学園編(まとめ)
魔法学園の正門をくぐった日から、俺の生活は一変した。
寮の質素な部屋、飾り気のない制服。誰も「殿下」という肩書きで俺を見ない、まっさらな環境だった。断片的な記憶にすら残っていない学園生活は、俺にとって完全に未知の領域だった。それが、不安でもあり、同時にどこか清々しくもあった。
入学の翌日、隣の席に強引に割り込んできたのが、後に俺の一番の友人になる、ユーゴだった。
「エル、聞き上手だな。話しやすいわ」
裕福な平民出身で、人懐こく世話焼きなユーゴは、遠慮なく距離を詰めてきた。世話を焼かれることに慣れていた俺と、聞き上手な相手を求めていたユーゴは、不思議なくらい噛み合った。城下の串焼きを分け合い、実技が苦手な俺に代わって稽古のコツを教えてもらい、歴史の年表を教え返す。そんな持ちつ持たれつの関係が、一年を通じて育っていった。歴史学の授業で覚えた妙な既視感――ゲームの世界観として頭に入っていた知識――に助けられることもあれば、実技でみっともなく失敗してユーゴに笑われることもあった。凸凹だらけの日々は、それでも確かに充実していた。
そんな中で出会ったのが、有力貴族フェルドラント家の跡取り、ジュリアンだった。歴史学の成績を巡って交わした最初の会話は、挑発めいた緊張をはらんでいた。「殿下は、生まれながらにその立場を与えられた方だ」―そう言い放つ彼の誇り高さに、不思議と嫌な気はしなかった。誰も彼もが愛想笑いを浮かべる城の人間関係とは違う、真正面からぶつかってくる物言いが、むしろ新鮮だった。「今度、直接競う機会があれば、ぜひ」その一言から、俺たちの成績争いは静かに始まった。
帰省の日、迎えに来たコンラートとジュリアンが顔を合わせたあの日から、事態は思わぬ方向に動き出す。ジュリアンは、コンラートその人に強く惹かれていった。稽古への誘い、思わせぶりな質問、そして二年次には、はっきりとした告白。「殿下の護衛という立場を離れて、個人的にお付き合いいただく機会をいただけないでしょうか」――まっすぐな申し出に、コンラートは静かに、しかし迷いなく答えた。「私には、すでに主として仕えるべき方がいます」
その光景を目の当たりにした俺の中に、説明のつかない苛立ちが芽生えた。ジュリアンが振られたことに安堵しながらも、彼が「一度で終わらせるつもりはない」と告げた時には、胸の奥がずきりと痛んだ。その痛みの正体に気づいたのは、三年次に上がってすぐのことだった。
俺は、コンラートが好きだった。主従なんて言葉では収まりきらないくらいに。
自覚してからも、すぐには言葉にできなかった。日常を装いながら過ごす日々の裏側で、成績争いは着実に積み重なっていた。得意の歴史学と、苦手な実技。噛み合わない凸凹は、ジュリアンとの拮抗する競い合いを経て、卒業を控えた最終試験でついに互角の結果に至る。決着らしい決着はつかなかったけれど、それでよかった。
ジュリアンは、最後にもう一度だけ、まっすぐにコンラートへ想いを伝えた。結果は変わらなかったが、彼は驚くほどさっぱりと気持ちを切り替え、新しい相手を見つけて、卒業式では晴れやかな顔をしていた。「あなたと張り合えたことは、良い経験でした」―そう言い残して、彼は笑って去っていった。
旧校舎の塔で見つけた二人だけの秘密基地、学園祭の屋台、実家の跡継ぎ問題に揺れながらも前を向いたユーゴ。三年間の中で積み重ねた、なんでもない日常の一つひとつが、かけがえのない財産になっていた。「これからもずっと友人でいような」―卒業前、もう一度あの塔に登って交わした約束は、何よりも大切なものになった。二年次に見つけたあの秘密基地からは、卒業を控えた今も、変わらず学園と街並みを見渡すことができた。
王国では、父上との関係も少しずつ変わっていった。星を映す水晶を挟んで語らう時間、帰省のたびに交わす短い会話。不器用ながらも歩み寄ろうとする父上の姿を見るたび、幼い頃には想像もできなかった温かさを感じていた。リヒトやバルト、レオやダリオ、イグナーツと帰るたびに顔を合わせる人たちとの関係も、少しずつ深まっていった。誰も彼も期待できないと思っていたあの頃からは、考えられないくらいの繋がりだった。
そして、卒業の日。成人した俺は、ようやくコンラートに想いを伝えた。星の見える中庭で、柄にもなく緊張しながら切り出した言葉に、コンラートは大きく目を見開いた。「ずっと、お伝えできずにおりました」――震える声でそう返してきた彼の想いは、俺が思っていたよりずっと長く、深く育っていたものだった。
ひねくれていたあの入学初日の自分には、想像もできなかった三年間だった。誰にも期待されない場所を求めていたはずの少年は、気づけば、友人がいて、好敵手がいて、想いを通わせた相手がいる、豊かな青年になっていた。




