ep.9 欲しかった一枚 ~side薫子
「せっかく博多まで来たちゃけん。せめてご飯ぐらい食べていかんね」
その後、私と悠斗くんは、お婆さんの弟さんである勝嗣さんからお招き頂いて、お昼をご馳走になりました。
この家には勝嗣さんと次女の亜由美さんご家族が暮らしていらっしゃるとのことで、勝嗣さんの奥様は昨年ご病気で亡くなられたとのことです。またこの日はお彼岸と言う事もあって、長女さんと三女さんご家族も遊びに来ていらっしゃいました。
勝嗣さんの3人の娘さんは全員、やや大柄で丸顔の巨乳でした。またそれぞれの旦那さんと各々二人ずつ、勝嗣さんにとってのお孫さんが計6名いらっしゃいましたが、全員が女の子で、やはり丸顔で少し垂れた目をしていました。
長女さんの上の娘さんなどは、まだ中学生になったばかりらしいのですが、すでに巨乳と言って良い、大きな胸をお持ちになっていました。
旦那さん方は皆さんそれぞれ別系統のお顔立ちをされていらしゃるのに、従姉妹同士でここまで似通ってしまうのは、やはりこの遺伝子は強烈なのでしょう。
私も、両親のどちらにも似ず、母には――誰に似たのかね?――などとずっと言われて来ましたが、遂に大柄巨乳幼顔のルーツを見つけてしまいました。つまり私は父方の祖母似だったのです。父はそれを知っていたのではないでしょうか。
容姿が似ているというのもあってか、私はすぐに皆さんと打ち解けることが出来ました。初対面の人の前で、こんなに落ち着いていられたのは初めてのことかもしれません。
これもやはり血が繋がりがあってのことでしょう。『血は水よりも濃し』とは良く言ったものです。
また悠斗くんの方は、別の意味で受け入れられているようでした。可愛い小さな女の子たちにキャッキャと囲まれていました。たびたび「……ぁん!?」と聞こえて来るのは仕方がないことかもしれません。子供相手にムスッとしているわけにもいかないのでしょう。
ですが、あの笑顔は……、年端もゆかない子供にまで効いてしまうのですね……。
私は鞄から愛用の一眼レフカメラを取り出しました。旅行ということもあり、カメラを持っていても言い訳が効きます。
そして皆さんの写真を沢山撮らせて頂きました。悠斗くんを真正面から撮るのは、これが初めての事でした。母に見せられる悠斗くんの写真が漸く撮れました。
すっかり家族のように打ち解けた重松家の皆さんとお別れした私と悠斗くんは、お祖父様が予約されたという博多駅前にあるホテルへ向いました。
「実は、爺ちゃんと泊まる予定だったのもあって、予約した部屋はツインルーム一つなんです」
地下鉄の中で悠斗くんは申し訳なさそうにしていました。
「私は全然大丈夫ですよ」
むしろ悠斗くんと同室だなんて、ご褒美です。楽しみしかありません。……おそらくですが、間違えなどは起こらないはずです。たとえ起こってしまったとしても……それはそれで……。
「ホテルについたら、もう一部屋取れないか、訊いてみましょう」
別に無理する必要はないのですが……。ツインなので、同衾するわけではないのです。同室というだけのことです。
地下鉄から降りると、悠斗くんにガッシリ守られながら、すれ違うのも侭ならない程の犇めき合う人の流れの中を進みました。
博多をナメていました。ここまでの人混みは、あの誘拐未遂事件より以前に、某ねずみの国へ行った時以来のことでした。
雑踏を潜り抜けた時には気絶する寸前でした。その時は手汗どころではありませんでした。全身が妖怪ヌルヌルになっていました。
気が付くと私は、ホテル内にあるソファーに座らされていました。知らぬ内に気が飛んでしまっていたようです。
「シングルの部屋が取れましたよ」
カギを二つ持った悠斗くんがソファーの方へ歩み寄ってきました。
「えっとお支払いは……」
どうやらお部屋が取れてしまったようです……少し残念なような、ホッとしたような。でも今は、すぐにでも横になりたい、そんな気分でした。
「えっと……しておきましたが……」
そこはきちんとしなければなりません。我儘を言って同行させて頂き、道中も迷惑ばかりお掛けしています。金銭面まで頼ってしまっては私の立つ瀬はもはや海の底です。
私は、悠斗くんが手に持っていた領収書を受け取ると、しっかりその金額を現金でお支払いしました。
「何かあったら、連絡ください」
重松家でご馳走なったのもあって、夕食は食べられそうにありませんでした。おそらくそれは悠斗くんも同じでしょう。
そしてそのまま悠斗くんとはロビーで別れました。
部屋へ入ると、私は一時間程ベッドに横になっていました。
今日はいろんなことがありました。父方の祖母に初めて会いました。そこで私の姿容のルーツも知ることが出来ました。皆さん陽気で、小さな女の子が話す博多弁もとても可愛かったです。性格の方は、私とは真逆でしたが、容姿の類似性がこんなにも親密性と関係があったのだと初めて知りました。
そんなことを考えていると、重松家で撮った写真が見たくなりました。
まずは持参したノートパソコンをキャリーバッグの中から取り出すと、本日撮影した写真をすべてパソコンの中へ取り込んでいきました。
こんなにもたくさん撮ったのは、全国中学生ラグビー大会以来のことです。
パソコンへの取り込みが終了すると、私は、スライドショー設定にして、流れゆく画面を眺めました。
巨乳ファミリーの皆さんはとても良い笑顔をしていました。朗らかで、楽しそうで、そこには警戒心も、猜疑心も、一片の悪意もなく(撮影者である私に向けて)笑っていました。
そして、それは悠斗くんもでした。
スライドショーを一旦停止した私は、悠斗くんのその写真を魅入っていました。
これは、悠斗くんに初めて堂々とカメラを向けて撮った写真でした。レンズ越しに悠斗くんと目が合った時、一瞬ファインダーが曇りました。興奮していたのだと思います。喜びに胸も高鳴っていました。
ですが……。今、私は、この写真と対面して、頭を殴られたかのような衝撃を覚えていました。
「私は何をやってきたのでしょうか……」
これまで何万枚と悠斗くんを撮影してきました。その中に悠斗くんから視線を向けられた写真は一枚もありません。当然です。すべて隠し撮りなのですから……。
私はストーカーや盗撮が悪いことだと判っていました。
当初はただ誘拐されそうになったのを助けて貰ったそのお礼が言いたかっただけでした。でも、どうしても話し掛けることが出来ませんでした。
少しでも悠斗くんを身近に感じたくて、最初は一枚だけ……のつもりでした。罪悪感もありました。
だけど、もっと、もっと――欲しいと思ってしまったのです。
盗撮を繰り返しているうちに、罪悪感も段々と麻痺していったように感じます。
それがいつの間にか当り前のようになっていました。
内向的だから――、気弱だから――、男性恐怖症だから――。どこか開き直っていたのだと思います。
良い写真を撮ることで、それを勝手に免罪符のように考えていたのです。
ですが、これまで隠し撮りした数々の写真を見返すと、どれも浅はかで安っぽく薄っぺらいモノに感じました。
『草原に立つエルフの祈り』
と題した私の最高傑作だった一枚さえも、その当時に覚えたような感動はなく、煤けて見えました。
今日撮った悠斗くんのこの写真は――カメラに向かってピースサインをしながら笑っているこの写真は――ややピントが甘いとさえ思えるこの写真は――。
これまで撮って来た5万枚のどの写真よりも、私が欲しかった一枚でした。




