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4話 シンプルにうるさい

12月も半ばに差し掛かったころ。

街はすっかり冬の装いで、どこからかクリスマスソング

が聞こえてくるようになった。

そんな街も深夜になればすっかり賑わいを潜め、

人通りの少ない道を冷たい風が吹きすさぶのみ。


__笹野瀬駅前交番、時刻は午前2時。

今日の2人は交代で当直勤務に就いている。


「あーーーーーー。寒い。寒いなぁ。

 そうは思わんかね紺野君」

「いえ、全く」

「なんなんだよお前はよぉ!!!

 扉閉めてもいいだろ?!」

「だめですよ、扉が閉まっていると市民が入りづらい

 から開けておくように。と本部から通達があった

 ばかりじゃないですか」


ストーブはついているが外とほとんど変わらない気温の

中、2人は先日発生しスピード解決した付きまとい事案

についての報告書をまとめていた。

持っていたペンをデスクに叩きつけて吠える秋山を勇一

はあきれ顔で見ている。

しかし秋山の気持ちもわからないでもない、

外の気温は1ケタ台に冷え込んでいるというのに

交番の扉は全開、秋山は防寒着を着ているがガタガタと

震えている。


「てか、なんでお前防寒着無しでそんな平然と

 してんだよ。外の気温5度だぞ」

「昔から寒さには強い方でして」


実は、勇一が平然としているのにはちゃんと訳がある。

寒さに強いとは言ったが普通にしていると当然寒い。

ひそかに身体強化のスキルを発動して体内の血液循環を

少しだけ早め、体を温めているのだ。

防寒着を着るとむしろ暑い。完全にズルだ。

元いた世界ではこのスキルを使って真冬でも上裸で草原

に繰り出す冒険者が何人かいたものだと思い出し、

勇一は懐かしむように少し口角を上げた。


「市民の安全を守る前にこれじゃ俺たちが

 風邪ひいちまうよ...」


鼻を鳴らしながら秋山が体を温めようとストーブの上に

置いたヤカンから湯吞にお茶を汲む。


『中央署通信指令より 駅前交番各位 

 不審者情報通報有 現場へ急行せよ 場所は~』


ふーふーしてから一口目を口にしようとしたその時、

無線が静寂な夜の終わりを告げた。

 

「おっ、来なすった。身体動かせるし丁度よかった」

「パトカー回してきます」


駅前交番は駐車場がないため、パトカーは近くの月極

駐車場に停めてある。明るい間は基本的には自転車で

移動するように通達されているが、夜間においては

パトカーの使用が許されている。

勇一がパトカーを取りに行っている間に秋山が交番の

戸締りをしていると、赤色灯が室内にチラついてきた。


「__お待たせしました」

「サンキュ、じゃお前は助手席な」


一部例外はあるが、2名でパトカーに乗車するときは

経験豊富な上級者が助手席で監視を行う場合が多い。

しかし、秋山は自分で運転するタイプだ。

曰く「他人の運転は酔うから、特にお前」だそうだ。


「ベルトよし...ミラーよし...と、じゃ行くか」

「よろしくお願いします」


きちんと指差し確認をしたのち、ゆっくりと発進する。

他人の運転を受け付けないだけにさすがの安全運転だ。


「現場はそんなに遠くねぇから今のうちにポータルで

 詳しい状況確認しとけよ」

「了解です」


勇一は車載されている端末で事案情報を確認する。



現場・・・旧山崎医科大学総合病院

通報者・・・近隣住民(女)60代

内容・・・旧館から人の声と足音や

     音楽が聞こえてきて眠れない 

     調査警戒を希望 現場立会ナシ 



現場は交番からパトカーで5~6分ほどの総合病院跡地

のようだった。この病院は市内でも有数の超大型総合

病院として長年地域の医療を支えてきたが、建物の

老朽化に伴い新館をすぐ近くの小学校跡地に建て移転

したばかり。

今は旧館の解体に向け足場を組み始めている。

通報は旧館のすぐ隣のマンションの住民からだった。


「___ということのようです」

「まぁ、おおかた肝試しのガキか廃墟マニアだろうな」


勇一が読み上げたポータルからの情報を聴き、

秋山はそう分析した。まだ廃墟というまで荒れては

いないが、廃病院というものはどうしてもそういう

連中の興味を引く。情報分析もほどほどに、早くも

旧館裏玄関前の車寄せに到着し、パトカーから降りる。


「さっっっっむ!!」


車から降りた瞬間、暖房空間と別れを告げた身体を

北風が刺す。急いで防寒着を着る秋山がふと横を見る

と、相変わらず未防寒の勇一があきれたような視線を

送ってくる。


「待て、黙れ。何も言うな。今何か言われたら俺の中で

 何かが弾けるから」

「何も言いませんが...」

「あああ!やめろぉ!その目をやめろぉ!!」

「...わかりました、わかりましたから行きますよ。

 中に入れば多少ましになるかもしれません」


スーパーでの一件以来、勇一の前で秋山は完璧警察官

という着ぐるみをすっかり脱いだようで、だらしない

一面もよく見せるようになった。着ぐるみを脱いでも

優秀な警察官であることは間違いないのだが...。


勇一の提案に即座に乗った秋山は玄関へ足早に向かう。

中央にある自動ドア横のガラス扉は鍵穴に近い箇所が

割られており、鍵は解錠状態になっていた。


「建造物侵入に器物損壊も追加ですかね」

「誰がやったかまではわかんねぇから難しいかもな」


勇一がドアを押すとギィィィと油の切れた音が響く。

中に入ると少々埃っぽくはあるが、まだ病院独特のあの

匂いが漂っている。入口のすぐ右に守衛室、

左はエスカレーターの奥に待合室か総合受付だったで

あろう広い空間が広がっていた。


「よし、これなら問題なく動けそうだ」

「できれば寒くても問題なく動いて

 いただきたいものですが」

「...何か言ったか?」

「何も」


風が遮断され、室温は外より幾分かマシだった。

寒さが和らいだからか、いつもの調子に戻りつつある

秋山とライトを片手に奥へと進む。


(.....!........!!.................!)


「...!何か聞こえるな」

「はい、複数人の話し声と足音、

 ヒップホップのような音楽が聞こえます」

「耳効きすぎて生き辛そうだなお前」

「.........」


エスカレーターの横を通過してほどなく、階段室の前に

差し掛かった時にかすかに人の話し声のようなものが

聞こえてきた。上の階から響いてきているようだ。


「行くぞ。案外この世の人間じゃなかったりしてな」

「いえ、アンデット系魔物の気配は感じないので、

 生きている人間でしょう」

「普通アンデットとは言わねぇだろ。

 お前ゲームのやりすぎじゃねぇか?」


そうだった、この国ではアンデットという表現は使わず

幽霊と言うのだった。秋山の冗談につい昔の癖が出てし

まったが、ゲームのやりすぎだと流されたため特に追及

されることはなく、勇一は密かに胸をなでおろす。

階段を登っていくにつれて徐々に音が大きくなってきた。

勇一がこの階だと言い、階段室から4階フロアへ進む。

入院病棟だろうか、ナースステーションらしきスペース

を中心に同じデザインの引戸がずらりと並んでいる。

その奥から3番目。中から音楽と男女の歓声、

タップダンスのような音が漏れまくっている部屋の前に

立ち、2人は顔を見合わせる。


「おかしいですね」

「あぁ、まずライトがガラスから見えてるのに静かに

 ならねぇし、何よりこんだけ足音が聞こえるなら

 さすがに俺でも振動を感じるはずだが」


ドアをライトで照らされたら普通中にいる人物は外に

誰か来たことを察知して逃走を図るものだが、音楽や

ダンスは止むことなくその音を響かせ続けている。

加えて、激しく靴底が床にぶつかる音が聞こえるのにも

かかわらず2人が立っている床には何らの振動もない。


「振動どころか心音や呼吸音も聞こえませんね」

「それは聞こえなくて正常」


いいからとにかく入ってみよう。という秋山の提案に

一度頷き、勇一がドアのバーに手をかけて勢いよく

開くと秋山が部屋に飛び込む。


「警察だ!!!全員動くな!!......って」

「誰もいませんね」


なんとなく想像はついていたが、室内には誰もおらず


「なんだこのスピーカーは」


ベッドが撤去されてだだっ広くなった病室の真ん中に

置かれたスピーカーから男女の騒ぐ声やステップの音、

ヒップホップが爆音で流れている。


「...とりあえず音を止めましょうか」


勇一が光っている電源マークに触れると、


「ブツッ...!」


という短い音を立ててスピーカーは静かになった。

スピーカーを止めた勇一がふと顔を上げると、窓の

すぐ向こうには隣のマンションのベランダが見える。

なるほどこれでは確かに騒音が気になるわけだ。


「静かにはなったが、一体誰が何の目的でこんな...?」

「...!秋山さん、私たちは目立つものに気を取られて

 肝心なものを見落としていたのかもしれません」

「どういう...」


秋山の問いかけに反応する間もなく勇一は探知スキルを

全開にした。勇一の瞳が一瞬だけ黄金色の輝きを放つ。

大通りを通る車や人、配管を駆け回るネズミ、排水溝の

中に犇く例の虫たち、病院内外の気配が勇一の中に

流れ込んでくる。


「......見つけた!」


今いる場所から3つか4つ上の階の奥のほうでコソコソと

動く二足歩行の生命反応を捉えた。


「何かわかったのか?」

「はい、さらに上の階に行きましょう。

 誰かが不審な行動をしています」


もはや秋山は勇一が発揮する謎の勘の鋭さに疑問を抱く

ことはない。勇一が怪しいと言ったら怪しいのだ、と

すんなりと受け入れて従う。


「わかった、逃げられる前に行こう」


その言葉を聞いた勇一は短く頷いて階段室へと駆け出し、

秋山も後を追う。


「対象は7階にいます!私はここから上がるので

 秋山さんは奥の階段から7階へ!逃げ道を塞ぎます!」

「了解...!っと、後でな!」


2人は二手に分かれて不審者のもとへ向かう。

勇一は身体強化で目の前の階段を爆走し、

即座に7階へ到達すると階段室から廊下の様子を見た。


(...目視できないが気配は感じるな)


不審人物はライトの類を消しているのだろうか廊下に

その姿はない。勇一が気配のする方向へ廊下を進むと

反対側から息を切らす音と階段を駆け上がる音がした。


(...この感じは秋山さんだな、となると)


当然相手側も2人が階段を駆け上がる音は聞こえていた

だろう。何者かが接近してくるにもかかわらず

呑気に廊下を歩いているような間抜けではないことは

百も承知だ。


「...はぁっ...はぁっ....お前、早っ...」


ぜーぜーと息を乱した秋山が近づいてくる。

いくら鍛えているとはいえ30歳で階段爆走は普通に

キツい。特に何も言わない勇一の横で深呼吸で息を

整え状況を確認する。


「それで、不審者は?」

「はい、この部屋にいますね」


勇一が秋山を待っていたのは病室の前。

この中に件の人物がいるというのだ。

秋山は親指をくぃっと部屋に向け、

お前が行けと合図した。

勇一は首肯しゆっくりとスライドドアを開ける。


「警察です。......いるのはわかっていますので、

 出てきてください」


勇一が声をかけるも当然反応はない。

4階の病室と違い、室内にはまだベッドなどの備品が

残っており身を隠すにはちょうど良い場所だった。

しかし、勇一の前では幼児相手のかくれんぼに等しい。

スタスタと迷いなく両壁際に4台ずつ並べられた奥から

2番目のベッドに向かい、失礼しますと声をかけたと

思ったら、()()()と。

本当に簡単にベッドをひっくり返した。


「!!!???」


秋山はもう慣れたと言わんばかりの無反応だが、

ヤモリのようにベッドの裏にしがみついていた人物は

声にならない悲鳴を上げた。


「こんばんは。こんな時間にこんなところで

 何をやっているのですか?」


全く悪気はないのだが、追い打ちをかけるようにあの

トーンで声掛けを実施する勇一。


「あっあっあっ、あの、すす、すみませんでしたぁぁ」


それを受けて不審人物(どうやら男性のようだ)は

泣きそうな声で勇一の前に跪く。まるで勇一が魔王に

でも見えているかのような勢いで謝罪の言葉を

繰り返している。医療ベッドと成人男性1人。軽く

100kgを超えている物を片手でひっくり返されたらまぁ、

普通に怖い。


「はい、反省の意は伝わっていますのでもう大丈夫です。

 それで、ここで何を?」

「あの...僕...あの、許してくださいぃ」

「それを決めるのは私ではありませんので何とも。

 ところで、ここで何を?」

「よし紺野。代わろう」


そろそろ気の毒に思った秋山が救いの手を差し伸べ、

改めて何をしていたのか問いかける。

秋山も十分真面目で厳しいタイプの警官だが、

勇一よりはマシだろう。半べそを掻きながら秋山の方に

向き直った男性は事の経緯を話し始める。


「あの、俺廃墟というか廃病院が好きで、家から

 そんなに遠くないし、ネットに鍵は開いてるって

 書いてあったから、その、興味本位で」

「なるほど。興味本位で入っちゃう方は少なからずいま

 すが、建造物侵入という立派な犯罪行為ですし、

 例えば入るときにガラスを割ったり鍵を壊したりする

 と器物損壊の罪に問われる場合もあります。軽はずみ

 に入らないようお願いしたいです」

「はぃぃ...申し開きのしようもありません...」


男はここから少し離れたところの大学に通う学生で、

いわゆる廃墟マニアというやつだった。

秋山の親しみやすい語り口調に、緊張こそあれど

落ち着いて返事をするようになった。


「ま、あんまりこんなこと言っちゃいけないけど今回は

 場所が悪かったかな。こんな街中の病院であんな音

 出してたらそりゃ通報されますわ!せめてもっと

 目立たないところに行かないと」

「音って...あの下の階で鳴ってた音楽とかですか?」

「えっ?」

「えっ?」


この反応を見るに、下の病室で音楽を鳴らしていた

人物とはどうやら違うようだ。


「あっ...あれあなたじゃないのね?」

「はい、なんか音楽鳴ってるなーとは思いましたが...」


曰く、この学生はSNSで病院の情報を知り単独で

廃病院探検に訪れた。4階で音楽が鳴っていることに

気づいてはいたが、他にも遊んでいる人がいるのだと

特に気にせず上階を見て回っていると突然階段を駆け

上がってくる音が聞こえたため咄嗟に近くの部屋に

逃げ込んだ。ということのようだった。


「警備員とか警察とかが来ても下のあれに気を取られて

 自分のことは気づかれないと思ったんですけど、急に

 足音が近づいてきたからびっくりしてしまって...」

「それに関しては今日は運が悪かったとしか」

「秋山さんそれは言っちゃだめです」


ここに来たのが秋山&紺野ではなく他のペアだったら、

学生の言う通り下の階の騒音を消したところで終わって

いた可能性が高い。まさか当人も探知スキルを使われる

など夢にも思わないだろう。

たしかに警察官が言ってはいけないが、

秋山の「運が悪かった」という発言はある意味正しい。


「あのー...ところで僕はこの後どうなるのでしょうか?」

「はい。建造物侵入の疑いがありますので、

 お手数ですが一度警察署へ同行いただきます。

 お話は別の警察官がお伺いするようになりますが」

「やっぱりそうですよねぇ...前科とかついたりするん

 ですか...?大学辞めることになりますか?」

「それに関しては今の時点では何とも言えません」


勇一が返事をしたので、学生は少しビクッとなったが

やはり今後の処遇は気になる。当然このまま


「はいさようなら~気をつけて帰ってね☆」


というわけにはいかない。


「紺野が今お話ししたように現時点では今後の処遇や

 処罰に関して何とも言えませんが、とにかく誠実に

 正直にお話し頂くことが肝要だと思います」


よほどの常習性や悪質性がなければ厳重注意で

済む場合もある。秋山のフォローに学生は何度も

反省を口にしながら頷く。


「...すみませんでした。

 もう廃病院には入らないようにします」

「うん。そうしてください。では行きましょう」

「秋山さんちょっといいですか?」


階段室へ向かおうとする二人を勇一が呼び止める。


「......何だよ」

「4階の病室に人が戻ってきました。私はそちらを制圧

 してきますので、先にパトカーに乗っててください」

「「ぇ」」


そう言うと、2人が漏らした声を置き去りにして

ものすごいスピードで反対側の階段室の方へ向け

走り去っていった。


「あの人、何者ですか?」

「...わからない、俺にもわからない!」


目の前の信じがたい光景に学生はツッコまずには

いられなかった。秋山は訓練の賜物と無理やり

納得していたが、やはり一般人のストレートな疑問を

聴くと、気持ちがブレる。


「走っていくとき、足音しませんでしたけど...」

「......言うなッ!!」

「.....................はい」


2人は考えるのをやめた。

無言で階段を降りていき1階へ、そして裏に停めてある

パトカーに乗り込んだところで秋山の無線が鳴った。


『秋山さん、紺野です。聞こえますか?』

『おー、聞こえるぞー。どうぞー』

『少年を3名補導したので応援のパトカーを

 手配してください』

『了解、応援が来るまで俺たちはここで待機しとくー』


7階で別れてからまだ5分ほどしか経っていないが、

騒音の元凶が制圧されたようだ。

秋山はそのまま無線で応援を手配する。幸い近くを

巡回中のパトカーが1台いて1~2分で着くようだ。


「...何も言うなよ?奴は、ちょっと特殊なんだ」

「.........はい」


無線の内容を聴き、後部座席でぽかんとしていた学生に

秋山が釘を刺すと学生はうんうんと頷く。

「そういうものだ」受け入れることにしたようだった。


『紺野、1分ほどで来るらしいからもう降りてこい』

『了解しました。降ります』


秋山は後部座席の学生に待っておくようにと声をかけ、

パトカーを降りると派手な髪色の少年3名を引き連れて

勇一が玄関から出てきた。彼らの目からは一様に

ハイライトが失われている。何があった...。


「近所の市立高校の生徒のようです。1名が煙草を所持、

 飲酒無し。玄関ガラスの破壊は否認しています」

「...わかった、おつかれ」


勇一が秋山に簡単に報告をしたところで早くも応援の

パトカーが到着した。


「やぁ紺野君、いつもご苦労様」

「柳井部長、お手数おかけします。引き継ぎよろしく

 お願いします」


到着したパトカーの助手席から降りてきたのは地域課の

巡査部長、柳井誠(やないまこと)だ。

40過ぎの柳井は秋山よりずいぶん落ち着いた雰囲気だが、

昔は交通機動隊でかなりやり手の白バイ乗りだった。

家庭都合で地域課への異動を希望して以来交機時代の

ギラツキは鳴りを潜め、独特の柔らかい雰囲気が下の

巡査たちから好かれ、慕われている。


「秋山ぁ~お前のペアの子、すごいねぇ。

 俺たちもうかうかしてられないね」

「ヤナさん、もう俺もなにがなんだか...」


柳井は目をぐるぐるさせている秋山を労うと

少年たちに近づいていく。


「君たちぃ~駄目だよこんな時間に遊んでちゃ。

 それにタバコなんか吸っちゃってまぁ。あと音楽ね、

 うるさいよ。シンプルにうるさい。うん。ダメ。

 とりあえず親御さん迎えに来るまで俺が警察署で

 話聞くから、あっちのパトカーに乗ってね」

「「「......!」」」コクコクコクコク


柳井の雰囲気もあるだろうが、勇一と離れられるのが

そんなに嬉しいのか、少年たちの目にハイライトが戻り、

足早にそそくさとパトカーに乗ってしまった。


「じゃ、先に行くねぇ~お疲れ様~」


柳井は助手席に戻ると窓を開けて勇一と秋山に手を振る。

勇一は離れていくパトカーの運転席から突き刺さる

視線を感じ取っていたが、特に気には留めなかった。


「さて、秋山さん。私たちも行きましょうか」

「そうだな。4階での状況は交番に戻ってから

 聞かせてくれ」

「了解です」


秋山と勇一、そして学生の3人が乗るパトカーも、

中央署へ向けて発進した。

かくして、廃病院における通報事案対応はひとまずの

決着を迎えたのだった。



___



「あーーーーーーー寒い。本署はあったかくて

 よかったのになぁ!!」

「確かに、我々交番に対してドアを開放しろという割に

 本署は暖房がしっかり効いているのはいささか不平等

 を感じますね」


時刻は4時過ぎ。

確保した学生を中央署の聴取担当に引き継いだあと、

課長に報告を済ませ、交番に戻ってきた。

寒い寒いと繰り返す秋山に珍しく勇一も同調する。


「で、あのガキどもは何だったんだ?」


早速秋山は勇一が4階で補導した少年たちについての話を

切り出した。


「はい、まぁただのヤンキーというやつでしょう。

 やんちゃ仲間で集まって騒いでいたら赤色灯が窓の

 外に見えて、あわてて窓から逃げ出してバルコニーに

 隠れていたようです。7階にいた彼を見つけた時にも

 何人かの気配を近くに感じていましたが、外にいるの

 で無関係だと思い込んでました」

「なるほどな、それで頃合いを見てスピーカーとかを

 回収しに行ったらお前に見つかったわけか」

「えぇ、ドアを開けたらまた窓から逃げようとしたので

 全員一瞬で制圧しました」


あぁ、()()を使ったのね。と秋山は額に

手を当て少年たちが味わった恐怖を慮る。

廃病院で突然現れた警官に驚き逃げようとしたら瞬き

した瞬間に捕まっている、恐怖体験以外の何物でもない。

加えて秋山というストッパーなしであの尋問を喰らった

のだろう。そりゃ目からハイライトが消えるわけだ。


「なんとなくだが、あいつらもう2度と深夜徘徊はしない

 気がするわ」

「そうだと良いですね」


それこそ警察官として使命を全うできたということです。

と誇らしげに階級章に手を当てる勇一。

まさにその通りだが、秋山は思わず苦笑いしてしまった。


「お前の現場対応もそうだが、署ではヤナさんが

 ちゃんと訓諭してくれてるだろうしな。

 しっかり反省してくれるはずだ」


勇一が味わせた恐怖のあとに訪れる柳井の厳しくも

優しさに満ちた訓諭。非行少年たちには効果抜群だろう。


「紺野さ、俺じゃなくてヤナさんと組んだ方が

 良いんじゃねぇか?」

「いえ、秋山さんの方が良いですね」


揶揄ってやるつもりがストレートに秋山が良いと言われ、

少し面食らってしまう。


「そ、そうか。ヤナさんの方がお前の能力を最大限に

 活かせるような気がするんだが、まぁ。なんと言うか、

 ありがとな」

「秋山さんのように少し抜けたところがある方が親しみ

 があって良いと思います。柳井部長は何を考えてるか

 わからない時があって少し苦手です」


馬鹿にされてるのか褒められてるのかよくわからなく

なる秋山だったが、勇一が柳井を苦手としているのは

意外だった。


「へぇ、お前にも苦手な人間がいるんだな」

「私も人間ですから。

 それに柳井部長にもペアがいますしね」


柳井も秋山同様、

教育係としてペアを組んでいる新人巡査がいる。


「あー、あの子なんて名前だったっけな」

「黒瀬です。黒瀬陽菜(くろせひな)

 警察学校の同期です」

「あーあの剣道の。なんかお前さっき睨まれてたけど

 何かあったのか?」

「さぁ、やたらライバル視してきますけど心当たりは

 ありませんね」


柳井のペア、黒瀬は勇一と警察学校同期の女性巡査だ。

勇一は全く意識していなかったが、彼女の訓練成績は

座学も実技も万年2位。常に首席であり続けた勇一を

ライバル視するのはある意味当然かもしれない。

そして配属された現在も勇一の活躍を耳にしては勝手に

ぐぬぬして眠れぬ夜を過ごしている。


「黒瀬もかわいそうに、片想いのライバルが超人で…」

「優秀であることは間違い無いと思うので、

 つまらない意地を張らずに堂々としてれば良いと

 思います」

「…それ本人に言ってねぇだろうな?」

「絡んできた時に毎回言ってますけど」


あぁ……と頭を抱える。

これはライバル視ではなくもはや敵対視だ。


柳井と黒瀬がローテーションに入っているのは

笹野瀬駅北交番。勇一達の駅前交番とは直線距離で

1kmほどしか離れていない。大きな事案があれば合同で

動くこともある。いずれ来たるかもしれない状況に早く

も胃の奥がチクリと痛む秋山であった。


「夜が明けてきましたね」


話をしているとあっという間に時が経っていたのか、

東の空が徐々に明るくなってきている。


「もうこんな時間か。朝飯何にすっかな」

「カレーパンの香りがしてきましたね。

 駅地下のパン屋で調達しましょう」

「まったく匂わねえけど、いいな。

 今日はカレーパンにするか」

「はい、では開店時間までに報告書をまとめましょう。

 先日の付き纏い事案のもまだ出来てないですし」



事務処理というものはどうしてこうも溜まっていく

のだろうか。2人とも口には出さないが、多分

同じことを思いながらペンを走らせ始める。



15分後に寒さで秋山が発狂することになるのだが、

これはまだちょっと先のお話___


柳井誠 41歳 身長172㎝

マイブームはクロスワード


黒瀬陽菜 23歳 身長160㎝

マイブームはメダカの観察


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