マリーの決意
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炎が渦巻く地下墓地の中心で、闇と光が交差した。
一撃を弾かれた黎一は、影とラレイエのすぐ傍に降り立つ。
(なんだ、あいつ⁉)
現れたのは、影で西洋甲冑を形作ったかのような姿の騎士だった。上背は黎一より頭ひとつ分大きい。雰囲気は深淵騎士団に似ているが、馬には乗っていない。自らの背丈ほどもあろうかという黒塗りの大剣を、片手で握り締めている。
(まだだ……! まだやれるっ!)
風の結界は消えたが、剣の光は消えていない。周囲の不死者たちや黒棘は、先ほどの連撃と蒼乃とフィーロの炎で討たれている。残るはラレイエと影騎士だけだ。
そこまで考えた時、黒騎士が大剣を振るった。大ぶりな剣とは思えない速さで、黒い刃が黎一へと迫る。
「げ……っ!」
愛剣の柄を両手で握り締めて、受け止める。片手で振るっているにも関わらず、剣ごと圧し斬らんと言わんばかりの凄まじい剣力だ。深淵騎士団とは比べ物にならない。
そこへ薄ら笑いを浮かべたラレイエが、黒棘の長杖を振るった。
「屍に根づく徒花よ、骨の棘もて餌を喰らえ。屍花弔棘」
周囲の地面に、無数の闇の花が咲く。花弁の奥から黒い棘が伸びるのが、魔律慧眼がなくても分かった。回避や妨害をしたくとも、目の前にいる影騎士の剣圧がそれを許さない。
「……さすがにこれなら、止められないわよね?」
(一心深観で……いやダメだ! 能力を付け替える余裕がねえ! それに棘を潰してたら影騎士に叩き斬られる!)
針山のごとくなった黒い棘たちが、黎一に向かって伸びる。
(えいくそっ! 急所だけでも外して、離脱を……!)
「……竜呪・仄光刃檻っ!」
幼い声とともに、暗き天井から光の刃が降った。それは黎一を囲むように突き立つと、黒い棘をたちどころに弾き散らす。
「魔力が違う……。その呪、まさか……」
なおも斬り結んでいる影騎士が、はじめてくぐもった声を上げる。その意識が、彼方で両手を構えるフィーロへと向いた。
色々聞きたくなるワードが出た気がするが、今は構っている状況ではない。
(今だッ!)
ラレイエの戸惑う声をよそに、渾身の力で影騎士の大剣を弾き飛ばした。黒い鎧は一瞬たじろいだが、すぐに返しの斬撃を繰り出してくる。
(これ以上、付き合ってられるかっ!)
「勇紋権能! 無足瞬動ッ!」
ふたたび能力を発動し、すんでのところで黒い斬撃から逃れた。風の結界がないおかげで、押しつぶされそうな加重が身体に圧しかかる。
「屍花弔棘」
「勇紋権能、魔力追跡! 微風排撃ッ!」
黎一の着地を狙ってラレイエが放った魔法を、蒼乃の妨害魔法が打ち消す。
その隙を突いて最短距離を無足瞬動で駆け抜け、なんとか皆の元までたどり着く。
「レイイチさんっ!」
「……っん、げはっ、ごほっ!」
マリーの声に応えようとして、盛大に咳き込む。加重で身体が悲鳴を上げているように思えた。ふんわり感じる温かさは、マリーの回復魔法だろう。
その間に、あたりに生えた黒棘からふたたび無数の屍者が這い出てくる。
「懐に誘い込めば、いけると思ったんだけど……。さすがにやるわね、勇者さんたち。ついでにそこのお嬢さんも」
「……そっちこそ伏兵まで用意してるとか、やるじゃない。性格の悪さ出てるわね」
蒼乃の皮肉に、ラレイエは嘲るような微笑みを返した。
「伏兵なんて無粋なものじゃないわ。彼はヘクター……。わたしに尽くしてくれる騎士さまよ」
しなだれかかるラレイエの肩に、影騎士――ヘクターは空いた左手を回す。だがその視線は、先ほどからフィーロだけに注がれている。
「さて、互いの駒も出揃ったかしら。……さ、マリー、ロビィ。行きましょう? 勇者さんたちのお相手は、ヘクターにしてもらうわ」
「行くって……。ラレイエ、貴女なにを……」
「わたしの御座へ。貴女たちを贄として捧げることで、わたしの復讐は完遂される」
ラレイエは詠うように言いながら、左手を差し出す。その掌に生まれた黒い球体が、鼓動するように蠢き始めた。
(マリーさんたちを捧げて完遂……? それが国への復讐……?)
咳で荒れた呼吸を整えながら、胡乱な思考が流れゆく。
不意に、なにかが足にぶつかった。振り返ろうとすると、蒼乃が隣に寄ってくる。女体を感じてぞわりと肌が粟立つが、身を離す余裕もない。
「あんた、まだ戦れる?」
「一応な。ただ影騎士は予想外だ」
「ね。私もまだいけるけど……フィロを押さえられるわけにはいかない」
ちらと傍らを見れば、フィーロが無言のまま肩で息をしている。元気なフィジカルお化けが、これである。相当な量の魔力を使ったのだろう。
相手の属性を考えると、マリーとロベルタは戦力外だ。そこに加えて、不死者の無限湧きである。
(ちとキツイか。でも目的は果たした。ここは退く!)
「……タイミングは任せる」
蒼乃は無言で、フィーロの頭をぽんと叩く。あらかじめ言い含められていたのだろう。黎一の側へと寄ってきて、手を繋ぐ。
「マリーさんっ! ロベルタさんっ!」
蒼乃は短杖をしまうと、マリーとロベルタに向けて手を伸ばした。二人はハッとした表情で互いに手を繋ぎ、ロベルタが蒼乃の手を取る。
それを見た、ラレイエの表情が変わる。
「まさか……この期に及んで逃げられるとか思ってないわよね?」
不死者たちが、包囲を狭める。そこに、ラレイエの黒球が撃ち出された。先ほどの台詞を考えると、触れたらどうなるかは明らかだ。
その時、蒼乃が足元に伸びた望郷一縷の糸を掴んだ。
「望郷一縷ッ! 巻直!」
途端。微動だにしなかった糸玉が、黎一たちに向けてころころと転がり始めた。
(どっちが早い……!)
――望郷一縷が持つ第二の力が、この巻直だった。
唱えることで糸を掴んだ存在すべてを糸の起点まで転移する、同名の伝承さながらの脱出機能である。糸を掴んだ者と物理的に繋がっていれば、その者も一緒に転移してくれる代物だ。
(巻直を当て込んで、ここまで引っ張ってみたが……! 間に合えっ!)
目測は、黒球のほうがわずかに早い。
その時――。
マリーが、ふわりと動いた。
「……お二人とも、ありがとうございました。報酬はロビィから受け取ってください」
振り向いたマリーは、穏やかな笑みを浮かべていた。悟ったような、なにかを決意したような、そんな顔だ。
マリーはロベルタから手を離すと、黒球に向かって走り出した。
「ちょっとマリーさんっ⁉」
「マリー! お待ちなさいっ!」
ロベルタが蒼乃から手を離し、マリーの後姿を追う。
黒球がマリーの姿に届いた。黒いなにかは音も揺らぎもなく、小さな姿を呑み込んでいく。
(あ……っ)
――それが、最後だった。
周囲の景色が逆行するように歪んだかと思うと、鈍色の空が目に飛び込んでくる。先ほどまでいた、迷宮の外庭だった。
周りにはいるのは蒼乃と、黎一と手を繋いでいたフィーロだけだ。
「ちょっとウソでしょ。冗談きついって、これ……」
蒼乃がへたり込み、顔に手を当てて天を仰ぐ。
釣られて空を見上げる。最後に見たマリーの笑顔が、胸に去来した。
「なにが報酬はロビィから、だ。クソッタレ……。結局、未払いじゃねえか」
心の中の笑顔に向けて毒づいても、応える者はいない。
鈍色の空を渡る風だけが、黎一たちをぬるりと包んでいった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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