第8話 マジックバッグ
461さんがグンマダンジョンから帰還した翌日。
……ん。
朝日が眩しい……もう朝か。
目を閉じてたまま左手を動かしてみる。問題無く動く。昨日のあの痛みが嘘みたいだ。
左手でスマホを探す。今何時だ? 早く起きて準備をしたらもう一度ダンジョンに行くぞ。
ザラザラした畳の感触がする。たしか、寝る前にこの辺りに置いたはず……。
手で探していると、感触が変わった。何というかサラすべというか、気持ち良い感触へ。畳と違って暖かい感じもする。なんだろうこれ?
「ヨロイ君」
リレイラさんの声もした気がする。夢かもな、これ。だってこんなの手触りの物って触った事ないし。
「ヨロイ君、早く起きないか」
体がユサユサと揺られる。ゆっくりと目を開けると、敷かれた布団の横にリレイラさんがいて……俺の左手が彼女の太ももに……この感触って……ストッキング!?
「やっと起きたか? それより、私の太ももを撫でまわすのはやめてくれないか? くすぐったい」
「こ、これは不可抗力で!? セ、セクハラじゃないですからね!?」
「セクハラ? セクハラとはなんだ?」
不思議そうに首を傾げるリレイラさん。あ、そっか。リレイラさんは異世界の人だからこっちの常識にはまだ疎いんだ……。
リレイラさんの勤めてるダンジョン管理局栃木支部の光景を思い出す。確かにあの職場って、魔族の女性ばっかりだったしな。セクハラなんて知る訳ないか。
でも、男女間のそういうのまで疎いのか? 魔族も性別あるって言うし、そういことってあるのか?
リレイラさんは美人だし、絶対モテてた気がするけどな。
「なぜ私の顔をマジマジと見るんだ?」
「あ、いや、なんでもないです。すみません……」
「ふぅん……? それほど謝るとは、体に触れるのは良くない事みたいだな」
「え、あ」
しまった……と思った時にはリレイラさんが俺の両頬に手を添えていて、俺の目を覗き込んでいた。いきなり彼女の顔が近くなったので顔が熱くなってしまう。
「な、なんですか……?」
「こんな事で君のダンジョン探索の気が散ってしまってはいけないからな」
悪戯っぽい笑みを浮かべるリレイラさん。彼女の長いまつ毛を見た瞬間、心臓が跳ねたような感覚がした。いつも真面目な表情ばかりしてるのにこんな顔……ズルいな。
「私も触った。君と一緒だ。もう気にならないだろう?」
いや、気になりますよ……。
リレイラさんは、俺の頬から手を離すとゆっくり立ち上がった。
「早く準備して来るんだよ。符呪師の店はもう開いている。アイテムも売るのだろう?」
彼女がクルリと振り返って和室を出ていく。すぐにでも動きたい気持ちとは裏腹に、俺はボーッとその様子を眺めてしまった。
◇◇◇
俺は鎧を装備して宿を出た。
リレイラさんと共に符呪師の所に行って痛覚軽減の符呪をレベル3へ変更して貰う。符呪のレベルダウンが5万。手持ちは残り1万ちょっと。探索者は攻略準備をするために担当から金銭を借りてはいけない。関係が拗れる恐れがあるからだ。
だから金は全部自分で何とかしなきゃいない。装備を整えるにはダンジョンで手に入れたアイテム売らないと。
「ヨロイ君、探索者用アイテムを取り扱ってる店はこっちだ」
リレイラさんの後について商店に行く。昨日もそうだったけど、リレイラさんは俺が探索してる間に店を調べておいてくれたらしい。助かるな、ホント。
案内された商店では、ガラス戸の向こうで探索者らしき男がカウンターの所で頬杖をついていた。食器や工具がごちゃごちゃと置いてある一画に探索者用の装備が置いてある。
リレイラさんが言うには、あの男は一時的に商店を間借りしているらしい。元々ここの住民はほとんどが避難してるみたいだしな。本来の店主も無理矢理店を開くよりも、この男から家賃を貰った方がいいと考えたのか。
中に入ると男が明るい顔になる。如何にも商売人というような張り付いた笑顔に。
「お、アンタが魔族の姉さんが言ってた探索者かい?」
「ああ。グンマダンジョンで手に入れたアイテムを売りたいんだけどよ」
「見せてみな」
商人に言われてカバンからアイテムを取り出す。
「クロウスラッシャーが3つに、ブレイズラムのナイフが2本……クロウスラッシャーなら1枚12000円、ナイフは1本20000円ってとこだな」
合計で76000円……割と買取額が高い。これはどうなんだ? グンマダンジョンのアイテム相場が分からない。できれば、準備の為にもう少し高く売りたい所だけど……。
リレイラさんを横目で見る。彼女は、商人に見えないように小さく首を横に振った。まだ行けそうってことか。なら、交渉してみるか。
「どうすんだい兄ちゃん?」
「もうちょい高くならねぇか?クロウスラッシャーが15000円、ナイフは23000円でどうだ?」
「はぁ? 売る気が無いなら帰んな」
あからさまに男が不機嫌な顔になってしまった。ま、こうなるよな。俺と取引するメリットを提示しておかないと。
「まぁそう言うなって。グンマダンジョンは帰還者少ねぇんだろ? 頻繁にアイテム売る探索者と関係性築いておくのも悪くないぜ?」
商人の眉がピクリと動く。図星だなこれは。この探索者、見た所鍛えている感じは無い。おそらく旅してアイテムを売買するタイプだな。
こういうヤツは自分でダンジョンに潜る事はほとんど無い。探索者が次々消えているこの状況には困っているはずだ。なら、そこに触れてみるか。
「俺は探索メインなんだよ。今日もこれを売った金で装備を整えるつもりだ。今後も取引するぜ? 初回サービスだと思って今の額で買ってくれよ」
商人が俺の事を値踏みするように見る。後ろにいたリレイラさんは、俺の後ろからヌッと顔を出した。
「ヨロイ君の腕は間違い無い。担当の私が保証する」
「でもアンタDランクだって聞いだぜ? いつ死ぬか分からんしなぁ……」
「ヨロイ君は魔族である私が直接基礎を叩き込んだ。そのような探索者は多くないと思うが?」
「う、魔族嫌いな探索者は多いしな……そう聞くと確かに有望かも……」
男が悩ましげに腕を組んだ。……俺達がグンマダンジョンを消しに来た事情を知らない訳だし、もう少し焦って貰うか。
「なら、そのアイテムはやっぱり持ってくぜ。俺達はグンマダンジョンを諦めて別のバイヤーの所へ行く事にする」
商人の顔が歪む。どうだ? アンタがこのタイミングを逃すと定期取引する機会を失う事になるぜ……?
静かな店内に唸り声が響く。商人は、ひとしきり悩んだ後、観念したように両手を上げた。
「あーもう分かったよ!! 13500円と21500円なら買い取ってやる!」
「よし! じゃ、それで頼むぜ!」
合計83500円に換金した俺は、次にその商店でアイテムを揃えることにした。
ブレイズラムとの戦闘は攻略法を見つけたとはいえ、数が多いと対処できないだろう。ここは火炎耐性薬が欲しい。それとヴァルガードの第二形態対策で速度上昇も欲しいな。
「火炎耐性薬と速度上昇薬2本ずつ、それと回復薬も2本頼む」
「他にはなんかあるか?」
店内を見渡してみる。武器類は……いいか。それよりあのダンジョンを攻略するにはより多くのアイテムを持てなきゃならない。その状態で戦闘も。
「荷重補助の符呪が付いたバッグはあるか?」
「荷重補助付きか。奥にあったかな……」
商人は奥の倉庫へと入っていった。なんだか微妙な反応だっだな。今回のダンジョンはアイテムが攻略の鍵になるから欲しいんだが……。
「ヨロイ君」
「何ですか?」
「あの棚に飾ってあるバッグ、マジックバッグだぞ」
リレイラさんが棚に飾られたバッグを指す。バッグというかポシェットみたいな大きさだ。あれなら動きの邪魔にはならないだろう。でも……。
「マジックバッグ? 何ですかそれ?」
「収納増加の符呪が施されたカバンの事だ。その符呪が付いていると、中が圧縮空間となって通常よりも荷物を多く運べるんだ。あの符呪の模様……間違い無い」
え、なんかめちゃくちゃ便利そうじゃん。なんでそんな物が……。
商人が奥から持って来たバッグ類を並べるが、リレイラさんの言うマジックバッグを気にした様子は見当たらない。もしかして……レアアイテムだって気付いていないのか?
(収納増加の符呪はこちらの世界だと珍しい。あの男が符呪の内容に気付いていないなら手に入れるべきだ)
(そうですね……ちょっと交渉してみます)
俺は、平静を装ってカウンターにアイテムを並べた。
「なぁ、このアイテムだと合計いくらだ?」
「火炎耐性と速度上昇が各5000円、回復薬が1万だな。カバンはいいのか? ここにあるのが荷重軽減付きだが」
「カバン……」
並べられたカバンを見る。そのまま視線を商人の背後にある棚の方へ。そして、偶然見つけたというように声を上げた。
「アレでいいや。いくらだ?」
「え、アレか? あのカバンは符呪の効果が判明してないんだ。呪いのアイテムかもしれないぜ?」
あぁ……なるほどな。この商人が持ってる鑑定魔法では鑑定できないほどのレアアイテムってことか。
リレイラさんを振り返る。彼女は我関せずという顔でスマホを操作していた。異世界のリアル知識に助けられたな。
「サイズがちょうど良いんだ。呪いのアイテムなら解呪してから使うことにするさ」
「そうか? まぁ俺も売れ残りが売れてラッキーだがな。あのバッグが4万だから合計8万でいいぜ」
お、乗って来たな。だがここはあくまで普通な反応しとくか。
「う、さっき売った分とほぼイコールだな……」
「さっき買い取りに色付けたんだ。値切るのはやめてくれよ」
「分かったって……そのバッグもくれ」
「毎度あり!」
爽やかな笑みを浮かべる商人に見送られて店を出る。商店が見えなくなってから早速マジックバッグを装備することにした。
通常の探索者用カバンを含めて腰に2つのポシェットが付いている。試しに先程買ったアイテムをマジックバッグに入れてみると、スルリとカバンの中へ収まってしまった。これなら相当な数のアイテムが収納できそうだ。
「取り出す時は出したいアイテムを念じればいい」
何度か出し入れしてみる。アイテムの形状を思い浮かべると、手にそのアイテムの感触が伝わる。バッグから出してみると目当ての物が手に握られていた。取り出しも問題無い。これならアイテムのやりくりが相当楽になるな。
「ありがとうございます。教えてくれて」
「交渉したのは君だ。私は何もしてないよ」
リレイラさんは少しだけ笑みを浮かべた。
◇◇◇
準備を終えた俺達はもう一度ダンジョン入り口までやって来た。昨日見たのと同じ扉が今も俺を飲み込もうとそこに佇んでいる。それを見ていると、期待と不安が入り混じった気持ちになって来た。
ダンジョンに挑む時特有の高揚感。それを感じながら扉に手をかける。
「ヨロイ君、何度も言うが……」
「ヤバそうなら引き返せ、ですよね?」
「そうだ」
リレイラさんは、俺の両手をそっと取った。
「気を付けてな、ヨロイ君」
「はい!」
彼女の手を離す。扉の前に立ち、ゆっくりとそれを開ける。暗闇に続く階段。俺は、深呼吸をして再びダンジョンへ脚を踏み入れた──
次回、再びグンマダンジョンへと足を踏み入れた461さん。しかし内部が一変していて……?
ローグンマな理由が分かる回です。
次回は15:10投稿です。




