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プロローグ 1

 仕事から帰って来た姿のまま、玄関で胸を押さえ倒れ、もう動かない肉体。

 それを見下ろす同じシルエットの魂魄(こんぱく)は、(しばら)くそのままでいたが、不意に声にならない声で呟く。

『ああ、自分は……』

 その魂魄が自身の状態を自覚した途端。淡い光に包まれ球状の(たま)になり、空へ昇る。

 そして、深い霧の中の様なところへ現れる。そこから導かれるように進み、輪廻(りんね)の場にたどり着く――はずが。



 自分自身が、すでに曖昧(あいまい)になり消えていくような、ぼんやりとした思考の名残りのような中で、何かにひっぱられる様に行くべき先が、わかる。

 このまま、肉体で得た経験が刻まれた、本来そう在る魂になって輪廻に戻るんだというのも、わかる。

(――? あ、れ? じゃあ、今の意識ってナニ?)

 ふと、疑問が浮かんだ。それと同時に、あとほんの少しで、甘い眠りに溶けていく様に本来の魂になれたのに、とも思った。

(思った? 思ったって事は思考、ある? それに、見える感じもする。一面ぼんやり白いよ。――あれ? でも今って体、ナイよ。これって脳の働きなんじゃ……? 体、ナイよ? ついでに自分の記憶も、ナイよ。なんか喉元で詰まってるようなカンジで、記憶そのものはあるんだけど出てこないみたいな感覚。いや、体はないけど、そんな感覚……感覚? あ、唐突に理解した。今、意識っつーか思考の名残りなんだ。魂は影響うけやすくて、体をなくしても、思考してたのを覚えてる。――そーいや最初に思考の名残りって思ったよーな?)



 一度、()()()と柔らかく上下したその魂は、ふらふらと道をはずれていく。



(それにしても、死んだのかー。確か自分を見下ろしたよーな気がするし。でも、性別とか何してたとかが、わからない。まぁ、思考の名残りだし? そんなものなのかな。――魂の状態は影響うけやすい、かぁ……でもなんか体あった時だって、それなりに周りの影響うけてたような気、するけど。あ、でもなんか影響うけない一点もあったよーな? んでその、ある一点が自分の魂の核っぽいかな。うん。うん? 体あった時って、体の影響も受けてたじゃん。空腹とか体調不良だとイライラしたりへこんだり、攻撃的になったり…逆に調子良かったりすると優しくなったり……ん~、連鎖的(れんさてき)に記憶が浮かんでグルグルして、なんかよくわからなくなって来たから一旦(いったん)おいとこう。――――お、今度はさっきと違う感じの記憶が浮かんだ。『死ぬまで生きればいいや、生き物として生まれたんだから』……なんか、ニュアンス的に自殺したかったんかな? 開き直って頑張ったみたいだ…じゃあ、目標はクリアーしたんだ。思ったより少し早かったみたいだけど、ちゃんと死ぬまで生きてたし…これは自分、ほめてもいんじゃね? ――って、なんかヘンなカンジがする。なんだろ? 思い浮かぶのが脈絡(みゃくらく)ないのはしょーがないよね? 思考の名残りなんだし……思考の口調がなんか変わる? や、思考の口調ってのも変だけど、つーか、段々意識がハッキリしてきてね? 魂なりたての頃の、ぼんやり感ってゆーか消えてく感がないよ? 思考の名残りなんだよね。名残り、長くない? あれ? なんか不安になって来た。なんでだろ? えーと、えーと……魂は影響うけやすい。名残りの思考……考え続けちゃったから、思考続けられる様になっちゃって、意識がクリアーに? え、うそ。なんか物凄くマズイよーな気がするんだけど!)

 増す不安に押され、辺りを見回す様にしてみると。

(――どこ? いやいやいや、あれ? どこ?)

 わかる筈の、行くべき先でもその途中でもない。どこだかわからない場所だった。

 ブワッと、一気に冷や汗が、体があった時のように吹き出す感覚。そして、思考がフリーズした。



 同じ深い霧の中ではあるものの、道をはずれた魂は、ある場所で動きを止め――その後、闇雲に動き出す。まるで、パニックに陥った生き物のように。





 パルポルスという世界のある空間。

 そこは夜空のような紺。月や星の光はないものの、ほの明るく揺蕩(たゆた)っている。

 その空間の主は、時空の神メービウース。千年ほど前から、輪廻の順に転生する魂に適性を選ばせ送り出す役目をしている。適性を選ばせるといっても、転生時の魂に思考はないので、その空間に現れる問いを魂が自動的に選びながら進んで行くのを見守り見送るだけで、特に何かをする訳ではない。


 転生する魂が一段落すると、メービウースは空間に溶け紛れていたその身を現す。この空間での姿は紺色の揺らがない人形(ひとがた)だ。

スラっとした180㎝ほどの身の丈に長い髪、ローブを羽織っているような形だが、全てが紺なので、見るものがいたとしたら紺色の人影のようにみえるだろう。

 メービウースは動くことなく思考する。

(我への唯一の祈りが(キコエル)く――我がここに在ると同時に続く、あの者の系譜の贖罪(しょくざい)…………我に情というものが芽生え、育つとはな――)

 ふぅ、と人間の様にため息をつき、うなだれたメービウースだったが、ふと、何かに気が付いたように首を傾げる。

(――ん? これは……はぐれ魂か、珍しい。しかも、我の感知できる範囲とはいえ、違う世界の魂か……)

 暫く思考をめぐらし、逡巡(しゅんじゅん)するかの様子を見せた後、頷く。

(成すか成さぬかはあの魂と、主に創造神たるパポス様が決める事)

 ()()の神であるメービウースは、迷いし魂の前に小さい()を開く。

 そして、語りかけるように思念を送った。


『ここを通り この先へ行くか?』


 不思議なエコーがかかった様な、威厳と慈悲を感じさせる深い、男とも女ともいえない声が降るように響いて、思考のフリーズ、いわゆるパニック状態から脱する。

(魂しいでもパニックになるんだ~?)

 と思いながら辺りを伺うと、パニック中に移動したのか、先ほどとも、行き着く先とも違う場所。

(まぁ、変わらずぼんやり白いんだけど――あれ? 正面に小さい紺色のブラックホールみたいなのがあるよ?)


『ここを通り この先へ行くか?』


 また降るような声に上を見ても、声の主らしき姿はない。だけど、思考じゃなく、魂しいが何かを感じ、直感で肯定する。この機を逃すと取り返しがつかないって。

『行きます!行きます!』

 焦りのようなものと勢いで、声を出す感じで主張する。

(なんか、乗ります乗ります!って出発しそうなバスに声張り上げてるみたいだなぁ、とかアホな考えが浮かぶほど焦ってるよ!)


『…では ここを通り 来るがいい』


(ここってアレだよね?)

 正面の紺を見る。小ささに躊躇(ためら)いが生まれるも、降る声の言葉を信じて気合いを入れる。

『はい!』と声を意識して返事をしつつ、とう!ってカンジに飛び込んだ。


『……』


 飛び込んだ先は、なんていうか不思議空間。

 紺色なんだけど、ほんのり明るくて、透き通る感もあるし、空間自体がユラユラ定まりなく揺れている。

(なんか、すんげー美しくって、きれーなんだけど!)

 思わずボーっと見とれる。


『…では これから現れる問いを 選択して進め』


『はいっ』――とは言ったものの。

(問いが現れるんだ? 答えじゃなくて選択して進め? ってナニ?)


『問いは 言の葉ではない 進めばわかる 選択も自ずとわかる』


(なるへそ? 進めばわかるのね。ってゆーか、思考の口調の乱れがすごすぎんな)


『……魂は核となる在り様以外 刻まれた記憶や場所により 変調する』


(――え? 変調すんの? 口調がランダムしちゃうのがそーなん? つか、記憶って自分のだよね? …って、声っぽくしなくても聞こえてる?)


『魂は肉体による 自由な枷が無い 人の思考はそのまま聞こえる』


(マジすか! なんか変なこと思ったっけ? って、あせっても、思っちゃう事は気を付けよーがないじゃん。――しょうがないから諦める、にしても……失礼な口調が出ちゃうのは大目に見てくれると嬉しいです~)


『――自身の記憶とは 己のみで形成されるものではない ……故に 輪廻に戻れる魂は 肉体に影響され残っている思考力 意識を失い 本来あるべき魂となる  思考を取り戻し迷いし魂よ 口調や耳にする音は 格段に影響を受け 混ざりやすい それが変調の初期だ ――故 口調は 大目にみよう』


(――え? え? えーと、大目にみてもらえてウレシーです~……じゃなくて! なんかすんげーヤバイ事聞いたよーな⁉ だって、思考取り戻しちゃってるから、このままじゃ行き着く先にも行けなくて、見たり聞いたりしてきたものとかと、ぐちゃぐちゃ混ざっていって…核の魂だって魂には変わりないから、なんかの影響って受けるだろーし。――うろうろ、さまよいながら、どんなモノになってたかわからないじゃん! ああ、パニくりそう! ってかパニってる⁉ おちつけーおちつけーおちつけー)

 体はないけど深呼吸! スーハ―スーハ―。

(効果ねぇ! でも、混乱したら激変調しそうじゃん。現在進行形でメチャヤバなんだから――取りあえず、この不思議空間を見るべし!見るべし!―――――――ふぅ。やっぱ、すんげ~美しキレ~)

 身? の危険からソワソワするものの、不思議空間パワーで少しだけ落ち着く。

(この機を逃したら、取り返しが付かないって直感するはずだわ。-ん? 今なんか引っかかったような……なんだろ? 悪いことじゃなさそーなんだけど。って、それより、声の主だよ。声の主の趣旨じゃないのに教えてくれたり、そもそもその前に声かけてくれたり――――『ありがとうございます』って気持ちが広がる。…あざーす!とか浮かばなくてよかった。よかったといえば、親切な人で良かった。や、人じゃなさそーだけど。100%くらいの確率で)



 その魂は、異世界のではあるが、この空間自体に神が在るとは知らず、転生の場である事も知らない。にもかかわらず、()()()()いるように見える。



『……こちらに たどり着けた…祝福の一環だ では進め』




 

 

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