最終回
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夏の始まりとともに、以前から計画されていたアイクの誕生日会が、彼の実家で開かれる。
アイクの母は、息子の友人たちがいると知り、笑みを浮かべ、誕生日会の話を聞かされたときは、涙を流した。
準備は事前に着々と進められ、普段は簡素なリビングもこの日ばかりは様変わりしていた。
シロやクロ、ミリュが手作りした装飾品が飾られ、壁や天井を彩る。魔石の照明の光りが揺れるたび、装飾品のひとつひとつがきらめき、部屋全体が柔らかく華やいだ空気に包まれた。
テーブルの上に手の込んだ料理と果物が沢山使われたパイやケーキが並べられ、そこかしこに笑い声と話し声が弾む。
「アイク、一九歳の誕生日おめでとうっ!」
一番ノリノリだったのはブレイブだった。パーティーハットを頭にかぶり、クラッカーを十九発も鳴らし、アイクを紙吹雪まみれにする気合の入りよう。
「勇者のやることか」と突っ込みたくなるところだが、アイクはシロとクロの手作り料理を次々と口に詰め込まれ、もはや言葉も出せなかった。
シロとクロは女子力がどうとか、花嫁修業中だとか、アイクを取り合うように両脇で騒ぎ立てる。
そんな謎めいた努力に口を出そうものなら、しばらく口をきいてもらえないのは目に見えていた。
――今日くらいは黙って祝われておくのが正解か。
アイクは口を閉じ、無表情のままパイを飲み込んだ。
大勢で料理を囲み、アイク以外は冒険者ギルドの食堂にいる冒険者のように笑顔だ。
そのさなか、テーブルの上で唐突にピカリと光る。ティンティが瞬間移動で現れた。
テーブルに並ぶ料理に視線を向けると、蝶のような綺麗な翅をヒラヒラと動かしアップルパイを手づかみで頬張り出した。
もちろん服は着ておらず、蜜が肌にまとわりつき、まるで体に金の装飾が施されたように光を反射する。
さらに彼女は、あれこれ目移りしながら料理に飛びつき、そのたびに様々な食べ物が体にくっつく。最終的に精霊なのか食材で作った装飾品なのか、もはや判断がつかないひどい姿になっていた。
「アイク様ぁ~、お誕生日、おめでとうございますぅ~」
ティンティは何かを思い出したように飛びあがり、翅を羽ばたかせながらアイクの顔の前にやってくるが、上手く停止できず、べったりとへばりつく。
アイクもすでに、紙吹雪や花吹雪、ホイップクリーム、シャンパーニュなどでぐっちゃぐちゃのため、気にするも何もない。
「このたびは、森の民および神樹をお守りいただき、誠にありがとうございます~。精霊、そして森の民一同より、アイク様とその末代まで、未来永劫のご恩返しをお約束いたしますぅ~」
ティンティはアイクの頬に、キツツキのようにリズミカルなキスを浴びせ、さらに頬擦りまで繰り返す。軽妙ながら、どこか神聖な儀式のようだ。
「それではぁ『精霊眼』の修復と、神樹の守護者の印を刻ませていただきますぅ~」
アイクの左目に、ティンティが小さな手のひらをそっと向ける。
すると、機能が停止していた『精霊眼』に、光が静かに集まりはじめた。
ティンティの魔力だけではなく、神樹そのものの意志が宿るかのように深く濃密な魔力が送り込まれ、四年前よりも強い光がアイクの左目を焼くように襲う。
やがて光が収まるとともに、アイクの左目の奥に八芒星の紋が刻まれた。それは神樹と精霊の加護を宿す、新たな「神・精霊眼」の印だった。
「えっとぉ~、前よりももっといろんなことが見えるようになりますぅ~」
ティンティの説明が適当なのは以前と同じ。
『精霊眼』に頼り過ぎるのも問題とわかっているアイクは、左目が見えるようになっても特に気にしている様子はなかった。ティンティ用に料理をとりわけ、彼女に与える。
すると彼女は虹色の鱗粉を振り撒きながら飛び跳ね、腹がはち切れんばかりに食べあさった。
「アイク~、今日は誕生日だし、あれ欲しいんじゃない~」
酒を飲み、ほのかに酔っぱらっているミリュはアイクの誕生日の贈物と言わんばかりに強力な媚薬が入った小瓶を彼の近くにそっと置く。
これがなければ、クロを助けられなかった。
「ありがとう、大事に使わせてもらう」
アイクの言葉に、シロの耳が大きく跳ねる。頬が赤く染まり、内股を擦りながら息が荒くなりだした。「今晩は前以上に熱い夜になりそう……」と呟きながら、勝手に盛り上がっている。
にぎやかな誕生日会が終わると、すでに夜が深まり、星が瞬いている。
後片づけを終わらせたブレイブとミリュは空を飛んで王都まで戻り、アイクとシロ、クロはティンティの瞬間移動でウルフィリアギルドの部屋に戻る。
部屋に戻るや否や、シロとクロはアイクをベッドに押し倒した。
「今日は覚悟してよ、アイク。もう、骨の髄まで食べつくすつもりだから」
「アイク様の誕生日に私の初めてを捧げます!」
猛獣のように、目をランランと輝かせている二人はアイクの顔をぐっと覗き込む。
そんな姿を見た、アイクはシロとクロの頭に手を乗せる。
「まったく……、帰って来てそうそうか。ほんと甘えん坊だな」
いつも無表情のアイクが、うっすらと微笑んだ。
その破壊力はシロとクロの理性の鎖を引き千切るのに十分すぎた。
「うふふぅ~、では、よい夢を~」
ティンティは熱風が吹き荒れそうなほど湿気が高い部屋の中で柔らかく羽ばたく。月あかりが窓ガラスに透け、虹色の翅をより一層輝かせた。
アイクたちの邪魔をしないよう、静かに月のほうに向い、飛んで行く。




