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0話

「はぁっ…はぁっ………」


空が地面に血をぶちまけたような絶望の色に染まる、魔王城最上階

勇者はもはや立っているのが不思議なほどの深手を負い、

床に突き刺した聖剣を杖代わりに激しく息をついている。


「……これで、終わりだ…ッ」


目の前には玉座と共に消えゆく魔王。

激しい戦いの終末、勇者は最後の一撃に自らの命を魔法的エネルギーへと変換し爆発的な破壊力を生み出す禁忌の奥義を放った。

まもなく勇者もその命の灯を燃やし尽くしてしまうことだろう。

満身創痍の勇者を見下ろしもはや半身しか残っていない魔王が不気味に嗤う。


「……勝ったつもりか勇者。因果の鎖はもはや我らだけの物ではない。

既に『種』は別の()()()()へと蒔かれた...

貴様は無駄死にというわけだ」


「……?」ハァッハァッ


魔王の言葉の意味を問う時間はなかった。

次の瞬間には眩い白光が広間の全てを包み込み、

魔王の嗤い声とともに勇者の意識は永遠と思える虚無の中へと吸い込まれていった。



___



冷たい雨が降る夕暮時、閑静な住宅街の一軒家。


「お父さん? お母さん…?」


いつもなら明るく返ってくるはずの返事がない。

塾帰りの少年に届くのは玄関にまで満ちた嗅いだこともない異臭。

およそ普通に暮らしていれば嗅ぐことのない濃密な鉄のような生臭さ。

静寂に包まれた廊下を抜けリビングの扉を開けた少年の目に飛び込んできたのは、

争った形跡もないのにまるで「中身」だけを吸い出されたかのように萎び、絶命した両親の姿だった。

窓は閉まり、玄関は施錠されていた。

完全なる密室だ。

少年の絶叫を聴いた隣人の通報で駆けつけた警察官たちは

「ガス漏れによる中毒死」とあっさりと結論を下し、

隣人含め、()()()()()()少年の言葉に耳を貸す者はいなかった。

しかし少年の目にははっきりと焼き付いていた。

現場を淡々と処理し、不自然なほど迅速に幕引きを指示したスーツ姿の男たち。

彼らが遺体を見下ろす冷めきった眼差しが。




___




「降下訓練開始!紺野、行け!」


「8番紺野勇一!!降下行きます!!」


教官の鋭い号令が響き、訓練生も続けて声を張る。

あの凄惨な事件から15年。

いつしか警察官を志し、大学の同級生が一般企業への就活に励む中

警察官採用試験を一本釣りした結果、警察学校へ入校。

憧れの制服に身を包み訓練に励む元少年の姿がそこにあった。


訓練場は9月も中旬に差し掛かろうというのに真夏をそのまま持ってきたような暑さと容赦ない日差しがじりじりと肌を焼く。

3人の教官と勇人を含めた10名ほどの訓練生が、災害救助対応でビルの3階に相当する高さのレンガ棟からロープ1本で素早く降下する訓練の真っ最中。


「品行方正、素行不良もなく勤勉。とにかくクソ真面目」


彼について在任中のどの教官、同窓生に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。

迷いなくするすると壁を降りていく様子はさながら経験豊富なベテランと見紛うほど。

なるほど日ごろの訓練への姿勢がよく見て取れる。


「この訓練も紺野が一番の成績で終える」と誰もが思っていた時、

バチンとはじけるような、聞こえてはいけない音がした。

どこかに摩耗があったのだろうか。

一本しかないロープが切れてしまった。

そしてこれも偶然だろうか、地面に敷いてあるエアマットの空気がロープが切れるのと同時か少し早いか抜けてしまっていた。

勇一は重力に逆らえず、なすすべもなく頭から打ちつけられた。


「紺野ぉぉぉぉ!!!!」


その場にいた誰もが勇一の悲惨な最期を想い、悲鳴を上げた。

彼が最後に見たのは、必死の形相で駆け寄る仲間たちの姿だった。


___



「____空が青い」


次に目を開けたとき、視界に入ったのは抜けるような青空と自分を見下ろす大勢の困惑の表情だった。


「ここは天界ですか?魔王は…?あの言葉の意味は?」


そうつぶやく勇一に仲間たちが恐る恐る声をかける。


「こっ、紺野……え?生きてる?」

「えっ...怖っ」

「天界って、何言ってんだお前」


声をかけられた勇一はぐるりと眼を動かし、

しばらく何か考えるようなそぶりを見せたあと瞬きを数回。

そして騒然とした空気の中何事もなかったかのように立ち上がり埃を払う。


「…皆さま、お騒がせしました。私はこの通り元気なのでどうぞご心配なく」


「いや私って、口調が…えぇ…」

「と、とにかく医務室だ!いや病院!頭のネジ飛んでるわこれ!救急車呼べ救急車!!」

「よかった…教官人生終わるかと思った…」


各々が思い思いの言葉を発するのを余所に勇一は再び目を閉じた。

"不慮の事故"で命を落としてしまったこの体の持ち主の記憶が流れ込んでくる。


(この形容しがたい無念。....必ず私が代わりに)


再び目を開いたとき、瞳が一瞬黄金の輝きを放ち、元の漆黒に戻った。


(そうか…あの言葉の意味は__)



これは、魔王との戦いで壮絶な最期を遂げ、

次元すらも超越して辿り着いた遠い世界のこの国に転生し、

白銀の鎧を紺色の制服に着替えた異世界の英雄が歩む物語___



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