛かりが無いよりマシだ。
「わかった。ドロバ湿原にあるピエスコ宮殿だな。じゃあ用件は済んだし、俺は先に失礼するよ」
ナツメが席を立とうとすると、途端にマリーが慌てだした。
「まて、おぬし。話をちゃんと聴いておったのか?わらわが宮殿に施した封印を解かねばパンドラは見つからん!」
「……じゃあ、どうすればいいんだよ?」
マリーはにやりと含みのある笑顔を浮かべた。
「安心せい。わらわが案内してやる」
夕刻、トレジャーハンター協会の宿泊所に戻ってきたナツメにキャロルがほくそ笑みながら「おかえり」と声をかけてきた。
日中、中央通りでミアと買い物している最中にナンパされたらしい。だが「僕には大好きな人がいるから」ときっぱり断ったそうだ。明らかに俺のことだろうが、相手にする気はなかった。
「そういえば俺も今日、すげー美人に珍しく逆ナンされたよ」
キャロルの顔から血の気が引く。
「う……うそだ。ナツ兄が美人にナンパされる訳ない!きっとそれ詐欺だよ。わたしわたし詐欺!」
「なんだよ……わたしわたし詐欺って」
俺が呆れているところに、ミアがやって来た。
「ナツメさん、お帰りなさい」
「ただいま、ミア。ちょっと二人に話があるんだ」
ナツメは昼に出会ったマリーのこと、パンドラの箱の所在がドロバ湿原にあるらしいと二人に話した。
「そんな訳で、ドロバ湿原にあるピエスコ宮殿を調査したいと思ってる。二人とも問題ないかな?」
不意に背後から「うむ、問題はないぞ」と声がした。
「うわっ!」
ナツメは悲鳴をあげる。いつの間にか、部屋の隅に金の髪を揺らめかすマリーの姿があった。
——こいつ、何でここに?ていうか、どうやってこの部屋に入ってきたんだ。というナツメの疑問をよそにマリーは嬉しそうにトコトコと三人のそばに近づいてくる。
「ほう、この小娘たちがそなたの仲間か。両手に花とはおぬしも中々やるのう」
「なんであんたが……」
言いかけたナツメの頭にロッドが直撃する。
「——痛っ!」
「あんた、ではなくマリーじゃ。このうつけ者が!」
「ちょっと!ナッちゃんに何すんのよ!」
キャロルがマリーに食ってかかった。




