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未来への片道切符

「理論的には未来に行けるって、知っていましたか?」


 ああ、また彼女の唐突で夢見がちな質問が始まった。

 しかし、今回はいつもと違うところが一つ。


「君から『理論的』なんて言葉を聞けるなんて思ってもみなかったよ」

「相変わらず失礼な人ですね」

「ぼくは正直な性格だからね」

「それは素敵ですねえ」


 にこり、と感情のこもっていない笑顔を浮かべる彼女。その笑みがあからさまに拗ねたとわかるよりもタチが悪い気がするのは何故だろうか。どうやら先ほどのぼくの一言が余程気に食わなかったようだ。

 今日も相変わらず彼女は夢を見て、ぼくは現実を見ている。そして、その現実とは、夢見がちな彼女の話に付き合うことでもある。


「で、それがどうかしたの?」

「……聞いてくれるんですか?」

「あいにく今はヒマなんでね」

「何だか複雑ですね」


 彼女は今度は素直に拗ねたように顔をしかめたが、ぼくが少し微笑んでみせると、すぐに笑顔になった。ああ、ぼくも毒されたものだな。

 そして、満面の笑みを浮かべた彼女が得意気に口を開いた、のだが。


「何でも、特殊相対性理論と光の速さの何パーセントかでどーのこーのらしいですよ」

「……まったく説明になってないよ」

「えへへ、すみません。でも、何はともあれ、とにかく未来に行けるらしいです」


 彼女の話の焦点は「未来に行ける」であって、「理論的」の理論の内容ではなかったようだ。まあ、夢見がちな彼女ならそれが妥当だろう。理論的には未来に行けても、彼女の話は論理的ではない。


「確か、光の速さの九九.九九九パーセントで飛べるロケットが開発されたとして、それに乗って一年間宇宙を旅行して帰ってくると、地球では二二四年の月日が流れているんだっけ?」

「おや、ご存知でしたか」

「たまたまそんな内容の本を読んだだけだよ」


 まったく、何故話の言い出しっぺである彼女よりもぼくのほうが詳しいのだろうか。すると、


「でも、過去へは戻ることができないんですよね。未来には行けるのに、不思議ですね。まるで未来への片道切符です」


 尊敬の眼差しをしばらくこちらに向けていた彼女が話の主導権を自分に戻し、ぽつりとつぶやく。未来への片道切符、ね。言いえて妙だが、実に彼女らしい表現でもある。


「君は未来に行ってみたい?」

「うーん、わたしは行きたくないですね」

「へえ、どうして?」


 彼女だったら「もちろん行きたいです!」と即答するかと思っていたのに、これは意外だ。だから、その理由を聞いてみると、


「知らない人がいっぱいなんて嫌だからです。浦島太郎にはなりたくないですね」


 という答えが返ってきた。どうやら彼女らしくない答えには、とても彼女らしい理由があったようだ。少し身構えていたぼくは、気が抜けて思わず笑ってしまった。


「何がおかしいんですか?」

「いや、君らしい理由だなと思って」

「それは喜んでいいのでしょうか」

「君のすきにしなよ」


 半ば投げるようにそう言うと、彼女は不服そうに口を尖らせたのが見えた。

 それにしても、浦島太郎にはなりたくない、か。本当に彼女らしい言い回しだなと思うと同時に、その理由にはぼくも同感だった。


「あなたはどうですか? 未来に行ってみたいですか?」

「まさか」

「どうしてです?」

「君と同じ理由もある。でも、」

「でも?」


 その先の言葉を待ちながら、上目遣いでこちらをじっと見つめる彼女。それに対して、ぼくはにやり、と口角を上げてみせた。


「もしかしたら、未来の地球は滅亡しているかもしれないからね」

「……どうしてあなたはそう夢を壊すようなことを言うんですか!」

「地球温暖化や環境破壊は深刻だろう?」

「そうですけど……でも、何かが違う気がします」


 そうつぶやいて、彼女は不服そうにぷくっとほおをふくらませる。

 だけど、今言ったことは、半分ウソだ。本当は――


「未来、ですか。どうなっているんでしょうね、わたしたち」

「さあ、想像もつかないな」

「わたしもです」

「まあ、そんなに焦らなくても未来はやってくるよ」


 ぼくがそう言うと、彼女はにこりと微笑んで、そうですね、と同意した。

 ぼくたちは現在という「今」を生きて、未来へと向かい、過去へ戻ることはできない。それなら、わざわざ未来へ行く必要なんてない。

 ぼくは現在という「今」を、過去という「想い出」を、未来という「明日」を彼女と一緒にいられれば、それでいいのだから。




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