遭遇 1
食堂で、ジェフ達と別れた後、宿に戻ってきたナツメは上機嫌だった。いや、上機嫌は言い過ぎかもしれない。だがデカイ仕事が舞い込んできたのは事実だ。
彼から持ちかけられた話は——かつてパラメリアの英雄ヤギウ王が異形種の軍勢に立ち向かい、彼らを退けた際に休息をとった大木に遺したとされる宝物の探索だ。
ジェフは独自のルートから、その情報を入手したらしい。
だが、イエラ砂漠で仲間の大半が負傷したため人手が足りなくなった。そこでナツメに発掘調査の協力を打診してきたのだ。
ジェフの話は、ナツメにとっても渡りに船だった。彼の話では、ヤギウ王の遺した宝物の価値は、少なく見積もっても金貨十枚の価値があるらしい。
銀貨で換算すると千枚。ジェフの他にアゲハも参加するらしくナツメは正直、不安だった。
しかし遺物を発見できた暁にはナツメとキャロルの取り分、金貨五枚が転がり込んでくるのだ。それだけの金があれば、こんな二段ベットと荷物の置き場しかないようなボロ宿ともおさらば出来る。
いや、それどころか馬や荷馬車を買って、もっと行動範囲を広げた遺跡調査も可能になるだろう。屈強な傭兵を雇うのもいい。
そうすれば、二級トレジャーハンターへの道に手に届く。
ナツメは興奮のあまり、無意識にベッドの上で身体を揺らす。薄板の木材で造られた寝床がぎしぎしと悲鳴をあげる。
「ナッちゃん!」
眼前に逆さまになった、キャロルの顔が飛び込んできた。
「わぁ!?」
ナツメは声をあげ、反射的に体を退けぞらせる。
よく見ると、二段ベッドの上からキャロルが足を仕切りに引っ掛け、器用に宙吊りの姿勢をとっていた。
「にやにやしてたけど、何か良いことでもあったの?」
キャロルはベッドの縁を握ると、宙返りするように床に降り立つ。
「ジェフの話、聞いてたろ?成功したら金貨五枚だぞ。こんなボロ宿やリバ山での遺物発掘ともオサラバ出来るんだ!」
ナツメは姿勢を戻しながら、キャロルに言う。彼女は、見目麗しい顔をこちらに向けながら桃色の唇を開いた。
「そっかぁ。でも……僕は、ナッちゃんとしてる今の仕事好きだよ!」
ナツメは閉口する。
——そうだ。キャロルは欲が無い。金持ちになりたいとか、有名になりたいとか、そういった願望が皆無だ。無論、俺だって高望みしてるわけじゃない。
しかし、安定した生活を確保したいと望むのは人間として至極、当然だ。というか、その日暮らしの生活が続くと、人間はある種の思考に支配されていくような気がする。『自分は今の生活から一生抜けられないんじゃないか?』という思考だ。
何より、俺は地位や金、名声のためにトレジャーハンターを目指しているわけじゃない。
「キャロ!」
ナツメはネガティブ思考から脱却するべく、意識を切り替える。
「何?」
「蜂蜜レモンチーズケーキっていうお菓子があるんだ。生乳を軽く発酵させた、酸味のあるフレッシュチーズ。それをふんだんに利用したチーズケーキに蜂蜜漬けしたレモンが載ってる」
キャロの耳がピクリと動く。
「首都ロザリアで、俺がトレジャーハンターの養成所にいた頃、すげぇ金持ちの坊っちゃんがいてさ。仲間内で少し食べさせて貰ったんだけど、それが美味いのなんの。舌がとろけそうになったよ」
キャロの唾を飲み込む音が聞こえる。
「蜂蜜自体、高価で庶民にはなかなか手が出せないのは、キャロも知ってるよな?お金が入ったら、そういう美味しいものをキャロも食べれるようになる。蜂蜜レモンチーズケーキ……食べてみたくないか?」
高説を終えたナツメがキャロルに目をやると、彼女の大きな瞳が煌々《こうこう》と輝いていた。
「食べたい!ナッちゃん……僕、凄くそれ食べたい!!」
「だろ?じゃあ、明日からジェフとの仕事頑張ろう」
ナツメが苦笑しながら言うと、キャロルは「うんうん」と笑顔で頷いてみせた。
——こいつ本当に食い物に弱いな、とナツメは胸中で笑いをこらえた。




