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ミアはポトラ村の東にある自宅に帰ってきた。彼女の家の壁には紅いペンキで「異人種」「病原菌」「疫病神」「消えちまえ」などといった文字が書き殴られていた。ミアは意に介する様子もなくドアを開け室内に入る。
食料品の入ったバスケットをテーブルに置き、熊の毛皮で出来た外套を椅子に引っ掛けた後、ミアは寝室に向かった。寝室のベッドに腰掛けながら、ミアはわきのテーブルに飾られた写真立てに目をやった。写真には年老いた老人と老婆が写っている。
「ただいま。おじいちゃん、おばあちゃん」
彼女は小さくも親しげな口調で写真立てに向かって微笑みながら語りかけた。
「今日ね、買い物の帰りにとっても親切な人達に会ったよ。その人達、私を助けてくれたんだ。あ、名前も聞かれたよ!人に自分の名前、名乗るのなんて久しぶりだなぁ……」
ミアは写真から視線をガラス窓に移す。窓の外にはエメラルドグリーンの湖が広がっている。ミアの両親は、彼女が幼い頃に亡くなった。ポトラ村出身でトレジャーハンターだった父が旅先で異人種である母に一目惚れしたらしい。
ポトラ村の住民は排他的で、異人種である母と父との結婚に反対した。が、父は反対を押し切り、母と結婚し私が生まれた。
だが、母はミアを産んだ後、もともと患っていた持病が悪化し亡くなってしまった。父は私が物心つく頃、遺物調査の仕事に出たきり消息を絶った。おそらく、事故か異形種に殺されたのでは無いかと、村では囁かれていた。
そんな私を両親に代わって育ててくれたのが父方の祖父母だった。祖父母はポトラ村の住民達と違い、ミアを大切にし可愛がってくれた。ミアが村の子供にイジメられた時、祖父母は激怒し子供の親に怒鳴りこんだ。
その大好きだった祖父母は、四年前に死んだ。いや、殺されたのだ。ミアは視線を床に落とす。
ポトラの村が浮かぶ、この巨大な湖をねぐらにする異形種『フライスネーク』。そいつが、私の大好きだったおじいちゃんとおばあちゃんを殺した。
ミアは左手を見つめながら、拳を握りしめる。彼女の五指には精巧な細工がなされた金色の指輪がはめられていた。
幼い頃、父が遺跡から発掘して持ち帰った宝具。通称『ニーベルングの指輪』。四年間、フライスネークを倒すために、この宝具を使いこなす鍛錬を怠ったことは一日として無い。




