第7話 治癒師
左腕の痛みは徐々に酷くなる。民泊のある商店外に来た時、たまらず小走りになってしまう。道行く探索者達が俺を見るが構いはしない。早く帰ろう。
必死に走って民泊に着くと、リレイラさんが仁王立ちで待っていた。ヤバイな、あの無の表情……完全に怒ってる顔だ……。
リレイラさんは俺の所に来ると、おっかない顔でヘルムを覗き込んだ。
「ヨロイ君、部屋に入りなさい」
「は、はい」
これは……覚悟を決めるしかない。めちゃくちゃ怒られるぞ。無茶してボスに突撃したから。
民泊に入って和室へ入る。リレイラさんは無表情のまま腕を組んだ。
「脱ぎなさい」
「え……」
「鎧を脱ぎなさい。早く」
右腕で鎧を脱いでいく。ヘルムを外して、左手のガントレットを引き抜く。鎧がバラされた事で、装甲の内側に記されていた符呪の模様が消える。その瞬間、痛みが全身を駆け巡り、思わず叫んでしまった。
「痛ってええええ!!?」
「鎧に施された痛覚軽減の符呪が消えたんだ。痛いのは当然だろう」
リレイラさんが鎧を脱ぐのを手伝ってくれる。ヤバイ……っ! 我慢できるレベルじゃねぇ!!
「痛い痛い痛い!!!」
「鎧を脱いで来いと言われているのだから我慢しなさい」
痛みに耐えながら、全ての鎧を外す。リレイラさんに言われて服を着て、もう一度ヘルムを被った。
「な、なぜまたヘルムを被るんだ……?」
「知らないヤツに顔見られるの恥ずかしいし……」
「こんな時まで君は……はぁ、まぁいい。早く行くぞ」
俺は、リレイラさんに連れられて町へ出た。
◇◇◇
「回復薬使わせて下さいよぉ」
「まだ攻略する気はあるのだろ? 温存できる物は温存しておけ。話は付けてあるからそちらに行くぞ」
温存? 話? どういう事だ?
てかヤベェ……痛みのせいで意識が朦朧とする。鎧着てる時はまだ耐えられるのに、生身はキッツイなマジで……。
リレイラさんに無事な方の腕を引かれて必死に歩く。しばらく歩くと、一軒の雑居ビルに着いた。ビルと言っても2階建の小さな建物。すっかり暗くなった町にポツリと明かりが着いたビルだ。
その階段を登って行くと待合室があった。その奥から不機嫌そうな女性が出て来る。肩まで伸びたショートヘアにジトリとした目……見るからに気の強そうな女が。
彼女は顎で奥に入れとジェスチャーをする。白衣を着てはいるが、若すぎないか? 20代後半くらいに見えるぞ。
隣の部屋に入って丸椅子に座る。女性は俺の向かいに座って、パソコンのあるデスクに肘を付いた。
「早く腕出して」
女性に言われて左腕を出す。女性の左胸には「辰巳」と書かれていた。辰巳という女性は俺の腕をしげしげと見つめる。
「み、見てないで早く治してくれ……」
「うるさいな。集中させてよ」
辰巳はため息を吐くと手を翳して魔法名を告げた。
「治癒魔法」
眩い光とじんわりとした暖かさに患部が照らされる。骨が軋む音に加えて腕の筋肉が痙攣して気持ち悪い。動かそうとすると、辰巳に腕を押さえられた。
「今は骨の接合中。下手に動かないで」
痙攣が激しくなるにつれて腕の痛みが引いていく。20分ほどそうしていると、俺の腕から完全に痛みが引いた。辰巳はふぅと息を吐くと気だるそうに机に寄りかかった。
「……今日はもう終わるはずだったんだ。その魔族の姉さんに感謝しなよ」
「あ、はい」
「ところで」
辰巳にジロリと見つめられる。
「鎧にはどんな符呪を施してある?」
「え? えーと……痛覚軽減レベル5と物理防御上昇レベル4と、荷重補助レベル6かな」
「なら、この町にいる符呪師に言って痛覚軽減はレベルを3まで下げておきなよ」
「なんで? 他の探索者だってレベル5使ってるぜ?」
以前会った探索者に聞いただけだけど。
「痛覚軽減は便利だが死の感覚を遠ざけるの。死にたくないなら多少の痛みは耐えて。痛みさえ感じていればアホな事はしないから」
「そんなもんかぁ?」
「……昔、痛覚軽減レベル7なんて符呪したバカがいてさ、ソイツが最期になんて言ったと思う? 「この程度で死ぬはず無い」だ。ソイツはもう腹が深くまで切り裂かれてたって言うのに」
辰巳が寂しそうな顔をする。致命傷に気付かない……か。確かに俺自身、ヴァルガードとの戦いはリレイラさんの助言が無ければ戦い続けていたかもしれない。そうなったら……死んでだかもな。
「……分かったよ。明日になったら符呪は引き下げる」
「それでいい。じゃ、お代ね。15万」
無表情のまま辰巳が手を差し出す。そのあっけらかんとした物言いに一瞬思考が止まる。え? 15? 5万の聞き間違いだよな? それでも高いけど……。
「ほら、15万。さっさと出して。キャッシュ一括で」
聞き間違いじゃなかった。
「はあっ!? 高すぎだろ!?」
「アンタさぁ……治癒魔法使える治癒師が全国に何人いると思ってるの? 適正価格だって」
「ぐ、ぐぬぬ……」
クソォ……ダンジョン関連の怪我は保険効かないのマジで辛い……。
財布から札を取り出して女性に渡す。リレイラさん、こういう時の為に現金多めに持ってけって言ったのか……。
「ありがとうございました。辰巳先生」
リレイラさんが頭を下げる。辰巳は迷惑そうに腕を振った。
「やめて。アタシは管理局に呼ばれてここに来ただけ。グンマダンジョンに挑んだヤツで救えてない奴も大勢いるし……そもそも治癒師は真っ当な医者じゃない。先生なんて呼ばれるガラじゃないよ」
「それでも……ありがとうございました」
いつまでも頭を下げ続けるリレイラさん。俺も彼女につられるように頭を下げた。頭を下げると、辰巳はふっと笑い声を上げた。
「……まぁ、いいや。ヘルムの兄さん、怪我したらまたね」
「今度はもっと安くしてくれ」
「それは、怪我による」
辰巳は、少しだけ笑みを浮かべた。
◇◇◇
「彼女はグンマダンジョンが出現してからここに来た治癒師らしい。管理局の依頼でな」
治癒師……俺達人間が回復魔法を扱えるのは非常に珍しい。リレイラさん曰く、回復魔法は世界の理を操作する力だから、スキルツリーに現れにくいという。しかも、回復魔法のさらに上……治癒魔法まで取得してるなんてな。よほどあの辰巳ってヤツは優秀なんだろう。
「治癒師はどの地方からも常に要請を受けている。彼女がここに来てくれたのは奇跡だよ。それとも……グンマダンジョンがそれほど危険だと判断されたか」
リレイラさんが話してくれているが頭に入らない。あの治癒師から自分がまだまだ未熟だと言われた気がして、それが頭の中をずっと回っていた。
……そうだよな、リレイラさんにも心配かけたんだ。未熟で当然か。
「ヨロイ君」
リレイラさんに肩を叩かれる。一瞬、怒られるかと思ったが、彼女は静かな声で言った。
「先程言われたこと、気にしてるのか?」
「まぁ……そうですね」
「君は無事帰って来た。私はそれで十分立派だと思うよ?」
「え?」
「よく無事に帰って来てくれた……がんばったな」
リレイラさんが優しく微笑んでくれる。リレイラさんが怒っていたのって……もしかして、俺を心配してくれたのか? そう思うと、少しだけ胸の奥が熱くなった気がした。
「明日は符呪師の所へ行きましょう。それとアイテムも用意しないと!」
「ふふっ。君は切り替えが早いな」
未熟でもいいか。俺はまだ生きてる。なら、今度こそ……上手くやってやる。
次回はグンマダンジョンへ再挑戦するため461さんがアイテムや装備を整える回です。朝にちょっとしたハプニングもあります。リレイラさんの……。
次回は12:10投稿です!