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0話 始まり

地面に血をぶちまけたような絶望の色に空が染まった魔王城最上階。


一瞬の静寂の直後、轟音とともに一筋の光が厚い雲を貫き空を割った。


「はぁっ…はぁっ………」


壁が破壊されつくして屋外と化した大広間の真ん中で、もはや立っているのが不思議なほどの深手を負った勇者が杖代わりに床に突き刺した聖剣に身を預け、激しく息をついている。


「……これで、終わりだ…ッ」


目の前には玉座と共に消えゆく魔王。

王命を受け魔王討伐の旅に出てから幾余年。

ついに迎えた長い戦いの終末に勇者は最後の一撃として自らの命を魔法的エネルギーへと変換し爆発的な破壊力を生み出す禁忌の奥義を放った。

代償にまもなく勇者もその命の灯を燃やし尽くしてしまうことだろう。

もはや決められた最後を待つばかりの勇者を見下ろし、その身を半身しか残していない魔王が不気味に嗤う。


「ククク....勝ったつもりでいるのか勇者。因果の鎖は我らだけの物ではない。既に『種』は別のこ(・)と(・)わ(・)り(・)へと蒔かれた。貴様の死は無駄に終わる。ふ、はは、はははははははは...」


「……?」ハァッハァッ


その言葉は確かに勇者の耳に届いていたが、意味を問う時間は残されてはいなかった。次の瞬間には割れた雲から覗く空が射した眩い白光が広間の全てを包み込み、魔王の嗤い声とともに勇者の意識は永遠と思える虚無の中へとかき消されていった。



___



冷たい雨が降る夕暮時、閑静な住宅街の一軒家。


「お父さん? お母さん…?」


いつもなら明るく返ってくるはずの返事がない。

塾帰りの少年に届くのは玄関にまで満ちた嗅いだこともない異臭。

およそ普通に暮らしていれば嗅ぐことのない

濃密な鉄のような生臭さ。


(なに...?この匂い...)


静寂に包まれた廊下を抜けリビングの扉を開けた少年の目に飛び込んできたのは争った形跡もないのに中身だけを抜き取られたかのような変わり果てた両親の姿だった。

窓は閉まり、玄関は施錠された完全なる密室。


「あっ、、あぁ、、、ああああ、、、!あああアあ!!アアああアアあアアアアああアアアあアアああアアアアアあアアアアあああアアあアアアアアあアアアあアアアアアアあ!!!!!!!!!!!!」

 

そのあまりの光景に発せられた慟哭とも取れる少年の絶叫を聴いた隣人の通報で駆けつけた警察官達は「ガス漏れによる中毒死だろう」とあっさりと結論を下し、

通報してくれた隣人含め、錯(・)乱(・)し(・)て(・)い(・)る(・)少年の言葉に耳を貸す者はいなかった。

しかし少年の目にははっきりと焼き付いている。


現場を淡々と処理し、不自然なほど迅速に幕引きを指示した黒いスーツ姿の男たち。

彼らが遺体を見下ろした時の冷めきった眼差しが。




___





「降下訓練開始!紺野!行け!」


「8番|紺野勇一(こんのゆういち)!!降下行きます!!」


教官の鋭い号令に続き、訓練生も声を張り上げる。

あの凄惨な事件から15年が経過していた。

当時新聞やニュースを賑わせたあの一件を覚えている人はもうほとんどいないだろう。


祖父母に引き取られた少年はいつからか警察官を志し、大学の同級生が一般企業への就活に励む中警察官採用試験を一本釣りした結果無事合格し警察学校へ入校。

憧れの制服に身を包み懸命に訓練に励む元少年の姿がそこにあった。


訓練場は6月中旬をようやく過ぎたころだというのに真夏を先取りしたような暑さと容赦ない日差しがじりじりと肌を焼く。

3人の教官と勇人を含めた10名ほどの訓練生が災害救助対応でビルの3階に相当する高さのレンガ棟からロープ1本で素早く降下する訓練の真っ最中だ。


これから降下する彼について在任中のどの教官、同期生に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。


「品行方正、素行不良もなく勤勉」

「とにかくクソ真面目」

「カタブツ」


恐怖も迷いもなくするすると壁を降りていく様子はさながら経験豊富なベテランと見紛うほどの練度。

なるほど日ごろの訓練への姿勢がよく見て取れる。


「この訓練も紺野が一番の成績で終えるだろう」


と、誰もが思っていた時バ(・)チ(・)ン(・)とはじけるような、聞こえてはいけない音がした。

どこかに摩耗があったのだろうか。一本しかない命綱のロープが切れてしまった。

そしてこれも偶然なのだろうか、地面に敷いてある衝撃吸収用エアマットの空気がロープが切れるのと同時か早いかのタイミングで抜けてしまっていた。

彼は重力に逆らえるはずもなく、なすすべもないまま頭から地面に打ちつけられた。


「紺野ぉぉぉぉ!!!!」


その場にいた誰もが彼の悲惨な最期を想い、悲痛な叫びを上げ一斉に駆け寄って行った。


薄れゆく意識の中で彼が最後に見たのは、必死の形相で自分を見る仲間たちの姿だった。



___




「____空が青い?」


目を開けたときに視界に入ったのは抜けるような青空と自分を見下ろす大勢の困惑の表情だった。


「ここは天界ですか?魔王は…?あの言葉の意味は?」


勇一は上半身を起こしながら、いまだ困惑の目で見つめてくる周囲の人物に尋ねる。


「こっ、紺野……え?生きてる?」

「えっ...怖っ」

「天界って、何言ってんだお前」


しかし、当然望んだ答えは返ってこない。

勇一はしばらく何か考えるようなそぶりを見せたあと首をぐるりと回してから瞬きを数回。

そして騒然とした空気の中何事もなかったかのように立ち上がり埃を払う。


「…皆さま、お騒がせしました。私はこの通り元気なのでどうぞご心配なく」


「いや私って、一人称おかしいし、口調が…えぇ…」

「と、とにかく医務室だ!いや病院!頭のネジ飛んでるわこれ!救急車呼べ救急車!!」

「よかった…教官人生終わるかと思った…」


各々が思い思いの言葉を発するのを余所に勇一は再び目を閉じた。


ついさっき起きた不(・)慮(・)の(・)事(・)故(・)で命を落としてしまったこの体の持ち主の記憶が流れ込んでくる。


(なんだろう、この形容しがたい無念)


再び目を開いたとき、瞳が一瞬黄金の輝きを放ったかと思えばすぐ元の漆黒に戻った。


(そうか…もしかして魔王の言葉の意味は_)






これは、魔王との戦いで壮絶な最期を遂げたのち、

次元すらも超越して辿り着いた遠い世界のこの国に転生。


白銀の鎧を紺色の制服に着替えた

救国の英雄が歩む物語



ここまでご覧いただきありがとうございます。

評価、ブックマークなどしていただけると大変喜びます。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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