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「それにしても薄気味悪い森よね……なんか背筋がぞくぞくしてきたわ」
アゲハは肌が露出した部分をさすりながら文句を垂れている。
いや、お前の服装がそもそも薄着過ぎるんだよ、とナツメは突っ込もうとしたが、また喧嘩になりそうだったので言葉を喉に押し込んだ。
だが、アゲハの言い分にも一理ある。ナツメ自身、この森に踏み込んでから得体の知れない不安感に襲われていたからだ。
まだ正午過ぎで、オークがしげらす葉の隙間から木漏れ日が差し込み、森林の空間は明光を保っている。
一見、サンドイッチでも持って森林浴にきても良いんじゃないかと思える。実際は、ピクニックに来てもすぐに逃げ帰ることになるだろう。
「……なんか、今にも『でて』きそうだね」
俺の心中に渦巻いていたワードをキャロルが、あっさり口にした。
「で、出るって何がだよ……?」
「そんなの僕に分かる訳ないじゃん!ただ、森の雰囲気が……なんとなく変だなって思っただけだよ」
ナツメの心配をよそに、キャロルはあっけらかんとした様子だ。
「言い忘れてたんだが、ヴィエジャの森には半年ほど前から『ゴースト』の発生が多数確認されてる。トレジャーハンター協会からも注意喚起が出ていたから、三人とも注意してくれ」
ジェフは周りを取り囲む木々を、用心深く観察している。
「ゴ、ゴ……ゴースト?」
その異形種の名前は聞き覚えがある。なんでも不死系と呼ばれる連中で、剣や銃などの物理攻撃では倒せないと聞いた。
ナツメはジェフに釣られるように森の周囲をぐるっと見渡す。今にもそのゴーストって異形種が、眼前に飛び出てきそうで背筋に悪寒が走る。
「もしかして、ナツメ。ビビってる?」
アゲハが、俺の肩を小突く。
「ビ、ビビってねーよ!」ナツメは強がったが、内心では心臓が拍動している。
「まぁ、そいつらが出てきてもジェフと私がいるし。安心しなさい」
「余計なお世話だっつーの!」
「はい、そこまで。陽が落ちると厄介だし先を急ごう」
ジェフが割って入り、口喧嘩の絶えない二人に釘を刺す。
小一時間ほど、ヤギウの大木を目指して歩を進めたナツメ達は、休憩を取ることにした。
キャロルが「喉が渇いた!」とナツメに訴えたので、リュックから水筒を出し彼女に渡してやる。
キャロルは水筒に入った水を、美味しそうに飲み干した。ジェフとアゲハは木陰で、携帯保存食の干し肉をかじっている。
「ナッちゃん!あれ見て!」
キャロルが突然、前方の木立を指差した。キャロルの指先をたどると、木々の合間に黒い煙のようなものが浮かんでいた。煙?いや——違う。靄か。ここからではよく見えない。
手で庇を作り、凝視していたキャロルが叫ぶ。
「あの黒い塊、こっちに近づいてくるよ!」
彼女の言う通り、その黒い煙のような塊はゆっくりとだが、こちらに向かって着実に近づいてくる。
ジェフ達も気づいたのか、視線を同じ方向に向けた。
「あれは……」
「ふーん!早速お出ましね。ナツメ、キャロル。あれが例のゴーストよ!」
あれがゴースト。そいつは、もう肉眼ではっきり視認できる距離まで近づいてきていた。ゴーストは近くで見ると、人型の姿をしていた。
ただ全身は黒煙みたいなので構成され、顔面とおぼしき位置からは紅い両目が爛々《らんらん》とギラついている。
——マジかよ。覚悟はしてたけど実際に遭遇すると身が竦む。額に汗がにじみ出てきた。
「おりゃあああぁぁ——っ!」
いきなりキャロルが、ゴーストに猛スピードで突っ込んでいく。
「キャロ、待て!むやみに突っ込むな!」
ナツメの声が響く前に、キャロルの飛び蹴りがゴーストに打ち込まれる。
しかし、キャロルの蹴りは、ゴーストをすり抜けるように虚空を切った。
キャロルは「あれ!?」と言いながら姿勢を崩したが、空中でバランスを取り、転倒を回避する。
「キャロル!そいつに物理攻撃は通じない。俺たちに任せろ!」
ジェフはロッドを手に構えながら「大いなる炎の力よ!我の前に立ちはだかるものを焼き払え」と詠唱する。
ロッドに嵌め込まれた、赤いエレメントの石が光芒を放ち、巨大な火球が出現した。
——すげぇ。
ナツメは凝視しながら感嘆する。




