ep.10 告白 ~side薫子
その日、私は眠れずに夜を過ごしました。そして、自身がストーカーだったこと――これまでずっと盗撮をしていたことを――悠斗くんに告白し、謝罪することを決意しました。
――お礼を言う――というたったそれだけのことが出来なかった事から始まった盗撮やストーカー行為した。
一歩踏み出さなければ、私はずっとこのままです。
5万枚の盗撮写真よりも、視線を向けられたたった一枚の写真の方が、何十倍も素敵でした。それが答えです。
盗撮していたことを告白してしまえば、これまでのような良好な関係は消えて無くなってしまうでしょう。
ですが、それは自業自得です。甘んじて受け入れなければならない結果です。
ホテルでの朝。悠斗くんに会っても、目を合わすことが出来ませんでした。
博多駅でお土産を買って、空港へ向いました。飛行機の中で告白しようと思っていましたが、結局、話を切り出すことは出来ませんでした。
羽田からの高速バスの中でも何も言えず、電車の中は混雑していて、それどころではありませんでした。
そして何も言えず終いで自宅へ到着してしました。
その後、悠斗くんに依頼されて、あの手紙のコピーを取ったり、それを母に見せたりしているうちに、あれよと言う間に悠斗くんは帰って行ったのでした。
結局、私は昔から何も変わっていませんでした。助けられてもお礼も言えず、自身の罪を明確に認識していて尚、謝罪すら出来ないのですから……。
「薫子、どうしたの? あなたちょっと変よ」
「私、悠斗くんに告白しなければ……」
博多のホテルで、そう決意したはずです。
「……あなたたちは従姉弟なのよ。判ってるの?」
「うん」
「それが判ってるなら良いわ。なら行ってきなさい。まだその辺を歩いているわ」
「うん」
「行けって言ってるの! 薫子! 後悔だけはするな! 行け!」
母から何か話し掛けられていたような気がしますが、私はうわの空でした。ですが、いきなり怒鳴られ、咄嗟に外へ向かって走り出しました。
「悠斗くん、待って下さい」
川原の方へ行くと、歩いている悠斗くんの後姿が見えました。何事か? と振り返った悠斗くんでしたが、私は全身全霊で頭を下げました。
「ごめんなさい、私は。私は、以前から悠斗くんを盗撮していました。小学校の頃、ここで悠斗くんに助けて貰っても、そのお礼も言えず、近づく勇気もなく、遠くの物陰に隠れて悠斗くんのことをずっと隠し撮りしていました。気持ち悪いですよね。自分でも自分が嫌になります。本当に申し訳ありませんでした」
悠斗くんはしばらく黙ったままでした。
私は下を向いたまま顔が上げられません。これですべてが終わるのです。2週間程でしたが、夢のような日々でした。
卑劣で姑息な盗撮魔の自業自得の末路と言えるでしょう。
「ん~、誰かに写真を撮られているのは知ってましたよ。だけど……悪意を感じなかったから、全然気にしていませんでした。ボクは3歳で母親に捨てられちゃったりしてるからか、悪意には敏感なんですよ。それがまさか霧島先輩だとは思いませんでしたけど」
顔を上げると悠斗くんは朗らかな顔で笑っていました。
「……ぁん!? ですが、私は悠斗くんに4年以上も付き纏い行為を繰り返していたんです。ご迷惑をお掛けしました」
「迷惑? ですか? そんな覚えはありませんけどね。以前東京で勝手に写真を撮られて、その時は雑誌にまで載せられて、とても迷惑したことがありましたけど……。霧島先輩はそんなことはしないでしょ?」
それは当然です。母にすら見せたことがありません。構図的にどう見ても盗撮画像なので、誰にも見せられないというものありますが、5万枚の悠斗くんコレクションのすべては私の……、私だけのモノなのです。
「だったら、ウチの姉ちゃんだって、ボクの写真をウザいぐらい撮ってますから。同じですよ」
悠斗くんを見るとあの笑顔でした。思わず声が漏れそうになるのを何とか堪えていると「えっ……何です?」と聞き返されてしまいました。
「えっと……許して頂けるのでしょうか?」
「勿論です」
「また、こうやって話をしても良いのでしょうか?」
「当然です」
「自転車ランデブーもまだ続けて頂けるのですか?」
つい口が滑ってしまいました。恥ずかしいです。悠斗くんに笑われてしまいました。
「もちろん明日もランデブーしましょ?」
「……」
「もう気にしないでください。ボクら従姉弟じゃないですか。博多でも言われたでしょ? ――家族みたいなもの――だって」
「本当にごめんなさい。そして、ありがとうございます。もう隠し撮りなんてしません」
「そうですね。堂々と撮ってください。それから隠し撮りした写真も、いつか見せて下さいね」
そ、それは拷問ではないでしょうか? 全裸を見られるよりも恥ずかしいです。ですが、それが贖罪になるのなら甘んじて受け入れるべきことなのかもしれません。
「はい……承りました。お見せします。それから、そろそろ先輩はやめて下さい。先輩と呼ばれる程、デキた人間ではありませんから……私など、霧島!と呼び捨てで構いません」
「呼び捨てはちょっと……。では、グラ……薫子お姉ちゃんと呼ばせてもらいます」
グラ……とは何でしょうか?? それにしても――薫子お姉ちゃん――はストーカーの私にはご褒美過ぎやしませんかね。罪人が逆に見返りを受けてしまって良いものでしょうか?
「そ、それは……嬉しいのですが、ドキドキが……」
「慣れますよ。薫子お姉ちゃん」
私、揶揄われてますか?
「……ぁん!? そ、それ絶対やめた方が良いです」
その後、悠斗くんは逸らす私の顔を追い掛けるようにして笑顔を向けて――薫子お姉ちゃん――と連呼していました。全然お姉ちゃんでも何でもありません。完全におちょくられています。
自宅へ帰ると、母がぶっ飛んできて「どうだった?」と訊くので「ちゃんと言えた」と答えました。
「で、悠斗くんの返事は?」
「返事?」
「そう、あなた悠斗くんに告白したのでしょ?」
「……」
まあ、罪の告白はしましたけれど、母は何か勘違いしているようでした。ワクワクが止まらないといった顔をする母に、これをどう説明すれば良いのでしょう……。
ただ今回は違いましたが、私の恋はまだ終わったわけではありません。
私も女です。悠斗くんの好意に気づかないはずがありません。ただ……それは……私そのものというより、胸というパーツなのですが……。今回の博多の旅の間も悠斗くんは何度となく私の胸をチラチラしていました。
でも今は、それでも良いのです。
子供の頃から散々悩まされてきた大嫌いだったこの大人びた体と大きな胸が、悠斗くんのお陰で少しだけ好きになりました。
完全無欠だった私のヒーローは、ちょっとエッチな普通の男の子でもありました。
本日の投稿で、第二章は終了です。
物語全体の『承』の部分にあたる第二章にしては少し長すぎると考え、3つほどエピソードをカットしています。
まず一つ目。かなりワザとらしい前振りをしていますが、『下駄箱のラブレター』について。形跡がところどころ残っておりますが、出来る限りカットしました。後日『下駄箱ラブレター』として短編でご紹介するつもりです。
二つ目は、『園田の女嫌いの原因とその克服について』これだけで20000字もあって、かなりダラダラするのでカットしました。3章以降、園田が少し強引に女性嫌いを克服した感じになると思いますが……。すいません。
三つ目は、『西田モモのトラブル』これは本編に影響ないようにカット出来たと思います。彼女は『下駄箱ラブレター』にちょこっと登場します。
次回投稿は5/28を予定しています。幕間話『北頭誠子の手記』を挟んで、第三章へ進みたいと思っています。
ブックマーク、評価☆をして頂けると、大変嬉しく思います。