穢れなき白に埋もれて
「うう、最近めっきり寒くなってきましたねえ」
「そうだね」
「もう冬なんですねえ」
「そうだね」
「冬といえばやっぱり雪ですよね! 積もるといいですねえ」
「「そうだね」」
今、「そうだね」と言ったのはぼく――と、彼女だ。奇遇にも、声が重なってしまったようだ。
いや、「奇遇にも」というのは語弊があるだろうか。何故なら、
「何なんですか、さっきから。『そうだね』しか言ってないじゃないですか!」
子供のようにムキになって怒ってきた彼女から、先ほどのハモリが偶然ではなく、わざとやったのだということがよくわかる。ぷくり、とほおをふくらませる彼女に対して、ぼくは小さくため息をついた。
「そんなこと言われても、『そうだね』としか答えようがなかったんだから、仕方ないじゃないか」
「あなたの意見は何かないんですか?」
「特にないかな」
「ああそうですか」
もう知りません! と吐き捨てるように言って、彼女はついにそっぽを向いてしまった。寒くなってきたせいで、彼女の沸点も低くなってしまったのだろうか、と有り得ないことを考えてみる。
しかし、機嫌を損ねながらもこうやって並んで歩いているというのは何とも奇妙な感じがするが、彼女はいつもそうだった。怒りはするものの、決してぼくのそばを離れて一人でどこかへ行ったりはしない。まるで、ぼくのトナリにいるのが当たり前だとでも言うかのように。
まあ真相は、ただ単に彼女もぼくがこういう性格なのだと知っているということと、彼女自身の気分がころころとすぐに変わるからということだ。だから、
「君は雪がすきだよね」
ぽつりとつぶやくように話しかければ、彼女はちらりと横目でこちらの様子をうかがってから、こほん、と一つ咳払いをし、穏やかな笑みを浮かべて振り向いた。ほら、ね。相変わらず素直で単純だ。
「ええ、すきですよ。雪はきれいですから。あと」
「「儚いから」」
本日二度目のハモリに、彼女は驚いたようなカオをして再びこちらを向いた。
「……よく、おわかりで」
「君はきれいで儚いものがすきだからね」
蛍、桜、雪。どれも一つの季節にしか存在しない儚いものだ。そして、ぼくにとってはそれ以上に「むなしい」としか思えないものでもあるのだけれど。
そんなぼくの気持ちを知るよしもなく、彼女は前を向いて言葉を紡ぎ始めた。
「雪はきれいで儚いからすきです。でも、少しこわくもあります」
「こわい?」
「ええ。白くてきれいだけど、それが街を覆ってしまうとすべてが真っ白で、何もなくなってしまったように――無に、還ったように思えてしまうんです」
珍しくかげりのある表情で、静かに語り終えた彼女。雪がこわいだなんて、考えたこともなかった。確かに大雪が降った次の日はあたり一面が真っ白になってしまうけれど、それに恐怖を感じたことはない。「無に還る」なんてもってのほかだ。
まったく、どうしたらそんな思考の飛躍ができるのだろう。プラスにしてもマイナスにしても、彼女の想像力は尽きないものだな、と感心する。
だけど、
「でも、現実は違う。雪は儚いものだろう? それなら、春になれば雪はとける。真っ白な世界にも、いつか必ず色がつくんだ」
そう、それが現実だ。緯度の高い国や北極・南極がどうかは置いておいて、今、ぼくと彼女がいるここでは、それが正しい答えなのだ。
すると、彼女は眉を下げて苦笑した。
「相変わらずあなたは現実主義者ですね」
「君が夢ばかり見ているからね」
「失礼な。でも、わたしはあなたがいるから夢を見ることができるんですよ?」
「どういう意味だい?」
言われた意味がわからずにそう問うと、彼女はにぱ、と笑った。それはまるで、彼女の本質を表しているかのような無邪気な笑顔だった。
「前にも言ったでしょう? あなたとわたしの関係は、アダムとイヴ。つまり、わたしはあなたの欠けた肋骨です。だから、わたしはあなたに足りない部分を補うことができるんです」
「つまり、ぼくは現実主義者だから夢を見ないけど、それは夢を見ている君によって補われている、と」
「はい。それに、わたしがどんなに夢を見ていても、あなたは必ず現実に引き戻してくれますから。二人とも夢を見ていたら、大変なことになるでしょう?」
いたずらっぽくささやいて、彼女が片目を閉じる。確かに、二人とも夢を見ていたら収拾がつかないし、二人とも現実を見ていたら面白くないだろう。ぼくたちはこれでバランスが取れているのだ。
だから、彼女が「儚くてきれい」だと思ったものを、ぼくが「むなしい」と感じても、きっと何も悪くないのだ。ぼくたちは一つのものを二つの側面から見ているだけ。ぼくが「むなしい」と思っても、彼女が「儚い」と言ってくれるのなら、それは互いを補い合うものになる。
「早く雪が降るといいですねえ」
「……そうだね」
ぼくは現実を見て、彼女は夢を見る。
どうやら彼女は夢を見ているときが一番輝いているようだ。




