四十七話 手伝えること
「あ、アイク様……。私にも、何かお手伝いできることはありませんか」
いつの間にか、シロとアイクの様子を、指の隙間からこっそりと覗いていたクロは、そっとベッドの上を四つん這いで移動し、アイクの傍らに正座する。声は控えめながらも、その黒い瞳に強い意志が宿っていた。
アイクはクロの真っ直ぐな眼差しを向けられ、話をすると決める。彼女の方に向き直り、自身の気薄な性格をどうにか変えられないか試行錯誤している最中だと語る。生活に大きな支障はないが、シロがそれでは困るのだという。
「……なぜ、俺に性欲がなければシロが困るのか、正直、理解できない」
淡々としたその言葉に、クロは小さく目を見開いた。それはつまり、アイクがこのままでは子孫を残せない可能性を示していた。
シロはアイクの子を望んでいるのだろうか。それとも、ただ自身の欲望に忠実なだけなのか。クロは判断がつかない。だが一つだけ、はっきりと感じ取れた。
手合わせして歯が立たなかったシロでさえ、アイクの手に掛かればスライムのように力を抜かれ、どうにもならなくなる。それほどに彼の存在は、抗いがたく強い。
それでもクロはアイクに救われたこの命を、少しでも役に立てたいと心に決めていた。
「ア、アイク様が普通の男性のようになれるように、わ、私も、お手伝いさせてください!」
そう言ったかと思うと、クロは勢いよくアイクの胸元に飛び込んだ。細い腕で彼をぎゅっと抱きしめたその拍子に、アイクはベッドに背を預けるように倒れ込む。
クロの唇が、そっとアイクに重なる。触れるだけのぎこちないキス。すぐに離れたが、その頬はほんのり赤く染まった。
そっと瞳を開けると、彼女の視界に映るのはアイクの顔だけだった。
鋭くも、どこか優しさの滲むその眼差しが、まっすぐにクロを見つめている。
「……無理はするなよ」
アイクの不器用な優しさと低く静かなに響く声に当てられたクロは小さく息を呑み、笑みを浮かべた。
「私は森の民の血を引いています。そう簡単に、発情しませんから」
クロの微かに揺れながら持ち上がる尻尾は、本人の言葉と裏腹に、彼女の中に確かに熱が芽生えていることを物語っていた。
「私はシロさんのような魅惑的な体はありません。でも、アイクさんの魔力の流れを操作すれば、アイクさんの身体を、ほんの少しでも発情に近づけられるのではないでしょうか」
「なるほど……、やってみてくれ」
「はいっ、頑張ります」
湿った空気が肌にまとわりつく夜。
夏の訪れを予感させる気怠い熱気の中で、クロはそっと唇を重ねた。男の喜ばせ方など知る由もない。手探りで迷いながらアイクに口づけを繰り返す。
その度、アイクの魔力に触れ、静かに揺さぶろうと試みる。
しかし、唇が擦れ合うたび、頭を撫でられるたび、尻尾が大きく素早く振られる。
背中や尻に触れる手のぬくもりが、まるで魔力をかき混ぜるように広がっていく。
アイクの魔力を操るはずが、逆に彼女の方が惑わされていた。
そう薄々気づいたものの、なぜかキスは止められず、夜風がカーテンを揺らすなかクロの身体は白い下着が鼠色に濡れるほど、静かに芯まで熱を帯びていった。
クロは気づかぬうちに湿った呼吸がキスの合間に漏れ出るようになっていた。胸が上下に揺れ、頬に宿った赤みが次第に首まで広がる。
体を支えていた膝から力が抜けていく。全身がまともに動かず、ただ何かを求めるように小さく震えるばかりだった。
瞳は滲み、まるで薄い霞のようにぼやけている。呼吸は浅く、意識もどこか遠くへ連れていかれそうになっていた。今ならシロが気を失ったのも、理解できた。
「ア、アイク様、ちょ、待ってくらさい……」
アイクはクロが駄目というため、唇を放し、背中や尻を撫でていた手を止める。
クロの頭を撫で、耳元で「大丈夫か? 無理はよくないぞ」と口にする。
低く通る声は、耳の奥の脳を震わせ、クロの足先から頭のてっぺんまで巾着の紐を引っ張ったかのように筋肉が緊張し、尻尾が上向きに丸まる。
股間を包む白い下着は、すでに湯気が浮かぶほど盛大に湿っていた。
下着の役割を担えなくなり、無意識にあふれ出て止まらない透明なつゆが太ももにナメクジのようにゆっくりと伝う。
アイクの手は大きく、男らしく、そして何よりあたたかい。ただ撫でられているだけにも拘らず、その優しさに触れ、クロの表情がどこまでも解れた。
黒い瞳は溶けた飴玉のように蕩け、視点があわなくなっていく。のぼせたような顔つきになり、真面な言葉も発せられない。
これ以上続けては、シロの二の舞いになるため、アイクはクロをベッドに寝かせた。
「今日はここまでだ。また、気が向いた時にでも、手を貸してくれるとありがたい」
「ち、力不足ですいません……」
「気にするな。誰でも最初は弱いものだ」
アイクはクロの額に眠る前のおまじないのキッスをこなし、シーツを彼女の肩まで持ち上げる。
「安心して眠れ。なにがあっても、守ってやる」
その言葉が胸の奥に深く染み込んでいく。クロは瞬きも忘れ、アイクを見つめていた。肩の筋肉が解れ、尻尾の振れが全く止まらない。理屈も、言葉も意味をなさない。ただ目の前の男から、目を放さなかった。
「抱きついて眠ってもいいですか……?」
「好きにするといい」
クロはアイクの右腕に抱きつき、父や母と共に眠っていたころと同じくらい安らかに眠った。
朝、アイクよりも早く目を覚ますと、シロが彼の大きな性器を舐めている現場に遭遇する。
湯が沸騰するように白い頬が一瞬で赤くなり「へぁ?」と掠れた声が出た。とっさに小さな手で顔を覆うが、好奇心に勝てず、指の間は閉じていない。
「シ、シロさん、な、なにしているんですか。ア、アイク様の、お、おちんちんを……」
「こ、これは、え、えっと、アイクの目覚ましだから! 別に、わたしが舐めたくて舐めているわけじゃ、ない……よ」
シロは白々しく視線を逸らした。昨夜、アイクに大敗した鬱憤を、何の罪もない彼のぷにぷにと柔らかい性器につい八つ当たりしてしまったのだ。
クロは目の前に肉を出された時のように唾を飲み込み、引き寄せられるように彼女にそっと近づいた。
察したシロはわずかに身を引き、まるで食べ物を分け与えるように場所を空けた。
昨晩の熱が抜けきっていなかったクロはシロに負けじと、見様見真似でアイクの性器に舌を這わせた。安らかに眠るアイクを後目に尻を持ち上げ、尻尾が丸まりよく振れる。
骨を与えられた子犬のように一心不乱に舌を動かし、唾液を纏わせる。唾液でてかてかになった性器と、愛くるしく眠りこくるアイクを見まわす。
「こ、これ、癖になっちゃいそうです……」
「でしょでしょ。って、クロは別にこういうことしなくていいんだよ」
「いえ、私もアイク様の役に立ちたいので、手伝わせてください」
「そ、そう……。まあ、クロがいいって言うなら止めない。でも、抜け駆けはなしだからね」
クロは昨晩のアイクと二人っきりで躱していたキスの時間を思いだしたかのように、目を丸くする。あれほど甘く、心地よく流れた時間は今までの人生で一度もなかった。そのためシロの言葉にすぐに答えられない。
「私、大切なものを奪われないよう、強くなります!」
「ちょ、それは『精霊の翅』の話でしょ。アイクはわたしのだからね!」
クロとシロは、アイクが眠るベッドの上で暴れ回っていた。まるで餌を奪い合う野良犬と野良猫のように、取っ組み合いながら、いがみ合う。仲が悪いわけではない。どちらも我が強いのだ。
犬猫の喧嘩のような声に目を覚ましたアイクは取っ組み合う二人を一瞥し、淡々と言い放つ。
「部屋の中で訓練するな。苦情が来る。やるなら訓練場でやれ」
言われた通り、クロとシロは場所を移し、訓練場で取っ組み合いの続きを始めた。奇妙なことに、二人の喧嘩は互いを磨き合う良い機会になっていく。
「アイクはわたしのだっ。でしゃばるなよぺったんこ犬っ!」
「シロさんの体はふしだらですっ。もっと自重してくださいっ!」
シロはクロの魔法攻撃を回避する中で対処法を学び、クロはシロとの接近戦から戦いの勘を鍛えていった。
アイクから見たそれはただの訓練の風景。二人が強くなるために力強くぶつかり合っている。
――よほど、強くなりたいんだな……。その意志を持つことは、いいことだ。




