炎陣攻勢
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光なき地下墓地を、死者たちが走る。
眼窩に藍色の光を灯した不浄の存在たちは、またたく間に黎一たちへと肉薄する――。
「勇紋権能、万霊祠堂……炎巧結界」
「夏風を呼ぶ風神よ! 猛りし熱情を吹きつけよ! 風神情嵐ッ!」
「竜呪・灰滅炎陣っ!!」
――その前に。
赤き炎の魔力の力を得た強烈な熱風と、地より噴き上がる紅焔が不死者たちを焼き尽くす。放ったのは言わずもがな、沈黙を保っていた蒼乃とフィーロだ。
ラレイエは慌てず騒がず、黒棘に不死者を呼ばせた。さらには黒棘を使い、足元からの攻撃に転じる。
(悪いが、黒棘もお見通しだ)
足元に湧きあがる藍色の魔力と気配を、光を宿した愛剣で片っ端から貫く。伸びる前であれば、ただの闇の魔力の集合体である。散らすことなど造作もない。
「竜呪・永炎焼尽!」
フィーロが放つ消えない炎が、近くに迫った黒い骸骨霊を散らす。
わずかに怯えながらも、狙う魔物を選ぶ時に澱みがない。幼児とは思えぬ落ち着きぶりだ。ラレイエが話す間、蒼乃がしっかり指示を出したのだろう。
「勇紋権能、魔力追跡! 紅刃熱風!」
蒼乃も短杖の先端に生んだ熱風の刃で、黒棘が伸びる前の揺らぎの段階で潰している。黒棘を生む手段が同一の魔法だと聞いて、魔力追跡で照準したらしい。
そのまま生き残った不死者を薙ぎ払う蒼乃を前にして、はじめてラレイエの表情が歪んだ。
「あなたたち、一体いくつ能力を使えるの? それにこんな大規模な魔法、連続で繰り出せるとも思えない……」
「ったりまえでしょうがっ! あんたがウジウジしゃべってる間に、補助魔法も範囲魔法もばっちりよっ!」
不思議とよく通るラレイエの声に、蒼乃が威勢よく反論する。
「なにがあったかは、なんとなく聞いてたけどねっ! こちとらハズレだなんだ言われたとこから這い上がってんのっ! 戦いもせずに尻尾巻いて逃げた挙句に、他人様に迷惑かけるヤツのことなんざ知ったこっちゃないわよっ!」
そこまで言うと、蒼乃はラレイエに向けて左の中指を立てて見せた。
短杖を握りながらわざわざやるのだから、よほど腹に据えかねたのだろう。
「時間外労働で、根暗女の人生相談とかお断りよ。とっとと、くたばってもらえる?」
「おお~っ! るな、かっこいい~!」
(いいからそのポーズはやめろ。フィロの教育に悪い)
さすがにこの状況で、口に出して咎める気はない。
ため息ひとつつくと、愛剣を構える。
(ま、言ってることはあんまり間違ってないけどな)
境遇に同情はする。だが野放しにする気には到底なれない。
ラレイエは黎一たちを忌々しげに見つめると、己のまわりに無数の黒棘を生やした。棘を遣っての攻撃は意味がないと悟ったのだろう。
「……マリー、ロビィ。付き合う友人を間違えたわね」
「今の貴女に、言われる筋合いはありませんわっ!」
「ラーレ。どうしても、どうしても引かないって言うなら……っ!」
身構えるかつての友たちを前にした時、ラレイエの雰囲気が変わった。
ただでさえ咲き誇る大輪のごとき大きさだった藍色の魔力が、さらに膨れ上がる。
「この子たちの実験台にするつもりだったけど……いいわ。本気で相手してあげる」
(その本気とやらを……)
「業炎刹ッ!」
愛剣に炎を灯し、大上段から振り下ろす。
赫い弧と、その轍から噴き上がる炎柱が、まっすぐラレイエに向かって突き進む。
(出させるつもりはないっ!)
「勇紋共鳴、魔力追跡! 業炎刹!」
ラレイエの魔力に照準を合わせて、さらに二発。先ほどの一発と合わせて、ちょうどラレイエを前方と左右から挟み込む軌道だ。三頭の竜の如き炎のうねりが、新たに召喚された不死者たちを貪りながら、黒の祭服姿に迫る。
「……深淵怨叫」
ラレイエを中心に黒い怨嗟の声が広がり、赫い弧を打ち消す。だが迫る炎柱は消しきれず、地下墓地の窪地が炎に包まれた。群れていた不死者たちと、ラレイエの周りに生えた黒棘が、一瞬で灰になり焼け落ちていく。
(頃は良し……ッ!)
その様を見た黎一は、傍らにいる蒼乃に視線だけを向けた。
「蒼乃ッ!」
「大気を彩る風精よっ! その身を以って我らを護れっ! 風精纏盾ッ!」
蒼乃の声とともに風が渦巻き、黎一の周りに薄い空気の膜を作る。
簡易な投射攻撃や魔法攻撃を防ぐほか、空気抵抗を和らげてくれる風の結界だ。
「勇紋権能、万霊祠堂! 無足瞬動ッ!!」
能力を解き放つと、風に包まれた黎一の身体が高速で移動する。炎の合間を縫い、大周りに黒棘の陣へと進んでいく。
自身に加速をかける高速移動の能力である。使用者に恐ろしい加重がかかるため、連発できるのは風の結界がある時に限られる。普段は蒼乃が使っている、高機動に物を言わせた突進戦法だ。
(ああは言ってるが、多分マリーさんとロベルタさんは戦えねえ! 一気にラレイエを落としてケリをつける!)
無足瞬動を連発して、死角からラレイエの背後に迫った。
炎を抜ける。ラレイエは、気づかない。
(やれるっ!)
「光よっ!」
剣に光を灯した。そのまま突き刺す構えで、間合いを詰める。
振り向いたラレイエの目が、大きく見開かれた。だが今は、止まれない。
「いけええっ!」
加速の勢いに任せ、光を纏った愛剣を突き出す。
刹那――。ラレイエの前に、黒い影が降って湧いた。
(なんだと……ッ⁉)
姿を見る暇も、あればこそ。
影が繰り出した長大な黒の剣が、黎一の突きを弾き飛ばしていた
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