夏の終わりの風物詩
「たーまやー」
「かーぎやー」
そのセリフからわかるように、ぼくは今、花火を見ている。
しかし、そのセリフを叫んだのはぼくではない。少し間を置いて、窓から花火を見ていたその声の主がくるりと振り返った。
「……どうして『鍵屋』って言ってくれないんですか。わたし一人で言っちゃったじゃないですか!」
「ぼくが言う間もなく『鍵屋』って言ってたようだけど?」
「だって、あなたは言わないと思ったから」
「それなら、予想通りでよかったじゃないか」
「そう、ですけど……」
不満そうにつぶやいてほおをふくらませる人物、それは幼なじみの彼女だった。相変わらず仕種が子供っぽくて、昔から変わっていないな、と苦笑してしまう。
しかし、ひゅううう、と次の花火が揚がる合図が聞こえると、彼女はぱっと素早く窓の外に顔を向けた。そして、どぉん、という音とともにその不満は散ってしまったことだろう。その証拠に、
「見ましたか、今の! きれいでしたねえ」
はしゃぎながらまたこちらを振り向いた彼女が、花火と同じくらいきれいな笑顔を咲かせていたのだから。
その笑顔も昔からちっとも変わっていなかったけれど、ぼくはそれがすきだった。人は成長するにつれて変わっていくものだし、ある意味変わらなくてはならないものだ。でも、その中に変わらないものがあるというのも、たまにはいいと思う。
ちなみに、ここはぼくの部屋だ。ぼくと彼女の家はトナリ同士なのだが、ぼくの部屋から花火が一番よく見えるということで、この地域で毎年八月の最後の日曜日に行われている花火を、彼女と一緒に見るのが恒例となっていた。夏も終わりに近づくこの時期に花火大会があるというのは、なかなか情緒的だ。
「次で最後ですよ」
「ああ」
そして、次に揚がった花火は最後を飾るのにふさわしい、一番大きくてきれいなものだった。しかし、それも一瞬で消えてしまう。
だけど、ぼくはそれを名残惜しいとは思わない。それが、花火というものだから。あの花火は、自分の役目をまっとうしただけ。
「今年もきれいな花火がたくさんありましたね」
「そうだね。じゃあ、君はそろそろ――」
「ふふふ、まだ花火大会は終わっていませんよ?」
「は?」
「じゃーん! 見てください!」
自慢げなカオをした彼女の手には、どこに隠し持っていたのか、家庭用の花火セットが握られていた。ぼくは彼女とそれを交互に見やり、口を開く。
「もしかして、今からそれをやるの?」
「正解です!」
にこにこと笑みを浮かべる彼女にため息をつきながらも、ぼくと彼女は庭に移動し、かくして二人だけの花火大会が始まった。
「わあ、こっちもきれいですねえ」
「何かあっちの花火大会に喧嘩売ってるのかって感じだけどね」
「違いますよ。今日は一日で色んな花火が見られる、贅沢な日なんですよ」
ちちち、と花火を持つ手とは反対の指を立てて得意げに語る彼女は、本当に夢見がちというか、考え方が子供っぽいというか、単純というか素直というか――まあ、それが彼女の性格であり、長所でもあるのだけれど。
「さて、最後はやっぱりこれですよね」
そう言って彼女から渡されたのは、線香花火だった。火を点ければ、それにわずかな明かりが灯る。
「わたし、大きい花火も家でやる花火もすきですけど、線香花火が一番すきです」
「儚いから?」
「ええ。あと、途中でほら、こんなふうにバチバチってなるのもすきなんです。儚さの中の激しさ、強さ、とでも言えばいいんでしょうか」
そして、しばらくすると線香花火の先端はぽとりと落下し、その短い命を終えたのだった。
しかし、彼女は最初から最後まで、ずっとそれを見つめていた。先ほど話をしていたときも、その明かりから目をそらすことはなかった。そんなに儚いものがすきなのだろうか?
――いや、違う。彼女はその儚さと激しさ、そして強さを目に焼きつけておきたいのだ。儚いのは、人間も同じだから。
(今、わたしがあなたとここにいる時間は、長い歴史の中ではほんの一瞬です)
彼女は、人間が「儚いもの」だと知っているのだ。それをぼくのように「むなしい」とは思わないかもしれないけれど、きっと少し淋しいとか、哀しいとは思っているだろう。子供っぽいように見えて、彼女は実はとても聡い。
「これで全部終わっちゃいましたね」
「名残惜しい?」
「そうですね、少し、淋しいです。でも、」
「でも?」
そう聞き返すと、彼女はこちらに向けてにぱっと笑った。それは昔から何一つ変わることのない、ぼくのすきな、あのあどけない笑顔だった。
「また、来年がありますから」
「……そうだね」
「さて、片付けましょうか」
「ああ」
すっくと立ち上がり、後片付けを始める彼女を見て、ぼくには自然と笑みがこぼれていた。
すると、彼女がふと空を見上げたので、ぼくもつられて顔を上げると、そこには満点の星空が広がっていた。
「もうすぐ、秋がきますねえ」
そんな彼女のつぶやきは、夏の終わりの夜の、少し冷たい風とともに吹き抜けていった。




